「へたくそ」「引退しろ」は誹謗中傷? 国によって名誉毀損の基準に差も…弁護士が解説

日本勢のメダルラッシュに沸いたパリ五輪。一方で、大会全体を通して大きな問題となったのが、相次ぐ選手や審判への誹謗(ひぼう)中傷だ。国内では侮辱罪や名誉毀損罪に問われることもあるが、国際大会での他国の選手や審判に対する中傷に、訴訟リスクはあるのだろうか。誹謗中傷問題に詳しい弁護士に話を聞いた。

相次ぐ選手や審判への誹謗中傷が大きな問題となったパリ五輪【写真:ロイター】
相次ぐ選手や審判への誹謗中傷が大きな問題となったパリ五輪【写真:ロイター】

五輪期間中には選手や関係者に対し8500件以上の誹謗中傷が確認された

 日本勢のメダルラッシュに沸いたパリ五輪。一方で、大会全体を通して大きな問題となったのが、相次ぐ選手や審判への誹謗(ひぼう)中傷だ。国内では侮辱罪や名誉毀損罪に問われることもあるが、国際大会での他国の選手や審判に対する中傷に、訴訟リスクはあるのだろうか。誹謗中傷問題に詳しい弁護士に話を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)

 柔道男子60キロ級では、準々決勝で永山竜樹が「待て」がかかった後に絞め落とされ一本負けを喫した判定を巡り、対戦相手やメキシコ人の女性審判への批判が殺到した。男子バスケットボールのフランス戦でも疑惑の判定を巡り、メキシコ出身のアメリカ人女性審判に人種や性別を差別する日本語の書き込みが多数行われた。この他、ボクシング女子で金メダルを獲得したアルジェリア代表イマネ・ケリフには、昨年の世界選手権の性別検査の結果から出場資格を巡る中傷の声が多く寄せられている。

 国際オリンピック委員会(IOC)の選手委員会は18日、パリ五輪期間中に選手や関係者に対してオンライン上で8500件を超える誹謗中傷の投稿が確認されたと発表。「あらゆる形の攻撃や嫌がらせを、最も強い言葉で非難する」との声明を出している。

 相次ぐアスリートへの誹謗中傷だが、健全な批判との線引きはどこにあるのか。誹謗中傷の開示請求訴訟などを多数手がける弁護士法人若井綜合法律事務所(https://wakailaw.com/)の若井亮弁護士は、「一般的に言えば、批判は人の言動に対する意見論評であり、誹謗中傷は人の人格そのもの(人格権)に対する攻撃的な表現となります。プレーや判定への意見、感想は批判にとどまりますが、選手や審判への人格攻撃を記載すると誹謗中傷となる可能性があります」と説明する。

 対象者への「人格攻撃」の有無が判断基準のひとつとなるが、「へたくそ」や「引退しろ」といったげきは、人格攻撃にあたるのだろうか。若井弁護士は「日本国内での話にはなりますが、文脈によるものの、いずれも選手や審判の技量への批判であって、人格攻撃ではないと思われます。これを健全な批判と評価するかは判断できかねますが、おおむねそのような判断になるでしょう」と見解を語る。

 日本では侮辱罪や名誉毀損罪などが適用される誹謗中傷。刑事では侮辱罪の場合、1年以下の懲役もしくは禁錮または30万円以下の罰金または拘留もしくは科料となり、名誉毀損罪の場合は、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金などが科される。また、民事では数万円から数百万円程度の賠償金が命じられることもあるという。一方で、海外ではどのような規定が設けられているのだろうか。

「誹謗中傷に対する法整備の状況は国ごとに異なり、言論の自由に対する配慮から規定されていない国もあります。例えばイギリスでは、それまで規定されていた名誉毀損罪が2009年に廃止となっています。もっとも、民事法の側面からすると別に名誉毀損法というものが存在し、一概に日本とどちらが厳しいか比較することはできません。

 また、アメリカでは公職者や公的人物に対する名誉毀損は日本よりも成立範囲が狭くなっています。スポーツ選手が『公的人物』に該当するかはケースバイケースとなり、(アメリカ国内での)全国規模の知名度により判断されるようです。このように、一口に名誉毀損といっても、国によってその運用はさまざまです」

 国際大会で他国の選手や審判に対する誹謗中傷が訴訟に発展した事例については「一通り調査したところでは見当たりませんでしたが、ないとは言い切れません」と若井弁護士。「たとえ匿名であっても法的手続きにのっとり特定され得る可能性があります。匿名であるからといって、人格攻撃などの無責任な言動は慎むことが大事です」としている。

 国の威信をかけた国際大会の舞台では、応援する側もつい感情的になりがちだ。冷静な議論はもとより、悪質な誹謗中傷を取り締まる国際的な枠組みの整備が求められている。

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