両親ともにプロレスラー…命にかかわる怪我で引退した母の反対押し切り、田中きずながデビューするまで
「親の名に傷をつけたくない」……プロレスラーを両親に持つ、田中きずなの心の中にはいつもこんな気持ちがあった。しかし、彼女はいつの頃か「親との約束」を果たすべく気持ちを切り替えた。マリーゴールドのエースを目指す彼女の、サラブレッドだからこそ抱えていた心の葛藤を聴いた。
栗原あゆみの姿を見てプロレスラーを志す
「親の名に傷をつけたくない」……プロレスラーを両親に持つ、田中きずなの心の中にはいつもこんな気持ちがあった。しかし、彼女はいつの頃か「親との約束」を果たすべく気持ちを切り替えた。マリーゴールドのエースを目指す彼女の、サラブレッドだからこそ抱えていた心の葛藤を聴いた。(取材・文=橋場了吾)
田中きずなは2004年生まれ。母親の府川由美はすでに現役を引退していたが、父親の田中稔は新日本ジュニアのトップ選手と活躍していた時期だ。
「両親は凄く仲がいいです。でも、ちょっと違うのは、お父さんが体を痛がっているときですかね。プロレスラーではなかったら「大丈夫?」と心配になるような痛みも、「大丈夫だよ!」といわれるお父さんを見て、ちょっと可哀そうに思っていました(笑)」
小さい頃、田中はプロレスが苦手だったという。しかしある試合をきっかけとして、プロレスラーになることを志す。
「小さい頃は、お父さんの試合だけ見て、それ以外は遊園地で遊んでいるような感じで……暗い場所で大きな音、というのが怖かったんです。でも、AKINOさんの15周年記念試合で栗原(あゆみ)さんが対戦(2013.7.21の新宿FACE大会)されたんです。実は栗原さんは、小さい頃からよく遊んでくれるお姉さん的な存在だったので栗原さんのことが大好きで。しかもAKINOさんは、お母さんと師弟関係にあって。栗原さん、試合前はいつもの優しいお姉さんだったんですが、いざ試合が始まるとキラキラ輝いていて、やられてもやられても立ち上がって……その姿を見たときに、私にはこれしかない!と思ってしまったんです。今でも、コーナートップから何度もミサイルキックを放つ栗原さんの姿を、鮮明に覚えています」
娘の「プロレスラーになりたい」という思いを聞き大号泣する母
田中がミサイルキックを放つ際、正面とびではなく半ひねりして放つのは栗原の影響だ。しかし栗原は同年8月に引退したため、生観戦できたのはこの試合と引退試合の2試合だったという。
「実は私、高所恐怖症なんです(笑)。でもプロレスラーになりたい! 克服しないとダメだと思って、家のソファの上に立ってみたり(笑)。お母さんからは『まさか、プロレスラーになりたいわけじゃないよね?』といわれて。お母さんは命に関わる怪我(頭部に大きなダメージを負った)で引退しているので、絶対にやってほしくないと。でも、中学校3年生のときに高校を決める進路相談のタイミングで『プロレスラーになりたい』と伝えたんです。プロレスラーになりたいと思って10年間、ずっと言えなかった日々は辛かった……でもお母さんがそういう怪我で引退しているので、絶対反対するのもわかっていた……。
しかも私、運動神経が悪いので『親の名に傷をつけるのでは』という怖さもありました。『高校に入ったらどの部活に入りたいの?』とお母さんに聞かれたときに『空手部』と答えたんです。ダンス教室に通っていたときに、窓越しに空手の稽古が見える場所で、ずっと空手を眺めていました。案の定、お母さんは『怪我したらどうするの?』と。ここは言わないとダメだなと思って打ち明けたところ、車を止めて大号泣されました……。でも、お母さんはオーディションを受けて合格が出る前に高校を中退しているので、私には高校3年間は楽しんでほしいという気持ちがあって、高校生活は高校生活でしっかりやってほしいというのがプロレスラーになる条件になりました。それで空手部ではなくチアリーディングに入って。体のサイズは飛ぶ方なんですけど、高所恐怖症のため支える側でした(笑)」
父親の稔からは「本気でやるなら認めてやる」と言われていた。
「道場へ通う交通費は自分で出す、というのが条件のひとつにあったので、平日は部活、空いている時間にアルバイト、土日に伊藤道場へ通う日々でした。そんな生活を続けているうちに、認めてくれたのかな……家族そろってのデビュー発表になりました」
2023年4月に、憧れの栗原あゆみがよく上がっていたプロレスリングWAVEでデビュー。WAVE認定タッグ王者にも輝くも、今年4月から体調不良のため欠場。今年7月に退団し、その去就が注目されていた。
「欠場中は、プロレスをしたいのに体がついていかない状態でした。でもプロレスは配信やYouTubeでずっと見ていて、その中のひとつがマリーゴールドの旗揚げ戦でした。凄い話題になっていましたし、気になって見ていたら、途中から涙が止まらなくなってしまって……なんで私、こんな状態で立ち止まっているんだろうと。そこからですね、マリーゴールドの存在が大きくなっていったのは。でも、デビューしてから私に話しかけてくれるファンの方は『お母さんのファンだから、話しかけてくれるんじゃないか』と疑心暗鬼になったこともあって……。もちろん私のことを応援してくれていることは理解できているんですけど、親に迷惑をかけられないという気持ちも大きくて。その気持ちを持って、新しい場所に移ることへの不安はありました」
その田中の気持ちを大きく変化させたのは、同じ境遇の二世レスラーの活躍だった。
(8日掲載の後編へ続く)