五輪で再び社会問題化した誹謗中傷 メンタルケアでの「大丈夫?」はNG…心療内科医と考える心の健康【青木が斬る】

2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(41)。複数の書籍も出版し、文筆家としての顔も持つ。また自ら「note」でも発信をし続け、青木の“考え方”へのファンも多い。ENCOUNTでは青木が格闘技の枠に捉われず、さまざまなトピックスについて持論を語る連載「青木が斬る」を5月に始動した。連載4回目のテーマは「SNS時代のメンタルケア」。今回は産業医や労働衛生コンサルタントとして活躍する心療内科医の内田さやか氏を招き対談してもらった。前編。

なくならない誹謗・中傷と選手はどう向き合うのか【写真:山口比佐夫】
なくならない誹謗・中傷と選手はどう向き合うのか【写真:山口比佐夫】

連載「青木が斬る」vol.4 前編…青木真也×心療内科医・内田さやか氏

 2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(41)。複数の書籍も出版し、文筆家としての顔も持つ。また自ら「note」でも発信をし続け、青木の“考え方”へのファンも多い。ENCOUNTでは青木が格闘技の枠に捉われず、さまざまなトピックスについて持論を語る連載「青木が斬る」を5月に始動した。連載4回目のテーマは「SNS時代のメンタルケア」。今回は産業医や労働衛生コンサルタントとして活躍する心療内科医の内田さやか氏を招き対談してもらった。前編。(取材・文=島田将斗)

 ◇ ◇ ◇

 パリ五輪で日本は海外開催五輪で過去最多となる45個のメダルを獲得した。SNS上で遠く離れたパリで戦う選手の応援が活発になった一方で過激な言葉を使った誹謗・中傷の投稿が多く見られた。国際オリンピック委員会が選手や関係者への中傷コメントが8500件以上になったと発表する異例の事態に。なくならない誹謗・中傷と選手はどう向き合えばいいのか。

――誹謗中傷は注意してもなくならないのが現状です。人前に立つ人はどう対処していけばいいのでしょうか。

青木「歴史上、オリンピックとSNSが最も近づいたね。もっとどんどん近づいていくとなったときに、いまのモラルのままだとどうしても炎上、誹謗中傷が起きてきますよね」

内田「興味深いのはなぜ3年前の東京五輪はここまでにならなかったのに、今回はこんなに大きくなったのだろうと思います。十分3年前もSNSはざわざわするものだったと思う。今回は“五輪見ていないよ層”もいるじゃないですか」

青木「見てないからこそじゃない? 今回の問題は見ていない人間が論ずるわけじゃん」

内田「それは今回感じましたよね。にわかファンでもないくらいの初めて見た人が競技や選手について意見してしまうという」

青木「うん。それ故に論点がずれることがいっぱいある。炎上は絶対起きる、その上でケアする体制を今後どうしていくべきなのかと。まさしく会社視点でもそうだし、チーム、個人の単位でもどうしていくべきなのって。単純にその場所に立たないことも手だよね。表に出なければやられないから。もしくは訴訟して徹底的につぶす。それか炎上はあるものとして捉えていく」

内田「(炎上を)あるものとして捉えていくしかないのではないかとは思っています。あとは誰がその人を守るかは本当に考えていかなければいけないことで、団体によっても違うと思うんです。選手連盟なのか、企業に雇われている人なら企業なのか。フリーの人は? 所属がない人は? アスリートと言っても形態はさまざまなので、そこは丁寧に見ていかないといけないなと思いますね。

 周囲がケアの場を作るのは必要だし、炎上が起きてからのメンタルヘルスだけでなくて、選手に『誹謗中傷はこういうものがあるよね』『晒されるかもしれないよ』ということを教えて知っておいてもらう。その上で『今はこんな対策があるよね?』『あなたらしい対策はどれでしょう』というようにその人ごとで対策を取れるように。簡単なところでいうとSNSを開かないことも大事だとは思う。訴訟をして誹謗中傷おかしいよねって社会に訴えていく選手がいてもいいと思うので、そういうことも含めて考えておく必要があるなと」

青木「炎上してしまった、メンタル的にやられてしまったときはどうすればいいんですか」

内田「まずは一人で抱え込まない。自身はパニック状態なので、正しい判断を下せるか分からない状態です。会社の人間、家族、ある程度誰かと一緒に考えてもらうことをしたらいいと思います。冷静を装わなくていいです。意地悪なコメントが付いたら嫌な気持ちになるのは普通じゃないですか。人間ですから。なのに、多くの人は『出役はそんなの聞き流せるよ』って顔をしがちです。そんなことは本当はないはずだから傷ついていい。『怖かった』『すごい嫌だった』って言っていいんです」

――一方でSNSは現代では商売道具のひとつにもなっています。

青木「インスタグラムでもXでもプライベートなアカウントがないんだよね。本当の自分になれない」

内田「ビジネスパーソンでもそうなんですけど、ずっとペルソナをかぶってる。『アラフォー男性、○○社員、こう振る舞うべき、こう期待されている自分の役割』。これが四六時中外せない。これは結構みんなが抱えている問題ですね。出役の人はある意味これを覚悟をしている。でも、例えば五輪選手たちはそこまでの覚悟を持っていないのに晒されてしまう」

青木「選手だからそもそもそういうルールでは生きてないからね。だからさ、その上でSNSをやらないっていうのも手だよね」

――一青木さんも誹謗や中傷コメントは気になりますか。

青木「ひとつずつちゃんと気にしていますよ。松本晃市郎が俺のリュック背負って自転車乗ってるのを何か言ってたけど、俺は俺のかっこいいものがあって、それを追求して生きてきてるから『この野郎』と思ったりはしますよね。でも、それも含めて僕の考え方は“住む領域が違う”」

内田「それこそ宗派が違う人と出会った感覚」

青木「宗教論争。だから交われない。(中傷コメントなどは)ちょっとムカつく」

内田「ムカついていいと思います。でも、一応『この人はなんでそんなことを言ったのだろう』とか分析的になれた方が人間、心は楽なので。視座を高められた方がいいと思っていて、その人を肯定する必要はないけど、『こういう人もいる』って社会を知っていくじゃないですか。その上で『これが全てじゃないよね』って、応援してくれたり肯定してくれる人もいる、という風に状況を引いて見られたらいいと思います。例えば究極の話、日本が嫌になってしまったら他にも国ってある。海外に行ったらリフレッシュできるかもしれない。引いて見られれば今目の前にあることが全てではないので」

「気持ちが弱い」って何?

青木「日本スポーツでよく言う『気持ちが弱い』ってあるんですか」

内田「根性とか精神力が足りないと言いますよね。強い弱いよりも我々は硬いか柔らかいかで見るんですよ。硬いというのは自分の思考だけ。自分が正しいとか、べき論、自分なりの正義に凝り固まっている人は硬い。柔らかい人は他の考えを受け入れられるし、いろんな感情を受け入れられる。『どの感情も別にあっていい』、『優劣じゃない』『良し悪しじゃない』って。強い弱いではないかな、あとは繊細さと鈍感さはあると思います」

青木「社会であいつは『気持ちが弱い』って言われがちじゃん。実際そうなんだけど、そんなことはない。感染症とは言わないけど風邪とかと同じ病だと思う。『病である』とちゃんと言っていった方がいいと思う。武尊がパニック障害を公表したのはすごく良いと思った」

内田「ああいうのは良いと思います。海外ではすごく自ら言っているんですよね。双極性障害、摂食障害、線維筋痛症とかを公表して『でも立ち向かってる』とか。あれは告白しながら治療をしている部分もあると思います。自分を受け入れるみたいにやっている部分はあると思うんですけど、武尊さんが言ったことはとても価値があったと思います。

青木「でも偏見にもなっちゃう」

内田「これは人としても医者としても気を付けているのはなるべく偏見を持たずに人を見ることなんです。医者も良くなくて精神科患者を“プシコ”(Psychoseが由来)と呼んでカテゴライズしたりする。同じ疾患でもひとりひとりは全員違う。病気であることを本人が受け入れれうことで治療につながる一方で『病名つける=レッテル』にはしないでほしい。何か分からない方がつらいこともある。自分がどういう状態か知ることで進めることはあると思います」

内田「だから気持ちが弱いっていうのは『いまだにそんなことを言ってるの?』と思ってしまいます」

青木「それを変えていかないと、後続の人が困るよね。俺は昭和というかパワハラ最後の世代みたいなのがあるから『芸事たるもの叩かれて当たり前』って思うよ。ただそれだけではなくて、社会として“まさか”があってはいけないので必ず病気になったことを恥ずかしくなく言えてちゃんと治療できるっていう面は持っておいた方がいいと思うんだよね」

内田「結局自分の特徴はどこかで受け入れなければいけないことである。知っていた方が自分でコントロールできるんですよ。なにかを言われたときにイラッとしやすいとか落ち込みやすいのか、知っていれば多少は対処できる。逆に自分を知らないとリラックスできる手立ても考えられない。精神論だからそんな病はないってやると何も始まらないから知って付き合っていく方法を考えた方がいいですよね」

心療内科医・内田さやか氏【写真:本人提供】
心療内科医・内田さやか氏【写真:本人提供】

専門家への受診で自分の状態が分かることも「軽度の燃え尽きだった」

青木「俺ね真面目にね、『これやべぇ』と思ったらまず専門家に聞くのはすごいありだと思う。6月ぐらいに『練習行きたくねぇな』ってなったときに(医者)に聞いたんだよね。診断してもらったら軽度の燃え尽きだった。情緒的消耗感のスコアが高いって話なんだけど本当にその通りだったんだよね。辞めるにしても急に辞めない方がいいと。休んだら気持ちは戻ってくるからという話で練習ペースを緩めたりはしてて、動いてはいるけど、トップギアには入っていない状態なんだよね。こういうのって医者じゃなかったら信用できないじゃん。だから専門家に聞くのはありだなと」

内田「レッテル貼りは難しい問題で診断基準に生活に支障をきたすかどうかってあるように社会とのマッチングなんです。いい感じに合っていれば病気にならずにすむ。発達障害とかはそういう部分があります。場所が合えば活躍できる人、でも環境が合わないと周りからはパフォーマンスが悪い、ルールに従えないという風になってしまって場合によっては体調も悪くなって診断がつくんです。

 気を付けなければいけないのは、本人だけの問題ではなくて環境との相性が常にある。例えば会社の風土や上司がどんあ人なのか、自分ではコントロールできないものとの兼ね合いで生まれる。だからこど『気持ちが強い、弱い』はなくて、環境との相性」

青木「本人が『ここが合うだろう』というものもあるし、会社側が采配するものも問われてるんだよね」

――一周囲が「大丈夫?」と気にかけてくれた際に大丈夫でなくても「大丈夫です」と答える人もいますよね。

内田「『大丈夫?』と『困ったら声をかけてね』、この2つは役に立たないんですよ。心の問題は早期発見が難しいんですけど、細かい質問をするのがポイントなんです。例えば『パフォーマンスに影響ない?』『日常生活に影響ない?』って聞く。これで『ある』場合は要注意です。なので集中できていない人、能率悪いなと思ったら健康に問題ないかに目を持っておくことが大事です。

 何か悩んでいたり、課題を抱えているから集中できないのかもしれない。場合によっては病気があって集中できていないのかもしれない。逆にパフォーマンスを維持できるぐらいなら大丈夫なのではないかなと思います」

内田「選手で言うと練習に気持ちが入らないとか、疲労がいつもより抜けないというのは要注意です。心理面も含めて、おかしいところはないか、一度立ち止まった方がいいです。患者さんにはそういう状態が2週間続いたら病院に行った方がいいですよと勧めますね。トップアスリートの場合は時間が貴重で、体を使う仕事なので1日~2日調整できなくなったらしっかり考えた方がいいと思います」

――一青木さんはコンディションの変化に敏感なタイプですよね。

青木「基本的に練習自体が内省するものだから。練習をするっていうよりも自分を浮き彫りにする。でもね、案外みんな考えないんだよ」

内田「アルコールで忘れて考えないようにする人もいますよね。それは対症療法にはなるかもしれないですが、根本解決とは違うと思います」

青木「俺は言葉がどういう感情で相手から出て、自分はどういう受け取り方をして、どう思っているのかはやっぱり数日考えるからね。あのときの立ち振る舞いはどうだったのか。どう立っていれば良かったのかって。練習だって手の握り方、組み方、入り方、全て考えますよ。それが大事な気がする」

――一個人で解決できない人に対して周囲はどうするのがよいのでしょうか。

青木「俺はもうシステムとして何かがあった方がいいと思う」

内田「産業医をやっていてもこんな時代だから調子が悪い人は多いです。面談をしていて一人一人に一生懸命向き合ってもやっぱりモグラ叩きになる部分はあります。システムとして全体に教えたり、研修する機会があるといいと思っていて、メンタルケアをそもそものみんなのスキルセットとして入れ込むように大きく考えないと問題自体は動かない気がします」

青木「減量と一緒だよね。構造自体がおかしい。しょうがないけど、対症療法にしかならないよね。俺が最近言ってる『ルールから出る』。得策だと思う。その人にとって、その時々に適したルールがあるんだよ。例えば若くて成長したいなら、いまの右肩成長が正しいルールで戦えばいい。でも、年を取って情熱が下がったり、大事にしたいことがあるって言ったらそのルールを変えればいいじゃん。競技を変えられることが大事だよね」

内田「キャリアも同じで、キャリアって空間的にも時間的にも積めると言われていて、場所とルールが嫌だったら別のルールのところに移動すれば自分が納得感を持てるかもしれない。自分が種だとしたら土壌を変える。育つ土壌に埋まりに行くのは必要なことじゃないかなと、そうしないと腐っちゃうから」

□青木真也(あおき・しんや)1983年5月9日、静岡県生まれ。第8代修斗世界ミドル級王者、第2代DREAMライト級王者、第2代、6代ONEライト級王者。小学生時に柔道を始め、2002年には全日本ジュニア強化指定選手に。早稲田大在学中に総合格闘家に転向し03年にはDEEPでプロデビューした。その後は修斗、PRIDE、DREAMで活躍し、12年から現在までONEチャンピオンシップを主戦場にしている。これまでのMMA戦績は59戦48勝11敗。14年にはプロレスラーデビューもしている。文筆家としても活動しており『人間白帯 青木真也が嫌われる理由』(幻冬舎)、『空気を読んではいけない』(幻冬舎)など多数出版。メディアプラットフォーム「note」も好評で約5万人のフォロワーを抱えている。

□内田さやか 産業医、労働衛生コンサルタント、心療内科医、公認心理師、ビジョンデザインルーム株式会社・代表取締役社長、SAHANA Retreat Clinic 院長。2012年、日本医科大医学部卒。東邦大学医療センター大森病院にて心身医学を学ぶ。社会課題、職域の健康施策への関心から15年に独立。16年にビジョンデザインルーム株式会社を立ち上げ、これまでに20社以上の産業医を歴任。労働環境の改善、メンタルヘルスケア、ウィメンズヘルスの啓蒙活動に注力し、社内研修、地方自治体での研修講師も務めている。19年よりSAHANA Retreat Clinicを開業。22年より日本産業衛生学会代議員。23年よりNPO法人日本人材マネジメント協会執行役員。

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