現場スタッフの7割がフリーの映画界 長時間労働、ハラスメント…制作環境改善へ「映適」が向き合う課題とは
映画界では、スタッフの7割以上がフリーランスとなった今、長時間労働、ハラスメント、契約書の不交付などが問題視されている。そんな中、昨年4月に事業開始した一般社団法人「日本映画制作適正化機構」(理事長・島谷能成)が制作環境の改善に取り組んでいる。全てのスタッフの窓口になるスタッフセンターを開設し、登録を呼びかけている。事務局長の大浦俊将さんに現状を聞いた。
環境の改善呼びかける昨年4月に事業開始した一般社団法人「日本映画制作適正化機構」
映画界では、スタッフの7割以上がフリーランスとなった今、長時間労働、ハラスメント、契約書の不交付などが問題視されている。そんな中、昨年4月に事業開始した一般社団法人「日本映画制作適正化機構」(理事長・島谷能成)が制作環境の改善に取り組んでいる。全てのスタッフの窓口になるスタッフセンターを開設し、登録を呼びかけている。事務局長の大浦俊将さんに現状を聞いた。(取材・文=平辻哲也)
映適が開設したスタッフセンターは、スタッフの処遇改善、人材育成支援を目的にしている。登録すると、(1)日本映画制作適正化機構作品認定制度ガイドライン遵守のためのサポート、(2)スタッフとプロダクション間の契約管理サービス、(3)ハラスメント、職場環境などの相談窓口、(4)保険窓口、(5)情報提供・共有のサービスが受けられる。
対象となるのは監督、助監督、脚本家、撮影、照明をはじめ映画制作に関わる全ての職種。フリーランス、会社員、団体職員、学生、インターン、アルバイトなど全ての契約形態となっている。登録スタッフが作品認定制度の申請作品に参加した場合、ギャランティの1%を納める。登録しているのはプロダクション51社、スタッフ184人。
「初年度の事業計画では、日本映像職能連合(映職連)8協会の会員総数が約1700人なので、まずは1000人を目標にしたのですが、1年経ってもなかなか浸透していないというのが実情です。こちらの周知不足はあるのですが、登録すれば、映適や現場に対して、意見を述べられるのが一番大きなメリットではないかと思っているのですが……」
映適では、新たなメリットを打ち出すべく、今年1月から労災保険サービスも始めた。月会費500円の事務手数料を支払うことで、比較的安価に労災保険(※年間保険料は給付基礎日額をもとに加入者自身が決定)に加入することができる。
ハラスメントの窓口対応も特徴の一つ。リスク・コンサルティング会社と契約した電話・メール相談窓口も開設。映適申請作品に参加するスタッフには、電話番号とメールアドレスを記したカードを人数分配布している。相談件数は、映適WEBサイトへの問合せを含め、7月末現在70件だが、大事には至っていないという。
「このうちコンプライアンス案件が20件。1件目は過去の作品でのハラスメントでしたが、相談者は『話を聞いてもらって楽になり、その後の対応は必要ない』ということでした。ほかにも、詳細を聞かせてくださいと返事をした案件があったのですが、その後返信がなかったことも。申請作品でハラスメントがあったという通報もあり、確認のうえ是正を促したことはありますが、大事に発展する事案はなかったと認識しています」
Netflixでは全作品クランクイン前に全関係者を対象に、ハラスメント防止策の「リスペクト・トレーニング」を実施している。映適自体は研修まで実施していないが、「映画制作現場におけるハラスメント防止ガイドライン」(ホームページで閲覧可)を定め、現場には研修を推奨し、ハラスメント防止責任者を定めることを求めている。
「ハラスメント問題では我々がいきなり介入するのではなく、現場で解決することが第一と考えていますが、相談窓口の担当者がハラスメントの加害者だったり、現場で相談しづらいという可能性もあるので、その場合は躊躇せずに相談窓口にご連絡くださいと伝えています」
『先生の白い嘘』では主演の奈緒がインティマシー・コーディネーター(IC)を入れてほしいと要望したのを監督が拒否したことが波紋を呼んだ。インティマシー・シーンの取り扱いはどう考えているのか。
「実はインティマシー・コーディネーターの西山もも子さんからは、報道以前にお問い合わせをいただき、意見交換をさせていただきました。西山さんからは映適のガイドラインにインティマシー・シーンの指針を入れてもらえないかとの要望がありました。現状のガイドラインが十分だとは思っていませんが、まだ定着したとは言えない段階です。基本的に3年更新ですが、問題があれば見直すことも必要だと考えていますので、意見を伺いながら、事務局内でも検討したいと思っています」
2年目で高まる関心
映適2年目を迎え、その関心が高まっているのは肌で感じているという。
「11月からは(フリーランスの取引環境を保護することを目的とする)フリーランス新法も施行されます。これについては、事前に環境を整えていますので、新たに何かやるのではなく、むしろ追い風になってくれることを期待しています」と大浦さん。
映適にはもう一つ、財政基盤も課題だ。主な収入源は審査料収入、登録スタッフの映適会員費、賛助会員の協賛会費。事務局員の多くは日本映画製作者連盟加盟社からの出向で、人件費を負担してもらっている。
「アメリカでは業界とユニオンが対立することもありますが、日本は対立軸を作るよりも、一緒に問題を解決していきましょう、というやり方が合っていると個人的に感じています。まずはスタッフセンターへの登録を呼びかけ、数を増やし、力をつけるのが大事だと考えています。それによって、業界全体をよりよくしていきたい」。実写映画の制作環境改善はスタートを切ったばかりだ。
■大浦俊将(おおうら・としまさ) 1995 年に東宝株式会社に入社し、ビデオ営業などを経て、98 年に東宝映画に出向し、制作、企画を担当。『ゴジラ FINAL WARS』(04年)などゴジラのミレニアムシリーズに関わり、豊川悦司主演の『愛の流刑地』(07年)ではプロデューサー、広末涼子主演の『ゼロの焦点』(09年)では企画プロデューサーを務めた。2010年に本社復帰後は契約業務に携わり、「TOHO animation」の体制整備に関わるなど制作現場の実情、労働法務にも詳しい。