松本人志は読売テレビとの“全面戦争”に勝てるのか 放送を徹底検証で見えた主張の「穴」

ダウンタウン・松本人志が自身の性行為強要疑惑を報じた週刊文春の発行元、文藝春秋社などを提訴した裁判の「場外戦」は、遂にテレビ局にまで及んだ。今月12日、松本側弁護士は読売テレビ・日本テレビ系『情報ライブ ミヤネ屋』の放送内容について、同番組制作の読売テレビに抗議文を出し、BPO(放送倫理・番組向上機構)への人権侵害の申し立ての準備を進めていると表明した。これに対し、同局の松田陽三社長は同月25日の会見で「抗議文書の中身を拝見すると、事実関係で誤解があると思う」として訂正を否定した。そこで、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士が『ミヤネ屋』の放送内容を徹底検証し、分かったことを指摘した。

西脇亨輔弁護士
西脇亨輔弁護士

元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士が指摘

 ダウンタウン・松本人志が自身の性行為強要疑惑を報じた週刊文春の発行元、文藝春秋社などを提訴した裁判の「場外戦」は、遂にテレビ局にまで及んだ。今月12日、松本側弁護士は読売テレビ・日本テレビ系『情報ライブ ミヤネ屋』の放送内容について、同番組制作の読売テレビに抗議文を出し、BPO(放送倫理・番組向上機構)への人権侵害の申し立ての準備を進めていると表明した。これに対し、同局の松田陽三社長は同月25日の会見で「抗議文書の中身を拝見すると、事実関係で誤解があると思う」として訂正を否定した。そこで、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士が『ミヤネ屋』の放送内容を徹底検証し、分かったことを指摘した。

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「BPO」という3文字ほど、テレビ局員をぴりっとさせる言葉はない。

 私もテレビ局の法務部で働いていたが業界のお目付け役であるBPOの審理を受けることは一大事で、「BPOへの申し立て」はテレビ局側との全面戦争を意味する。しかも、松本氏が相手にしようとしている読売テレビは、ダウンタウンの冠番組『ダウンタウンDX』の制作局。同局との全面戦争は松本氏側にとっても一大決心のはずだ。

 だが、私は松本氏側が問題視した『ミヤネ屋』の放送を見返して思った。

「全面戦争を前に、松本氏側は『戦う武器』があるかどうか、きちんと確認したのだろうか」と。

 私は過去に2度『ミヤネ屋』に出演したことがあるが、レギュラーではなく、問題とされる7月11日の放送には出演していない。そうした立場から考えを述べさせていただくが、松本氏側が指摘したのは下記の2点だ。

 1点目は、番組に出演した医師・おおたわ史絵氏について、文藝春秋社で多くの記事を執筆するなど文春側と「明確な利害関係」があるので、コメンテーターとして起用するのは「公平性を欠いた編成」だという主張だ。

 しかし、おおたわ氏のベストセラーである『女医の花道!』の出版社は主婦の友社、『プリズン・ドクター』は新潮社だ。その他の著作も講談社や朝日新聞出版などさまざまな出版社から出されている。一方で、おおたわ氏の公式ブログの「著書一覧」には文藝春秋社の名前はない。文春オンラインなどに寄稿したことはあるようだが、「文藝春秋社のお抱えのライター」というような寄稿数ではなさそうだし、そもそも本業は内科医だ。

 つまり、おおたわ氏を「株式会社文藝春秋と明確な利害関係のある者」と断ずる松本氏側の主張は、同氏の経歴を十分に確認した結果ではないように思える。

 2点目の指摘は、「録音」についてのアナウンサーのやり取りだ。

 松本氏側は「女性週刊誌元編集長が、性被害を訴えるA子氏の知人を訪ねて『A子氏が出廷せずに和解すれば、5000万円でも1億円でも渡せる』と打診した」という週刊文春記事について、2人のアナウンサーが番組中で「記事内容の録音が存在する」というコメントをして、視聴者に誤解を与えたと主張している。

 しかし、放送内容を検証すると「文春記事の録音が存在する」というコメントは、この放送には存在していなかった。

 問題となった「女性週刊誌元編集長の動き」についての放送内容を細かく見ていくと、まずは澤口実歩アナがこの件の文春報道などをボードを使って説明した。次にこの日、宮根誠司氏に代わってMCをつとめた西山耕平アナが「そもそも」と前置きした上で、一般論として「裁判対策として、こういったやり取りってあるんですか」とゲストの亀井正貴弁護士に質問した。

 すると、亀井弁護士は「いや、ないですね」と否定。「隠し録音とかされてしまったら、1億円で証言を買うという話ですから、世間的にも問題だし、裁判所の心証も非常に悪くなるから、これはやらない」と返した。

 これを受けた西山アナのコメントが「そうか、録音があるんですよね、今だったらね」だった。

 要するに亀井弁護士が一般論として「お金で証言を止めるというやり方は、隠し録音される恐れもあるし、普通はやらない」と述べたのに対して、西山アナが「確かに最近は、録音がありますからね」と相づちを打っていただけなのだ。「文春記事には裏付けの録音がある」とは一言も言ってはいない。

 そして、このコメントの後に澤口アナが「これはあくまでも記事によりますと」と述べ、西山アナが「よると、ということですよね、はい」と答えている。松本氏側はこの部分をとらえて「文春記事には録音がある」という放送内容だと主張しているようだ。

 だが、これらのやり取りの意味は、放送の前後の流れを見ればすぐに分かる。この放送は(1)澤口アナによる「女性週刊誌元編集長の動き」の文春記事説明(2)西山アナと亀井弁護士の一般論のトーク、という流れで進んで、最後に(3)澤口アナが「これはあくまでも記事によりますと」とコメントしている。

 澤口アナの「これはあくまでも記事によりますと」というコメントは、最初に澤口アナがした文春記事の説明について、間に西山アナらのトークを挟み、最後にまた澤口アナが「私の説明はあくまで『週刊文春の記事によると』ですからね」と出典を確認したもの。そう受け止めるのが普通だと思う。

 これに対して松本氏側は、西山アナらのトークで出てきた「録音」という単語と、澤口アナの「私の説明の出典は文春記事」というコメントを敢えて結び付けて「週刊文春記事には録音がある」という放送内容だと主張しているようだが、さすがにこれは苦しいのではないか。

 さらに番組では松本氏側の主張も逐一紹介し、女性を探偵に調べさせたことについても「当たり前」という見解を紹介していた(私は違う意見だが)。全体としてみると両論を併記した放送で、少なくとも「明らかに名誉毀損」と言えるものではなかったと思う。

「名誉毀損」とは言い難い放送内容

 それでも、松本氏側はBPO申し立ての「準備を進めております」と宣言した。なぜ、この名誉毀損とは言い難い放送内容=強いとは思えない「武器」で、松本氏側はテレビ局側との全面戦争を始めようとしているのだろうか。

 その理由は、今回の「出廷妨害工作報道」による松本氏側のダメージの大きさにあるように思う。

 この報道で松本氏側への世の視線は厳しくなり、潮目が変わった。

「出廷妨害工作報道」の4日後、松本氏は「当たり前の権利やし」とX投稿再開を宣言し、おすすめ映画の募集など「ほのぼのとした」投稿を始めた。これまで裁判関連以外で投稿することはほぼなかったのに、このタイミングで一変したことは、松本氏側が報道によるイメージダウンからの回復に腐心している現れにみえる。

 そして、同じくこのタイミングで、これまではさまざまな報道があっても個別に抗議することはなかったテレビ局に対して、BPOまで持ち出して抗議した。すると、この動きも「『出廷妨害工作報道』の余波がこれ以上広がらないように、松本氏側が必死になった結果だ」と考えるのが自然なのではないだろうか。

 しかし、報道を「偏向」とし「一切、報道することがないよう」と求める松本氏側の抗議は、適切なのか。

 週刊文春の「出廷妨害工作報道」については、松本氏側弁護士も探偵を使ったこと、女性の相談に乗った弁護士と面会したこと、そして、「不倫」への言及については認めている。そうした中で、松本氏側の訴訟活動に問題がなかったのかを検証することは適切な報道だし、委縮してはならない。それを封じようとするなら、松本氏側の主張は報道活動全体を敵視するものともみられかねない。

 松本氏は、自分で自分が闘う相手を増やしてはいないか。場外乱闘を続け混迷が深まると、収拾がつかなくなるのではないか。新たに拡がった戦線を見て、私はそう感じた。

□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いている。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。今年4月末には、YouTube「西脇亨輔チャンネル」を開設した。

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