宮田笙子のパリ五輪辞退問題 オリンピアンが覚えた違和感「何か制裁的なものに見えました」

日本体操協会では19日、パリ五輪の女子代表主将・宮田笙子(19=順天堂大)に代表行動規範違反の喫煙・飲酒があったとして同選手が代表を辞退すると発表した。五輪開幕1週間前の急展開に世間は大混乱。「代表辞退」の判断は賛否を呼び、ネット上では議論となっている。バルセロナ五輪柔道女子52キロ級銀メダリストでスポーツ社会学者の溝口紀子氏にこの問題への見解を聞いた。

宮田笙子【写真:Getty Images】
宮田笙子【写真:Getty Images】

バルセロナ五輪銀メダリストでスポーツ社会学者の溝口紀子氏の見解

 日本体操協会では19日、パリ五輪の女子代表主将・宮田笙子(19=順天堂大)に代表行動規範違反の喫煙・飲酒があったとして同選手が代表を辞退すると発表した。五輪開幕1週間前の急展開に世間は大混乱。「代表辞退」の判断は賛否を呼び、ネット上では議論となっている。バルセロナ五輪柔道女子52キロ級銀メダリストでスポーツ社会学者の溝口紀子氏にこの問題への見解を聞いた。(取材・文=島田将斗)

 五輪開幕1週間前という直前のタイミングで“お家芸”日本体操に激震が走った。19歳である宮田の飲酒と喫煙が発覚。日本オリンピック委員会は19日、日本体操協会の推薦取り消しを正式に承認した。

 自身もオリンピアンであり、2004年のアテネ五輪時には仏代表のコーチとして帯同経験のある溝口氏はこの問題への率直な感想をこう明かした。

「日本って寛容じゃないなと思いましたね。『処分は当たり前だろ』の声が大きいことに驚きました。でも、重罪ではないですよね。私は大学教員です。学校の場合、謹慎、反省文などの厳重注意処分で退学はないです。新型コロナ禍のあたりから世間の五輪へのアレルギーがとても強いように感じますね。オリンピアンが『上級国民だ』と叩かれやすい空気感を感じますね」

 20歳未満の飲酒・喫煙は法律で禁じられているが「犯罪」ではないのも事実。そのため世間からは今回の処分について「重すぎる」という声も上がっている。現在「協会の内部告発」を研究している溝口氏は今回の日本体操協会の対応に首をかしげる。

「内部告発の運用っていうのは自浄作用が本来。事が大きくなる前に自分たちで改善をしていこうとするものなのに、今回の件は何か制裁的なものに見えました。特にこの五輪の時期に。内部告発をした人はかなり身内ではないでしょうか。選手なのか、関係者なのか、その背景が利益相反なのか。その辺りをしっかり5日間で調べられるのかどうか。むしろこういう案件は第三者機関で調べなければいけないと思いました」

 協会と話し合った上で代表を辞退したと発表されている。これには「辞退って話し合うものじゃないですよね。自分で決めるものだから『強要されたのではないか』という可能性もある。元々ヤンチャな子だったのかもしれません。だったらもっと前から協会がきちんと指導していれば……と。五輪開幕直前の今ではないでしょう」と指摘した。

 実際に宮田には過去にも「注意」を受けていたという声も上がっている。五輪直前での騒動となったが、そもそも協会側の選考にも問題があったと分析した。

「常習犯なんだったらもっと前から連盟の人とかが指導しておくべきことですよね。もし他に別件があったとしても、それを含めて代表辞退の判断は今じゃない。選考過程で身体検査はしていたのか、そもそも選考のなかに素行の良くない可能性のある子が入っていいのかという問題でもあります」

 その上で告発から判断までのスピードに違和感があった。

「拙速すぎることに怖さもあります。こういう案件ではあるものの、『選手に集中させるために五輪後に処分します』でも全然OKだと思います。ペナルティーにもやり方があったと思います。例えば自費で行かせるなど。そういった議論もないまま断罪していくことに気持ち悪さを感じました」

 溝口氏は普段、大学で教鞭を取る身。「教育は断罪することではない」と強調した。

「教育って次の道につなげることなんですよ。このあと体操協会は、当該選手にどうケアしていくのか。すでにケアをたくさんしたんですか? 教育をしてダメだったのならば、どういう教育をしてきたのか、逆に問いたいですね。柔道でも世界チャンピオンになった後に、規律違反があり、高藤直寿さん、大野将平さんは、出場停止処分になりました。とはいえ、その後の五輪では金メダルを二人とも獲っています。そういうやり方もあったんじゃないかと思いました」

補欠選手の繰り上がりはなし「危機管理としてどうなのか」

 元五輪体操男子メダリストの池谷幸雄氏はテレビ出演時に体操は「精神的プレッシャーが大きい」と発言。柔道家として日の丸を背負ってきた溝口氏は“お家芸”の看板についてこう明かす。

「体操や柔道は五輪の前半です。そのため、日本選手団にゴールドラッシュ作戦っていうのがあって、『先に金メダルを取ると日本が勢いづく』ってすごく期待をかけられます。でもぶっちゃけそのプレッシャーは当たり前でしょう。柔道チームはそれも含めて練習してお家芸の看板を背負うことも含めて代表になるんです。そのプレッシャーがすごいからといって、飲酒や喫煙を始めるのであれば、三流ですよ」

「プレッシャーがあって大変」ではなく、大切なのはどうそれをコントロールするか。フランスでのコーチ経験を例に挙げた。

「柔道では臨床心理士の先生が付いています。フランスもそうですよ。特徴的なのは格闘技なので、アンガーマネジメントをしていること。もちろんストレスコントロールをどうするかって普通にやってます。池谷さんや私の時代って個人の努力でやっていたけど、いまは専門家がついて競技ごとにストレスコントロール、マインドコントロール、イメージコントロール、アンガーマネジメントをすべてチームでやっていなければいけないです。選手を見ているとよく教育されていて、うらやましいなと思います」

 今回、宮田が辞退となったが補欠チームで同行していた杉原愛子が繰り上がることはなかった。補欠選手が繰り上がらないのは「異例」だという。

「異例だと思いますよ。危機管理としてどうなのかなと思います。というのもフランス柔道では私がコーチだったときに、出場枠をギリギリ取れなかった選手が何人かいたんですよ。そういう選手を全員、現地に連れていきましたよ。現場で抽選をやる最後のエントリーの日まで待たせましたよ。そこまでやります」

 コーチとして「かわいそうだった」とも回顧。しかし、待たされた補欠選手にとってこの経験が未来につながるのだという。

「これが次へ向けたカンフル剤なんです。『この悔しさ忘れるなよ』って言って、その後、見事にヨーロッパ王者になるとかね。そういう経験が成長させるんですよ。ドーピング以上ですよ。『最後のチャンスまで諦めない』ってことを教えるためにも補欠って枠はすごく大切だと思います」

 処分への是非、選手へのケア……、今回の一件はさまざまな角度で議論になっている。この問題の本質はどこにあるのか。「宮田さんの声が全く聞こえない。異議申し立てをしたか、私は聞きたい。選手の声が聞こえない。まだまだアスリートファーストって言葉が美辞麗句で終わっているのではないかなと思います」と首をひねった。

トップページに戻る

あなたの“気になる”を教えてください