吉田類、大衆酒場では「自慢話をしないこと」 密着取材で見えた「みんなと楽しく」の人生哲学

酒と山登りと俳句を愛する「酒場詩人」こと吉田類がレギュラーを務める長寿番組『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS、月曜午後9時)が、今年9月で放送21周年を迎える。「やっぱりどこに行っても自然体、リラックス。これが一番ですね」。そんな“類さん流”の酒飲みスタイルが、幅広い年齢層の視聴者をひきつけ、ファンに愛されてきた。今回、番組の魅力に迫るべく収録に“密着取材”。笑い声が響く酒場の空気を通して、お酒を一緒に飲むことで人と人との絆を深めていく人生哲学が伝わってきた。

『吉田類の酒場放浪記』ロケに密着した【写真:山口比佐夫】
『吉田類の酒場放浪記』ロケに密着した【写真:山口比佐夫】

「生まれつきの野生児です」 類さんワールド全開 「酒は愛」のメッセージ

 酒と山登りと俳句を愛する「酒場詩人」こと吉田類がレギュラーを務める長寿番組『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS、月曜午後9時)が、今年9月で放送21周年を迎える。「やっぱりどこに行っても自然体、リラックス。これが一番ですね」。そんな“類さん流”の酒飲みスタイルが、幅広い年齢層の視聴者をひきつけ、ファンに愛されてきた。今回、番組の魅力に迫るべく収録に“密着取材”。笑い声が響く酒場の空気を通して、お酒を一緒に飲むことで人と人との絆を深めていく人生哲学が伝わってきた。(取材・文=吉原知也)

 京王井の頭線のちょっとマイナーな西永福駅、真夏の昼下がり。駅前にふいに類さんが現れた。黒いシャツに黒いジャケットを羽織り、トレードマークのハンチング帽も含めて全身黒づくめ。テレビ越しに見る類さん、そのままだ。

 カメラマンは21年前の初回放送から担当しているベテランとあって、撮影スタッフ陣は手慣れた身のこなし。駅前のオープニング撮影はスムーズに行われた。

 ここで、奇跡的なハプニングが。ちょうどカメラが回る頃に、偶然近くに1台のトラックが。なんと、番組提供に参加している西原商会のドライバーが降りてきたのだ。

 類さんはすかさず、「頑張ってね!」と声をかけた。荷物の配送を行っていた男性ドライバーは驚いた様子。類さんの計らいで、記念写真をパチリ。親近感にあふれる一幕だった。

 次は、お酒を飲む前に地元の名所を訪ねる「立ち寄り」の撮影だ。今回は占い&薬膳カフェ。お店に入るシーンを撮影していると、商店街近くの場所だけに、行き交う人たちがこれまたびっくり。ママチャリに乗った女性が「あっ、酒場放浪記じゃない!?」と立ち止まってスマホで撮影する場面も。

 店主からいくつか占いのための質問を受け、真顔で「生まれつきの野生児です」と答えると、スタッフ陣は笑いをこらえ切れない。類さんに合わせて特別に調合したお茶を飲むシーンでは、猫舌だけにふーふーして飲むおなじみの光景が。類さんらしさが随所にあふれ出た。

 そして、いよいよ酒場ロケだ。この日、のれんをくぐったのは麓屋。マスターとおかみさんで切り盛りし、夫婦が長野や山梨の山で採取した山菜やキノコを使った料理が名物だ。

 番組関係者によると、店選びは放送開始当初は類さんのなじみの酒場にカメラが入ることもあったが、現在は、担当ディレクター陣が「足と肝臓を使って」探し当てた名店をチョイス。類さんは、事前情報をほとんどスタッフから聞かず、「そのままのまっさらな気持ち」(類さん)で撮影に臨んでいるという。

 二日酔いは「まったくしない」という75歳。どんな店にいちげんの客で入っても、すぐに場になじみ、店の常連たちと笑顔で酒を酌み交わす。どれだけ酔っても丁寧な言葉遣いを貫き、人好きのする類さんだからこそ、酒場に溶け込むのだ。

 和やかにあいさつの声を響かせて入店。猛暑のこの日は「ビールからいこうかな」。店内の客全員と必ず乾杯をするのが恒例行事。「あー、これこれ」と類さんは早くも至福の時を味わっている。

 常連客の男女と、登山や鉄道といった趣味の話が合い、お酒も料理もどんどん進む。クマを食べるというジビエの話にも花が咲いた。ユニークなキノコを使った料理にも舌鼓を打った。類さんはワインでほろ酔いだ。おかみさんにマスターとのなれそめを“インタビュー”するなど、和気あいあいの時間が流れた。撮影は2時間を優に超えた。この濃密で楽しさの詰まった酒場ロケを含めてすべての撮影分を、15分に編集して凝縮させるのだから、番組作りのすごみを実感した。

「あー、これこれ」と早くも至福の表情を浮かべる吉田類【写真:山口比佐夫】
「あー、これこれ」と早くも至福の表情を浮かべる吉田類【写真:山口比佐夫】

「すべてを含めて、距離感を持つこと。その方が長く飲み続けられると思います」

 酒場ロケ前の撮影の合間に、類さんに、初めて訪ねる酒場においての流儀を聞いた。

 まず、立ち飲み屋で飲む極意は、常連客を意識した立ち位置にあるという。

「立ち飲みというのは、そういうところが一番はっきり出るところなんですよ。大半のお店は、カウンターだけで全く知らない人たちが横にずらっと並ぶ形になります。そこで、常連さんがいつも飲む場所に行かないこと。席をとっちゃうみたいなことはしない。それが大事です。ちょっと奥のところで全体を見渡せるような位置。大体の常連さんはそこにいます。そのときどきの空き具合にもよりますが、いきなり真ん中で目立つところに行くのも避けたいですね。ちょっと外れたところにさりげなく行く。これが大切です」

 そして、大衆酒場においての振る舞い。それは「自慢話をしないことです。大衆酒場には、異なる背景で育って、いろいろな事情を持っている人たちが飲みに来ます。それが前提です。そういう場で、『自分だけが特別』といった態度になるのはよくないです。逆に僕なんかも、そんな人が来て自慢話をされた場合は受け流します。そういうことですよ」。

 さりげなく、「場を読んで」、楽しく飲む。「適度な距離感」を保って店主側、客同士と接する。類さん流は奥深い。

 昭和から平成、令和と時代が移り変わった。世の中の飲み屋は「おじさんたちの行きつけ」といったイメージから、若者や女性も集まる場に変化していった。酒場をより親しみやすく紹介するこの番組の功績も大きいだろう。

「時代の流れということもあると思いますが、おじさんたちだけの店じゃなきゃいけないということは、絶対になかったと思います。やはり、お店の方々の人間としての幅じゃないでしょうか。若い人もお年寄りもみんなを受け入れる。その姿勢です。それに、お客として飲みに行っても、特定の人じゃないと話さないといったことはしない。みんなと楽しく飲む。その懐の広さが大事です。これは酒場から教わるものでもあります」。いつの世も、酒場は人生いろいろの人たちを、人情を持って受け入れてきた――。含蓄のある言葉だ。

 東京の下町酒場をはじめ、全国各地の名店や隠れ家の一軒を飲み歩いてきた。放送は1200回を数える。新型コロナウイルス禍の苦しい時期は、悩みに悩んだ末に、「休まないこと」を決断。新たに考えた、自宅ベランダでグランピングする“お家飲み”やキャンプ企画を展開し、新作を放送し続けてきた。

 一方で、飲食店業界に影を落とす事情もある。店主の高齢化や後継者不足に加えて、コロナ禍の影響を受けた酒場の閉店といったケースも少なくない。酒場文化の灯を絶やさないこと。番組はそんな使命感を持って撮影を続けている。

「酒場はその時代を反映するものだと思っています。戦後は人々の気持ちがすさんだ時期もありました。豊かになったのはいいことですが、バブルも経験しました。ちょっと自重するという流れにもなりました。それで、やっぱりコロナがあったので、これは大きかったです。断絶の時代とでも言いましょうか。これを乗り越えたという感覚は持っていますが、今もまだコロナや疫病が流行している部分もあります。手洗い・うがいといった衛生上の面で気を付けることは前提になります。すべてを含めて、距離感を持つこと。その方が長く飲み続けられると思います」と実感を込める。

 そして、2020年代に入っても続く戦火。今現在も、戦争の痛ましいニュースが日々伝えられている。

「広く世界を見ると、戦争のある時代になってきました。人と人が融和する、その雰囲気がちょっと損なわれているような気もしています。僕は『酒は愛』と言っています。人と人が絆を深められる、どんな人とも前向きな付き合いができる。お酒には人と人をつなぐ役割があると思っています。断絶や分断というものを避けたいです。これは僕の生き方です」。はっきりとした口調で思いを述べた。

「100歳まで飲み続ける」。こんな目標を口にした類さん。「番組はどんどん続いていくということです。やっぱりね、お酒があり、酒場があるから楽しい時間が持てるんだよ。このことをずっと伝え続けたいですね」。いつもの優しい笑顔で、これからの未来を語った。

次のページへ (2/2) 【写真】吉田類“真骨頂”の立ち姿
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