永瀬正敏、22歳女優とのインティマシー場面はコーディネーター立ち会い「必要だった」

石井岳龍監督が安部公房(1924~1993)の代表作を映画化した『箱男』(8月23日公開)で主演を務めた俳優の永瀬正敏(58)。1997年に同じ石井監督&永瀬主演で映画化に動いたが、独ハンブルグのクランクイン直前に製作費の問題で製作中止になっており、27年越しの実現となる。永瀬が、97年版と24年版の違い、物語のカギとなるインティマシー・シーンについて語った。

永瀬正敏が映画『箱男』でのインティマシーシーンを振り返る【写真:荒川祐史】
永瀬正敏が映画『箱男』でのインティマシーシーンを振り返る【写真:荒川祐史】

『箱男』97年版と24年版の違い「より原作に戻っている」

 石井岳龍監督が安部公房(1924~1993)の代表作を映画化した『箱男』(8月23日公開)で主演を務めた俳優の永瀬正敏(58)。1997年に同じ石井監督&永瀬主演で映画化に動いたが、独ハンブルグのクランクイン直前に製作費の問題で製作中止になっており、27年越しの実現となる。永瀬が、97年版と24年版の違い、物語のカギとなるインティマシー・シーンについて語った。(取材・文=平辻哲也)

『箱男』は、最もノーベル文学賞に近い作家とも言われた世界的な作家・安部公房が1973年に発表した代表作の一つ。人間が匿名性を手に入れた先にあるものは何かを問いかける。

 主人公は、カメラマンという職業、社会的な地位を捨て、ダンボール箱をかぶった箱男である“わたし”。「箱男」は一見、社会の落伍者のように見えるが、箱の穴から社会をのぞき、優越感に浸る一方、箱男にはなりきれず、迷いもある。そんな“わたし”の前に、箱男になろうとするニセ医者(浅野忠信)、完全犯罪に利用する軍医(佐藤浩市)、“わたし”を誘惑するナゾの女・葉子(白本彩奈)が現れる……。

 クランクイン前日に中止になった97年版と、24年版の脚本の違いは何か。

「(97年版は)監督が32年前に安部公房さんにお会いして、映画化権の許可をいただいたのですが、安部さんは『箱男を娯楽作にしてください』とリクエストしたそうで、監督流のエンターテインメントに振り切った脚本になっていました。今は、世の中の動き(※ネット社会になって、誰もが匿名を手に入れられる時代になった)が原作に追いついたところがあって、より原作に戻っている印象がありました」

 一方、葉子は原作よりもキャラクターが膨らんでいる印象があった。葉子は登場人物で唯一名前を与えられた存在で、唯一の女性。箱への憧れは一切ない。劇中ではナース姿、裸に近い姿で登場する。

「原作では箱男と葉子は何か月か、濃厚な時間を過ごすことになっていますが、映画版では違った時間経過をたどります。それを、どこまで2人の芝居で見せられるのか、というのは、監督、白本さんと話し合いながら作っていきました。白本さんとは一緒にお芝居をするのは初めてでしたし、僕とは年齢(※白本は22歳)も違いましたので、どんなふうになるのかとは思いましたが、白本さんは堂々とした葉子を演じられていて、大したものだなと思いました」

 劇中では箱男と葉子が裸になり、肌と肌が触れ合う、いわゆるインティマシーシーンがあり、インティマシー・コーディネーターが立ち会っての撮影が行われた。

「監督とプロデューサーさん方の意向だと理解しています。僕も、いろいろなインティマシーシーンをやらせていただきましたが、コーディネーターの方が入った撮影は初めてでした。僕たちのシーンでも監督とコーディネーターの方が何度も打ち合わせをしていますし、僕と白本さんも、できること、できないことを聞いてもらえました」

 原作にある2人の濃厚な時間を象徴する重要なシーンだが、抑制が取れた美しい表現になっている。

「監督が思い描いたものがあって、僕も、言葉として理解できるのですが、どのように表現したらいいのかは撮影前の不安要素でもありました。本作品はコーディネーターの方に入っていただいた時間は必要だったと思います。白本さんは年齢も若いですから、言いにくいこともあったかと思いますし、彼女も守られている感じはあったんじゃないか、と。僕も演じやすかったです」

 本作は石井監督と安部さんの出会いから32年越しの企画。石井監督は並々ならぬ決意で臨み、助監督、美術、小道具を含めて、イメージの具現化に心を砕いたという。本作はどんな作品になったのか。

「シドニー五輪で、(柔道・日本代表の)谷亮子さんが金メダルを取られた時に、『初恋の人とようやく出会えたような感じ』とおっしゃいましたが、まさにそんな気持ちです。やっとでっかい思いが結実した。安部公房さんの思い、ファンの思いもそうですが、監督は32年前に安部さんに直接会って、この作品を映画にしたいと告げ、思いを託されたわけです。後は観客の方がどう受け取ってくれるのかです」。特別な作品に手応えをにじませた。

□永瀬正敏(ながせ・まさとし)1966年7月15日、宮崎県出身。相米慎二監督『ションベン・ライダー』(83)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督『ミステリー・トレイン』(89)、山田洋次監督『息子』(91/日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞他)など国内外の100本以上の作品に出演し、数々の賞を受賞。台湾映画『KANO~1931海の向こうの甲子園~』では、金馬映画祭で中華圏以外の俳優で主演男優賞に初めてノミネートされた。河瀨直美監督『あん』(2015)、ジム・ジャームッシュ監督『パターソン』(16)、河瀨直美監督『光』(17)ではカンヌ国際映画祭に3年連続で公式選出された初の日本人俳優となった。近年では、『星の子』(20/大森立嗣監督)、『百花』(22/川村元気監督)、『GOLDFISH』(23/藤沼伸一監督)など多くの話題作に出演している。

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