“全女”最後の新人が激白「竹刀で顔面ボコボコ」「ギャラは1試合2000円」 まさに修行だった過酷な日々
解散から20年以上の月日が流れても、未だに次々と仰天のエピソードが飛び出す全日本女子プロレス(全女)関連話だが、ここにも衝撃の逸話を持った人物がいた。“全女”最後の新人であり、現在はSEAdLINNNGの率いる南月たいよう(夏樹☆たいよう)代表である。普段は道場で選手を指導し、団体を運営する立場にあるが、かつてはバリバリのヤンチャ女子プロレスラーだった。今回は、“悪魔”中島安里紗の引退を間近に控え、1試合のみの限定復帰を行う南月代表に、その想いと当時の厳しかった思い出話を聞いた。
地獄の北海道16連戦
解散から20年以上の月日が流れても、未だに次々と仰天のエピソードが飛び出す全日本女子プロレス(全女)関連話だが、ここにも衝撃の逸話を持った人物がいた。“全女”最後の新人であり、現在はSEAdLINNNGの率いる南月たいよう(夏樹☆たいよう)代表である。普段は道場で選手を指導し、団体を運営する立場にあるが、かつてはバリバリのヤンチャ女子プロレスラーだった。今回は、“悪魔”中島安里紗の引退を間近に控え、1試合のみの限定復帰を行う南月代表に、その想いと当時の厳しかった思い出話を聞いた。(取材・文=“Show”大谷泰顕)
南月代表が“全女”に入門したのは、崩壊寸前の2003年のこと。その段階でのトップレスラーは、渡辺智子、前川久美子、納見佳容、高橋奈苗(現・奈七永)らがいて、文字通り、最後の“全女”を支えていた。
話の流れで「当時の全女は厳しかったか」を南月代表に問うと、「厳しいですけど、そんな理不尽なことで怒られることはなかったです。竹刀で顔面ボコボコとかありますけど、たぶん自分が悪かっただけだと思います」と衝撃の答えが返ってきた。
「全女の教えは、『仕事ができないヤツはプロレスもできない』なんですけど、若い時はめちゃくちゃ怒られるし、仕事なんかできなくたってプロレスでやってやるって思うじゃないですか。でもその教えって、どれだけ目配り・気配りができるかなんですよ」
詳しく聞いていくと、なるほどと思える独自の解釈が興味深い。
「たとえば、先輩と飲みに行くとしても、先輩は何を飲みたいと思っているのか、別の人は何がしたいと思っているのか。そのくみ取り力じゃないですか。そういう人がリングに上がった時に、お客さんから何を求められているのか。タッグだったらパートナーは何をしたいと思っているのか。対戦相手は何をしようと思っているのか。それを把握する力につながるんです。それを学ぶために厳しくされてたんだなって、今は理解できますけどね」
当時の経験が身になって現れていることが今でもある。SEAdLINNNGを含め、女子プロレスの試合では、選手のコールに合わせて紙テープが四方から投げ込まれるが、ゴングの前にはそれをすべて撤去しなければならない。その作業を誰よりも素早い動作で電光石火のごとくリング上から取り除いていくのが南月代表である。これに関しては、文字通り業界一の超ハイスピードを誇るだろう。
「それって、やっぱ命の危機を持って物事に当たるどうか。だから経験がないとできないんです」
また、末期の“全女”の様子を聞くと、「でも、その頃でも20試合とかありましたからね」と話したが、「最もキツかったのは?」と問うと、「地獄の北海道16連戦」との返答だった。
溜まっていった千円札
「あれ以上にシンドいことはないですね。先輩の雑用を16日間、新人の自分一人で全部こなしましたから。それと人がいないからリング作りも一人でやったりとか。いま40歳ですけど、あれ以上キツかったことはないですよ」
「眠れない日もあったのでは?」と問うと、「もし眠かったとしても、移動バスの中では寝てはいけなかったですね。理由? そういう決まりでしたから」と明かした。
実は南月代表は、30歳で現役を引退後、世界一周の放浪の旅に出かけていたことがある。
「その時は27時間のバス移動とかもあるんですね。向こうには原住民しかいなかったり、タイヤがパンクしたり、トイレもその辺の野っ原だったり。衛生的にもヤバくて。だけど今からあの27時間のバスか、全女のバスに1時間乗るかだったら、自分は今でも27時間のバスを選ぶと思います」
とはいえ、そういった厳しいプロの洗礼を受けながら、南月代表に驚かされるのは、「そういう経験は糧になる」とポジティブに捉えていることだ。
「その時に学んだのは、諦めの心と受け入れる心。だからどれだけツラいことがあっても、そういうものなんだって割り切れるようになったんですよ。そこに理屈や意味があるのかといったらないんだけど、とにかく受け入れるんです」
いわば修行僧のような物言いだが、それだけキツい修行を重ねた場合、どの程度の報酬を手にすることができるのか。
「その当時のファイトマネーは1試合2000円……なんですけど、別に住むところはあったし、まかないもあって食うには困らなかったし、遊びに行く暇もないので、ひたすら千円札がいっぱい溜まっていくっていう(苦笑)。だからお金に困ったことはなかったですけどね」
しかし南月代表の頑張りもむなしく、全女はそれから半年たらずで道場も建て壊しに。現在、道場のあった跡地は駐車場になっているそうだが、その前の電話ボックスはそのまま残されている。聞けばまだ携帯電話が普及していない頃、その電話ボックスの前には、田舎の両親に電話をするために、数多くの女子プロレスラーの行列ができたという。いったいどれだけの女子プロレスラーが電話をしながら故郷を思い出して涙していたかを思うと、自然と感慨深さが伝わってくる。
「その頃は自分が弱音を吐ける立場にいないんですよ。上には上がいますから。だから『生涯未完成』と思って取り込んでいく感じですね。だけど好きなんですね、たぶん。その先に見える景色とか感覚とかを感じるのが」
南月代表の話を聞いていくと、どれだけツラいことがあっても修行の一環ととらえ、次に生かそうという前向きな意識が感じられる。
“悪魔”中島安里紗の引退に合わせての限定復帰
さて、“全女”が事実上の崩壊した後、南月代表は紆余曲折あって、11年に旗揚げ前のスターダムに参加した。
当時は自身もリングに立ちながら、現在、“スターダムのアイコン”を務める岩谷麻優(第3代IWGP女子王者)を含めた新弟子の指導を担当。結果、世IV虎(現・世志琥)や岩谷を含む、5人が旗揚げ戦でデビューを果たす。
そこで南月代表に対し、「当時はみんな生き残れると思ってましたか?」と問うと、「世IV虎はそうですけど、麻優はここまで残るとは思わなかった(苦笑)」と前置きした上で、「麻優は引きこもりだったし。ただ、スターダム一期生は、今思うとみんな天才でしたよ。その前もいろんなところでコーチをやってますし、今もやってますけど、あの時の1期生はみんなすごかったですね」と振り返った。
スターダムでは3年後の2014年に引退。その後、前述した世界放浪の旅に出るが、ひょんなことからSEAdLINNNGの立ち上げに参加することになる。
きっかけは当時物議を醸した、世IV虎と安川惡斗による、顔面を殴り合う悲惨な事件だった(2015年2月22日、後楽園ホール)。
南月代表が当時を振り返る。
「私が海外にいたら、そんな情報が流れてきて。あれを私がどうこう言える立場にはないんです。現場にいなかったわけだから。ただ、その件で世IV虎と奈七永さんが辞めたいっていう話になっていたから、私からすると、愛弟子と師匠にあたる2人だから何か引っかかっていて。このフェードアウトはないんじゃないですか……っていう状態から、まず会社をつくろうってなったんですよ」
南月代表がこだわっているのは、「いいものは残し悪いものは排除していくこと。伝統を守ること。全女から始まった女子プロレスを伝えていくこと。男子プロレスの女子版だから『女子プロレス』なんじゃなくて、うちらは『女子プロレス』というオリジナルのカテゴライズだと思ってやっているんですね。だから改めて“闘い”や“強さ”にこだわっているんじゃなくて、それがあって当たり前なのが『女子プロレス』だから、それは元からあるものなんです」と話す。
その流れの中で“悪魔”中島安里紗や“太陽神”Sareeeのような“闘い”を声高に叫ぶ、全女魂を受け継いだ女子プロレスラーが関わりを持っていくことになる。
ちなみに南月代表は、この程、引退以来、10年ぶりに1試合限定で夏樹☆たいようとしてエキシビションマッチながらリングに復帰する(7月26日、新木場1stリング)。
理由は、“悪魔”中島安里紗の引退(8月23日、後楽園ホール)が決定したことに端を発する。以前から中島には「そうなった時は……」と依頼されていたという。
実際、“悪魔”との遭遇に関しては、「普段からコーチもしているので練習はずっとしているんですけど、あのエルボーは受けたくないですね(苦笑)。それと、やっぱ(現役を引退しているので)リングでやるのはすごく抵抗があるっていうか。結構、自分も頑固なので、引退したらもう……。だから今回は、(中島に対する)恩返しみたいな感じですかね。自分の引退の時も、中西百重選手がまだお子さんを出産されて間もない時に、自分の夢を叶えるためにリスクを背負って出ていただいたっていうのがあったので、自分もその時の感謝を忘れずに。今回は、今まで中島に支えてきてもらった感謝を返さなきゃなっていう気持ちになったので受けました」と話した。
10年という歳月を経ながら、特別に限定復帰を果たす南月代表。「たぶん、ヤベえなってくらいにやっちゃいますよ」。そう話したが、「でも、たぶんスタミナがない!(苦笑)」と続け、「まあ、最後は気持ちですかね」とつないだ。
“全女”最後の新人は、いつ何時、すべてを前向きに捉えながら、令和女子プロレス界を突き進んでいる。