『クレイジージャーニー』『笑ってはいけない』…松本人志“因縁”BPOに「訴え準備」の理由を考察
ダウンタウン・松本人志が自身の性行為強要疑惑を報じた週刊文春の発行元、文藝春秋社などを提訴した裁判を巡り、松本側弁護士は7月12日、読売テレビ・日本テレビ系『情報ライブ ミヤネ屋』の放送内容について抗議文を出し、BPO(放送倫理・番組向上機構)への人権侵害の申し立ての準備を進めていると表明した。これに対し、同局の松田陽三社長は同25日の会見で「抗議文書の中身を拝見すると、事実関係で誤解があると思う」として訂正を否定。これに反応した松本側がBPO申し立てを遂に決断かと一部で報じられ、抜き差しならない事態となっている。テレビ業界を知る元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は、松本とBPOに関する因縁の数々、今後、考えられる展開を語った。
元テレビ朝日法務部長・西脇亨輔弁護士
ダウンタウン・松本人志が自身の性行為強要疑惑を報じた週刊文春の発行元、文藝春秋社などを提訴した裁判を巡り、松本側弁護士は7月12日、読売テレビ・日本テレビ系『情報ライブ ミヤネ屋』の放送内容について抗議文を出し、BPO(放送倫理・番組向上機構)への人権侵害の申し立ての準備を進めていると表明した。これに対し、同局の松田陽三社長は同25日の会見で「抗議文書の中身を拝見すると、事実関係で誤解があると思う」として訂正を否定。これに反応した松本側がBPO申し立てを遂に決断かと一部で報じられ、抜き差しならない事態となっている。テレビ業界を知る元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は、松本とBPOに関する因縁の数々、今後、考えられる展開を語った。
松本氏とBPOには、浅からぬ因縁がある。
両者は2020年、松本氏がMCのTBS系バラエティー番組『クレイジージャーニー』で交錯した。番組中の企画「爬虫類ハンター」でスタッフが事前に準備した動物をその場で発見したかのように見せていたことが発覚し、同局はいったん放送終了を決定。この事態を受けてBPOは「多くの視聴者との約束を裏切るもの」とし、放送倫理違反の意見を出した。
2021年8月にはBPO「放送と青少年に関する委員会」が、「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」について審議を始め、バラエティー番組界に衝撃が走った。「バラエティー番組の罰ゲームが大きく制限されるのでは…」という声も出る中、笑ってしまった出演者が「〇〇、アウト~」の掛け声とともにバットでお尻をたたかれる日本テレビ系特番『笑ってはいけない』シリーズが、同年末から放送されなくなった(番組関係者は「BPOとは関係ない」としている)。もちろん、同特番のメインはダウンタウンだった。
その翌年にダチョウ倶楽部の上島竜兵氏が亡くなられた時、松本氏はフジテレビ系『ワイドナショー』で上島氏を追悼しながら、こう述べた。
「痛みが伴う笑いがダメと言われてしまうと、熱湯風呂、熱々おでんができない。僕はあの芸風が有害とはちっとも思わない。『BPOさんどうお考えですかね』って、ちょっと思いますね」
「放送倫理」を扱い、バラエティー番組と対峙することも多いBPO。過去にさまざまな因縁があった「放送倫理のお目付け役」に、松本氏側は今回、自分自身の被害を訴える準備をするという。
なぜ、松本氏側は訴える先に敢えてBPOを選ぼうとしているのか。私は「BPOしか訴えを持ち込めそうな場所がないからではないか」と思っている。
報道で名誉棄損などをされた場合、対応として真っ先に浮かぶのは「裁判」だ。現に松本氏は、週刊文春報道については5億5000万円の損害賠償訴訟を起こしている。
ところが、松本氏が今回問題としている『ミヤネ屋』の報道は、「松本氏が何かをした」という事実を報道したものではない。週刊文春報道の内容と松本氏側の反論、裁判の行方という今回の性加害報道を巡るさまざまな「騒ぎ」を報じたものだ。あくまで「議論が起きている」という事実を報じただけで、松本氏側の行動を決め付ける報道でないなら、名誉毀損は成立しにくい。また、この「騒ぎ」を受けたコメンテーターの発言は、あくまで「意見」「論評」だ。「意見」「論評」は言論の自由の核心なので、名誉毀損の裁判では余程の人身攻撃でない限り「適法」とされる。とすると、『ミヤネ屋』の「文春報道を巡る騒ぎの報道」は、名誉毀損裁判に持ち込むことは難しい。
そこで松本氏側は、名誉毀損ではなく、「偏向報道」「不公平」という「放送の倫理」を問題にし、裁判所ではなくBPOを闘いの場に選ぼうとしているのではないだろうか。
だが、ここで問題がある。それは、「そもそもBPOが松本氏側の訴えを審議するのか」という点だ。
抗議文の中で松本氏側弁護士は「放送倫理・番組向上機構(放送人権委員会)に対し、放送による人権侵害を申し立てる準備を進めております」と明言している。しかし、「放送人権委員会」が扱うのは、名誉やプライバシーなどの権利侵害が原則だ。
一方、「不公平かどうか」という問題については、委員会規則で「委員会の判断で取り扱うことができる」とされている。不公平の不利益がひどい場合には委員会の裁量で取り扱う「ことができる」という、あくまで「例外的なケース」と位置づけられているのだ。実際、これまでに人権の委員会で「不公平問題」が扱われたのは「NHKが、自身が訴えられた裁判の判決のニュースで、相手方のコメントは報じずNHKのコメントだけ報じた」という事案などに限られている。
今回の『ミヤネ屋』報道はどうか。番組を見る限り、その中では松本氏側の主張もほぼ逐一紹介されているように感じられたし、松本氏側は抗議文でコメンテーターおおたわ史絵氏を文藝春秋社と「明確な利害関係がある者」と名指していたが、「利害関係」の客観的な証拠は明確ではなかった。
すると、BPO側が『ミヤネ屋』が不公平かどうかについて、「例外的なケース」として敢えて取り上げ、審議しようと考えるかどうか。松本氏のBPO申し立ては、そもそも審議を始めてもらえるかという「入り口」の時点でハードルがかなり高いように、私には思えた。
しかし、過去にさまざまな因縁があったBPOを敢えて持ち出すほどだ。松本氏側も決死の覚悟なのだろうし、今後の動向を予測するのは難しい。いずれにせよ「文春報道の真否」というこの裁判の本筋に話が戻るまでには、まだまだ遠い道程があるように感じた。
□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いている。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。今年4月末には、YouTube『西脇亨輔チャンネル』を開設した。