「誇りに思う」雨の開会式で聖火守った日本の技術力に称賛の声 担当者が明かす“想定外の演出”とは

日本勢のメダルラッシュに沸いたパリ五輪もいよいよ大詰め。開幕からさまざまなドラマが生まれたが、その口火となった開会式のセレモニーで大きな話題を集めたのが、強い雨の中で行われた聖火リレーのクライマックスだ。降りしきる雨にも負けない炎を支えたのは、前回大会の東京五輪でも採用された日本の中小企業の技術力。聖火リレー用トーチの燃焼部を製造した新富士バーナーに、開発までの秘話と開会式後の反響を聞いた。

パリ五輪で使用された聖火リレー用トーチ
パリ五輪で使用された聖火リレー用トーチ

人気アウトドアブランド「SOTO」を展開する日本の中小企業が開発を担当

 日本勢のメダルラッシュに沸いたパリ五輪もいよいよ大詰め。開幕からさまざまなドラマが生まれたが、その口火となった開会式のセレモニーで大きな話題を集めたのが、強い雨の中で行われた聖火リレーのクライマックスだ。降りしきる雨にも負けない炎を支えたのは、前回大会の東京五輪でも採用された日本の中小企業の技術力。聖火リレー用トーチの燃焼部を製造した新富士バーナーに、開発までの秘話と開会式後の反響を聞いた。

 先月27日に開幕したパリ五輪、あいにくの雨模様の中で行われた開会式では、マスクをかぶった謎のパルクールランナーが聖火を片手にパリの街を縦横無尽に駆け回り、大きな歓声を呼んだ。聖火はその後、フランスサッカー界の英雄ジネディーヌ・ジダンやテニス全仏オープン14回制覇のラファエル・ナダルら、レジェンドの手を経て聖火台に点火。金色に輝く気球型の聖火台が空高く舞い上がるという壮大な演出でクライマックスを迎えた。

 ときに激しい雨が降りしきる過酷な環境から聖火を守ったのは、愛知・豊川市に本社を置く日本の中小企業、新富士バーナーの技術力だ。東京五輪の聖火リレー用トーチの開発にも携わった同社に、パリ五輪組織委員会から連絡があったのは2022年8月。一通のメールがきっかけだったという。「コンペ形式での入札で、翌年の1月に正式な受注の連絡がありました。開発期間は10か月ほど。東京五輪でも使用した触媒燃焼やレギュレーターの技術をつぎ込み、開発に取り掛かりました」と語るのは、同社開発部で広報を務める山本潤さんだ。

 人気アウトドアブランド「SOTO」を展開し、エベレスト遠征でも用いられる本格的な登山用バーナーなど、さまざまな製品を取り扱う同社だが、東京五輪に続き聖火リレー用トーチの心臓部開発のヒントとなったのは、実はバーナーではなくランタンの技術。従来のランタンはマントルという灰化させた繊維状の袋を発光体としているが、もろく崩れやすいという欠点があった。同社では加熱されたプラチナが発光する触媒燃焼という化学反応に着目し、01年に衝撃に強いプラチナランタンを製品化。この触媒燃焼の技術が、雨や風に強いトーチの燃焼部開発にも流用できることを発見したという。

「トーチ内部では3つの燃焼が起こっており、上部から出ているのはいわゆるライターと同じ視認性の高い赤い炎。内部では高温の青い炎でプラチナをあぶり、加熱されたプラチナが触媒燃焼で燃え続けています。触媒燃焼は200度を下回らない限りガスを強制的に燃焼させるという特性があり、雨や風で上部の炎が弱まってもトーチ内部では種火が燃え続けるという構造になっています」。一般的な工業用バーナーはここまでの大雨や強風の中での使用は想定されていないが、触媒燃焼の技術を応用したことで、毎時50ミリという警報級の大雨や風速60メートルの突風といった過酷な環境下でも消えない炎を実現したという。

 基礎の技術は東京五輪のときと同じだが、燃焼部を収める外装部分のデザインは全くの別物。デザイナーからは「静止時は上から自然な炎が立ち上り、リレーの際には旗のように炎がたなびくようにしてほしい」という注文もあったという。「上部だけでなく、側面の縦長のスロットからも炎が出るように設計しました。ガスの勢いを強めれば上からの炎は強くなりますが、側面から炎が出づらくなる。勢いを弱めすぎると上から出る炎がぼやけてしまう。デザインされた火を形にするということは東京五輪の際に聖火リレートーチに携わり初めて行いましたが、今回も試行錯誤の末に納得のいくトーチが完成しました」と胸を張る。

 迎えた開会式当日、自宅のテレビで聖火リレーを見守ったという山本さんは「もっと強い雨や風にも耐えられる検証を行っていたので、天候面での不安はありませんでしたが、パルクールランナーの方がトーチを持ったまま一回転したり、振り回したりする演出には驚きました。あの想定はなかったので、少しヒヤヒヤしました」と苦笑する。開会式の翌日には同社コーポレートサイトのアクセス数が平時の50倍に増加。「日本の技術に感動した」「誇りに思う」といった称賛の声が殺到したといい、あらためて反響の大きさを実感している。

「炎の総合メーカーとして、これまでアウトドアや調理用、工業用、農業用といった実用的なバーナーの製造を中心としてきた弊社ですが、聖火リレートーチのように炎の存在自体に価値がある製品というのは新たな経験で、可能性を感じています。これからも炎の新しい付加価値を提案していけたら」

 2大会にわたり聖火を守った技術と経験を、リレーのように今後の製品開発につなげていく。

次のページへ (2/2) 【写真】分解した聖火リレー用トーチの内部
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