「迷わず行けよ」26年ぶり東京Dに舞い戻ったA猪木、各々の旅立ちを決めた“悪魔”らにエール

2024年夏、とくに令和女子プロレス界にとってこの週末は大きな転機となった。まず23日には“悪魔”中島安里紗が引退。24日にはその相棒・藤本つかさが4か月の限定復帰の最終戦を行い、育休に戻るはずだったが、翌25日にジュリアが国内最後の試合に臨むのに際し、因縁の藤本戦を希望したことから、藤本がこれを受けると宣言。両者の対戦を含めた「全員がけ」を行った。つまり中島、藤本、ジュリアという各団体の重要人物が各々の理由で旅立って行くことになったのだ。ここから見えてくるものを考察する。

26年ぶりにA猪木の引退試合がビッグビジョンに映し出された(23日、東京ドーム)
26年ぶりにA猪木の引退試合がビッグビジョンに映し出された(23日、東京ドーム)

“悪魔”中島安里紗が18年間の現役生活にピリオド

 2024年夏、とくに令和女子プロレス界にとってこの週末は大きな転機となった。まず23日には“悪魔”中島安里紗が引退。24日にはその相棒・藤本つかさが4か月の限定復帰の最終戦を行い、育休に戻るはずだったが、翌25日にジュリアが国内最後の試合に臨むのに際し、因縁の藤本戦を希望したことから、藤本がこれを受けると宣言。両者の対戦を含めた「全員がけ」を行った。つまり中島、藤本、ジュリアという各団体の重要人物が各々の理由で旅立って行くことになったのだ。ここから見えてくるものを考察する。(取材・文=“Show”大谷泰顕)

 本題に入る前に最重要な話をお伝えする。2024年8月23日は、プロレス界にとって、非常に大きな分岐点を迎えた日だったと考える。

 その日、東京ドームに“燃える闘魂”アントニオ猪木が帰ってきたのだ。詳しく説明すると、その日のドーム球場で実施された巨人VS中日戦で、A猪木と「橙魂シリーズ」のコラボレーション企画が行われ、愛弟子・藤波辰爾が始球式(バッターボックスには女子プロレスラーのSareee、キャッチャーはタイガーマスクが務めた)を行ったかと思えば、試合後にはA猪木の引退試合(98年4月4日、東京ドーム)の映像がビッグビジョンに映し出されたのである。

 引退試合の映像がドームに映し出されるのは、実に26年ぶりのことになるから、それだけでも驚きだが、実はその日、隣接された後楽園ホールでは、SEAdLINNNGの中島安里紗が引退試合を行い、18年間の現役生活にピリオドを打った。

 昨今の女子プロレスは男子よりも勢いがあり、男子より話題になることも多くなってきた。いわば令和女子プロレスの全盛期といっても過言ではない。

 そのなかで中島といえば、対戦相手を恐怖のドン底に陥れることから、“バイオレンス・クイーン”や“悪魔”の異名を持った女子プロレスラーである。

「今日は私の引退試合にこんなに集まっていただけて、本当にうれしいです。ありがとうございます。中学校を卒業してすぐにこの世界に入って、人生の半分をプロレスラーとして過ごしてきました。本当に楽しいことやうれしいことよりもツラいこと、苦しいことの方がたくさんある世界です。だけどそういうもの全部がたった1試合で吹っ飛ぶ。そういう試合があったから、そういう試合をまたしたかったから18年やってこれました。

 本当に最後まで女子プロレスが大好きで、今日の試合も女子プロレス最高だっていえる自分のまま、終わることができて、本当にうれしいです。この気持ちのまま辞められることは幸せなことだと思います。それもすべて、お世話になった関係者の方々、こんなワガママなどうしょうもない私を育ててくださった先輩方。そしてこんな感じの悪い私に、グングン詰め寄って来てくれた後輩たち。そしてずっと仲良しこよしせずに、ずっと強いライバルであり続けてくれたライバルたち。そして誰よりも信頼できるタッグパートナーでいてくれた、つっか(藤本つかさ)ありがとう。本当にたくさんの人に支えられて、こうして皆さんにこうして支えられて女子プロレス人生を終えられること。心から感謝しています。本当にありがとうございました」(中島)

“悪魔”中島安里紗が引退試合を行った(23日、後楽園ホール)
“悪魔”中島安里紗が引退試合を行った(23日、後楽園ホール)

A猪木が健在なら中島安里紗を「闘魂外交」の一員に

 声をしゃがれさせながらそうリング上から引退のあいさつをした中島だが、言ってしまえば中島は、26年ぶりに引退試合の映像を映し出されたA猪木と同じタイミングで引退を果たしたことになる。

 仮の話、もしA猪木が今も健在で、中島の試合を見る機会があったとしたら、必ずそのファイトスタイルを気に入って、かつて自身が主催した北朝鮮大会にブル中野や北斗晶を参加させたように、中島を「闘魂外交」の一員に招き入れたに違いない。

 ちなみに中島は、4か月前に引退を宣言する直前、長年、中島のタッグパートナーを務めてきた“アイスリボンの象徴”藤本つかさ(育休中)に1試合限定復帰を依頼したが、結果的に藤本は、中島の現役を最後までともにしようと、4か月間の限定復帰を決めた。そのため、藤本にとっては中島の引退試合の翌日に実施されたアイスリボンの後楽園ホール大会が、限定復帰の最後の舞台となるはずだった。

 ところが、19日に開催されたマリーゴールドの後楽園ホール大会で、“狂気のカリスマ”と呼ばれ、“デンジャラス・クイーン”とも称される同団体のエースであり、25日の新木場1stリング大会を最後に海外に渡り、世界に挑戦することが決まっているジュリアが試合後に衝撃発言を行った。

「どうしてもここで1人だけ、、リングで会わなきゃいけない人がいるなと思ってて。私も、その人には言いたいことたくさんあるし、たぶんその人は私のことぶん殴りたくてたまらないんだろうなって思う」と切り出すと、「私をこの世界に引きずり込んだ女、アイスリボンの藤本つかさ!」と名指しで藤本を指名した。

 さらにジュリアは、「今日が、もちろん最後のつもりで闘ってきたし、ラストマッチっていうこの気持ちは変わらないんだけど、でもここで、25日で、あなたと1分でもいい! リング上で語り合うチャンスをください! 藤本つかさ! このメッセージがあなたに届きますように、よろしくお願いします。いつも、わがままばっかり本当にすいません。でもそれがジュリアだ!」と藤本とのリングでの再会を熱望したのである。

 これにより、藤本がジュリアと再会を果たすのかに注目が集まっていた。

 両者の関係は5年前、ジュリアがアイスリボンからスターダムに闘いの場を求めることになった際、大きなボタンのかけ違いが起こり、円満移籍とならなかったことから、ただならぬ確執が生まれていた。

 それでも藤本は、24日のリング上から「いろいろ思いました。だけど、それを全部ひっくるめて、あいつをぶん殴ってやりたい。明日、ジュリアをぶん殴りに行きます!」とマイクアピール。ジュリアとの再会をファンの前での宣言した。

“アイスリボンの象徴”藤本つかさは「ジュリアをぶん殴りに行く」と宣言(24日、後楽園ホール)
“アイスリボンの象徴”藤本つかさは「ジュリアをぶん殴りに行く」と宣言(24日、後楽園ホール)

藤本つかさはジュリアに一生心に残る痛みを植えつけたのか

 藤本からすれば、「(ジュリアが)どんな顔かも忘れた」「一生触れないで離れ離れになるのが、私の清算の仕方と思っていた」とのスタンスだったが、「(この4か月は引退する中島)安里紗を見送ることが一番の任務ではあったんですけど、女子プロレス界がほっといてくれない!」と熱く語り、5年分の遺恨を精算すべく、藤本は翌25日にマリーゴールドに乗り込んだ。

 ジュリアの国内最後の試合(エクストラマッチ)は、所属・参戦選手全員と1分間ずつ対戦する「全員がけ」だったが、藤本は23試合中、22番目に登場。お互いに思いのこもった攻防を繰り広げたが、驚いたのは、藤本がまさかのビーナスシュート(三角跳び式延髄斬り)を繰り出したこと。

 藤本は、6月23日に後楽園ホールで行われた、“スターダムのアイコン”岩谷麻優とのIWGP女子戦でこの技を繰り出し、着地に失敗して右ヒジを脱臼。緊急搬送されたものの、脅威の回復力でひと月後には復帰を果たした。が、一度も使わずにいた。それは使う藤本にもリスクを伴う技だったからだ。

 藤本からすれば、この日を境にまた育休に戻るとはいえ、2か月前に自身の右ヒジ脱臼を招いた技をこのタイミングで繰り出すとは、情念がこもりまくるに決まっている。

 そういえば、藤本の相方・“悪魔”中島が引退から遡ること2か月以上前の6月上旬に、こんな話を残していた。

 それまで“悪魔”中島はその荒っぽいファイトスタイルに対戦を拒否する選手も存在したが、引退が決まったと聞くや、対戦を熱望されるパターンが出てきた。これに対し中島は「最後に記念に殴られておこうじゃないけど、っていうのを感じるので、一生心に残る痛みを植えつけたい」と語っていた。

 おそらく中島の相方である藤本も、ジュリアに対してこの手法を取ったのではないか。

 もしそうだとすれば、技の威力はもちろんだが、見た目の破壊力以上に、精神的にダメージを与える一撃を、藤本はジュリアに見舞ったことになる。同時にそれは、世界に挑戦を果たすジュリアへの、藤本なりのエールでもあったに違いない。

 そして、お互いがいったいどんな思いでこの遺恨試合を終えたのかと思えば、試合後の藤本はノーコメント、一方のジュリアは「見た人それぞれの考えで受け止めてもらえれば……」と話し、見る側に解釈を委ねる旨を言葉にした。

 ともあれ、ここまで書き記したように、中島、藤本、そしてジュリアと理由は違えど、偶然に同じタイミングに、令和女子プロレスにおける3人の重要人物がそれぞれの道を歩んでいくことになった。

ジュリアは国内での全試合を終え、海外へと旅立つ(25日、新木場1st RING)
ジュリアは国内での全試合を終え、海外へと旅立つ(25日、新木場1st RING)

いつ“小悪魔”たちは「覚醒」するのか

 もちろん中島がいなくなったSEAdLINNNGには、タッグマッチながら中島から3カウントを奪った笹村あやめ(7月26日、新木場1stリング)や、「デーモン中島に誓うよ。私がSEAdLINNNGのリングを、あいつがいなくなった後、一番面白い場所にしてやるよ!」と豪語するウナギ・サヤカが参戦しており、藤本がいなくなったアイスリボンには、24日の後楽園ホール大会での6人タッグマッチで藤本から3カウントを奪って勝利を上げた、真白優希がエースの座を狙っている。

 一方、ジュリアがいなくなったマリーゴールドには、ジュリアの国内ラストマッチ(8月19日、後楽園ホール)の相手を務めた愛弟子・桜井麻衣や、25日の「全員がけ」の最後の相手となった林下詩美、同団体のUN王者・青野未来らがエース争いに拍車をかける。

 つまりは、各団体とも“悪魔”や“象徴”や“カリスマ”が抜けたことで、いったい誰が各々のリング上での主導権を握るのか。今後はそれが激化して行くことになる。いわば、そういった“小悪魔”たちがいつ本格的な「覚醒」を遂げて行くのかに、自然と焦点が移って行く。

 実をいうと、そういったそれぞれの旅立ちにくわえ、誰もが心に秘めた今後への野望や目標に対し、大きな指針となる言葉がある。

 それは冒頭に掲げたとおり、奇しくも8月23日に東京ドームでA猪木の引退試合の映像がビッグビジョンに流されたと同時に、実はその直後、A猪木による引退あいさつも映し出されていたことに起因する。

 要は、引退あいさつでA猪木が当時、7万人の大観衆の前で口にした「道」の詩も、26年ぶりに映し出されたのである。

 当然のことながら、それは単なる偶然にすぎないのかもしれないが、たとえそれが偶然だったとしても、中島、藤本、ジュリアの旅立ちと同じタイミングで「道」の詩がドーム球場に響き渡ったことを、そしてそれをきっかけにして、令和女子プロレス界が新たなる大展開を迎えるのであれば、A猪木は男女の垣根なく、心から励ましと叱咤激励の言葉を送るに違いない。

「この道を行けばどうなるものか
 危ぶむなかれ
 危ぶめば道はなし
 踏み出せばそのひと足が道となり
 そのひと足が道となる
 迷わず行けよ 行けばわかるさ
 ありがとーッ!」

 ちなみに26年前のA猪木はその直後、最後は「1、2、3、ダーッ!!」と叫びながら現役生活をまっとうしたが、いつしか「終生大衆に尽くす」と口にし、平気でプロレス界や格闘技界の枠を超えつつ、世界平和を念願していたことを改めて記しておく。

 迷わず行けよ 行けばわかるさ――。

(一部敬称略)

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