元IT大手・広告営業マンが女子サッカー界の名物社長に パリ五輪なでしこは「メダル狙える」
開会式を直前に控えるパリ五輪で、ひと足先にサッカー女子日本代表『なでしこジャパン』が、スペインとの初戦を迎える。五輪代表チームに選手を輩出している、日本の国内リーグ・WEリーグのINAC神戸レオネッサ(INAC神戸)。その強豪クラブの経営を担う安本卓史社長は、特別な思いを持って、女子サッカー界の盛り上げに奔走している。インターネット通販大手・楽天で広告営業マンとして頭角を現し、J1ヴィッセル神戸の幹部として世界的選手の獲得に携わった実績を持つスポーツビジネスのプロ。サッカー経営の“風雲児”は、なでしこの「メダル獲得」へ熱いエールを送っている。
INAC神戸レオネッサ・安本卓史社長、就任7年目…J1神戸時代は元ドイツ代表ポドルスキ獲得に携わった実績
開会式を直前に控えるパリ五輪で、ひと足先にサッカー女子日本代表『なでしこジャパン』が、スペインとの初戦を迎える。五輪代表チームに選手を輩出している、日本の国内リーグ・WEリーグのINAC神戸レオネッサ(INAC神戸)。その強豪クラブの経営を担う安本卓史社長は、特別な思いを持って、女子サッカー界の盛り上げに奔走している。インターネット通販大手・楽天で広告営業マンとして頭角を現し、J1ヴィッセル神戸の幹部として世界的選手の獲得に携わった実績を持つスポーツビジネスのプロ。サッカー経営の“風雲児”は、なでしこの「メダル獲得」へ熱いエールを送っている。(取材・文=吉原知也)
大阪生まれで、近大付属高校野球部で白球を追いかけた“野球小僧”だった。近大卒業後に広告会社を経て、楽天へ。J1神戸に出向すると、チケット販売強化に加え、元ドイツ代表のFWルーカス・ポドルスキの獲得に尽力。楽天グループを率いる三木谷浩史氏の薫陶を受け、“スポーツビジネスのいろは”をたたき込まれた。
女子サッカー界に軸足を移したのは、2018年の秋から。INAC神戸の社長に就任すると、まさに獅子奮迅の活躍ぶり。経営の陣頭指揮を執るだけでなく、時には自らスポンサーに営業を売り込み、試合の日はスタジアムDJとしてマイクを握る。試合前の選手たちのアップ時のボール拾いまで、「何でもやりまっせ」。メディア出演を重ね、スポークスマンとしても日々忙しく走り回っている。
12年ロンドン五輪銀メダル以来のメダル獲得を目指すなでしこジャパン。INAC神戸からは、DF北川ひかるがメンバー入り。DF守屋都弥はバックアップメンバーとして名を連ねている。今年6月の五輪メンバー発表時は、守護神のGK山下杏也加とエースFW田中美南の2人もINAC神戸所属だった。田中は米国リーグへの移籍が決まり、山下も海外移籍準備のため退団することになったが、「クラブ、選手、スタッフ、みんなで『ウチのクラブから4人を送り出す』。そんな思いで応援しています」と実感を込める。他の国内クラブに在籍していた屈指のストライカー田中を熱心に誘い、別クラブの中心選手だった北川を「ウイングバックの特性を生かして質の高いプレーを見せ続けて、なでしこジャパンに返り咲こう」と口説き落としたのは安本社長。こうして選手たちは神戸から羽ばたき、五輪の晴れ舞台に臨む。
11年のW杯ドイツ大会で初優勝、15年のW杯カナダ大会で準優勝を果たし、一大ブームを築いた女子サッカー。一方で、人気の浮き沈みを経験してきた。東京五輪はベスト8敗退。日本代表チームは近年の国際大会では思うような結果を残せていない。こうした中で、2021年に、「日本初の女子プロサッカーリーグ」として新たにWEリーグが開幕し、人気復活への確かな歩みを続けている。
WEリーグ発足に合わせて、安本社長は培った人脈とバイタリティーをフルに発揮し、スポンサー売上3億円を獲得。2年連続の黒字化を達成した。
しかし、円安・原材料高騰化の大きな影響を受け、撤退するスポンサーが出てきた。それに、「どこのクラブもホームゲームは赤字になっているのではないでしょうか。大変なところは多いです」。昨シーズンはクラブ経営が赤字に転落。いつもは強気な安本社長ですら「これはコンパクト経営に舵を切らないとダメかもしれない」と思い詰めるようになった。
01年に発足した名門クラブは大きな決断をする。経営権の譲渡だ。今年2月、廃棄物処理大手の大栄環境株式会社(神戸)へのオーナー変更を発表した。資金力のある大栄環境のバックアップを受け、安本社長の経営体制とチーム体制を維持し、再スタートを切った。
チームは今季開幕を前に、複数の看板選手が退団。ここで、これまでにない一手を打ち出す。スペイン3人、韓国1人、ジャマイカ1人の外国人選手を相次いで獲得した。そこには安本社長が掲げる「グローバル戦略」が貫かれている。「選手補強は徹底調査のうえで、海外に活路を見いだす選択肢をとりました。この円安の最中に、通常は半年かけてやる海外エージェントとの交渉を、1か月半で取りまとめました。交渉術は、ヴィッセル神戸時代のノウハウを生かしました。それに、オーナー変更による資金の確保も大きい要素です」と、強化策に自信を示す。
サッカークラブ運営は、観客動員・チケット販売が大事な収入源。安本社長は話題性を押し出し、これまでにJリーグのヴィッセル神戸とINAC神戸の本拠地ダブルヘッダー、東京・国立競技場での試合開催、平日デーゲームなど、革新的な取り組みを続けてきた。年中~小学校6年生を対象としたサッカースクールの生徒は約270人が登録。安本社長の就任から生徒数は約6倍となり、地域密着とサッカーの裾野拡大を進めている。「クラブ経営は、クラブ自体の努力と頑張りが必要です。それに、WEリーグ側とのコミュニケーションをもっと強化させないといけない課題もあると思っています。我々はオーナー変更の決断をしましたが、10年、20年先を見据えた経営方針の確立が求められています」と強調する。
まな娘2人の子煩悩パパ、サッカー指導者のC級コーチライセンスを取得でさらなる進化
今年で就任7年目。そんな名物サッカー社長は、企業や警察署から講演に招かれるように。選手たちにも伝えているという、経営の極意である“三本柱”を聞かせてくれた。
「1に情熱。サッカーへの情熱がなくなったらやめるべきです。2にスピード。これはプレーや経営においてスピードを持って判断すること、解決するスピードも求められています」
そして、「3は誠実さです。例えば、選手が足に違和感があるのに、『大丈夫です』と試合に出続けてしまう。それが大きなけがにつながり、長期離脱のリスクが生じます。選手たちには『頑張ることと無理することは違う』と日頃から言っています。けがに関しての隠し事はダメだと伝えています。これは仕事にも同じことが言えます。仕事上のよくあるミスは『忘れていた』ということです。それを1人で抱え込み、上司や同僚に隠して伝えないことは最悪なことです。『言ってくれればフォローできて間に合ったのに』といった失敗です。結果的に大きな損失を招きます。ミスをしてしまったら正直に言うこと。そうすれば周りがいくらでもカバーできます」と強調する。
安本社長はこれを「INACマインド」と定義付け、プロとアマチュアの思考や立ち振る舞いの違いについても説いている。
中2と小5のまな娘2人の子煩悩パパ。娘たちはサッカーに夢中で、よく試合映像を見ながら、家族でサッカー談議に花を咲かせている。このほど、INAC神戸の選手たちと一緒に、サッカー指導者のC級コーチライセンスを取得。サッカーの理解度を高めている。
実は、試合前のアップでピッチに入ってボール拾いを率先しているのには、大事な役割がある。「野球を通じて、風を読むことを覚えました。ボール拾いの際に、太陽光の角度や風の吹き方などを確認しています。それを(スペイン人の)ジョルディ・フェロン監督に参考として伝えているんです」。こんな秘密を教えてくれた。
八面六臂(ろっぴ)の働きぶりだが、「僕1人で成り立っているわけではありません。監督コーチ陣、選手、スタッフあってこそです。みんなで手を取り合って前に突き進むのが、INAC神戸です。僕なりのアプローチでサッカービジネスを発展させていくことができれば。それに、僕自身、野球をやってきたのにサッカー界で生きています。広い視野を持って、他のビジネスとの融合も大事に、チャレンジを続けていきたいです」と笑顔を見せる。
なでしこジャパンの五輪初戦は、日本時間26日午前0時にキックオフ。大栄環境株式会社が所有する商業施設『ROKKO i PARK』で、地元の人たちやファンクラブ会員が参加するパブリックビューイング(六甲アイランド地域振興会主催)が行われる予定で、神戸からエールを届ける。司会のマイクを握るのは、安本社長だ。
安本社長は「周囲からは『せいぜいベスト8ぐらいだろう』と言った声を聞くこともありますが、そんなことはないと思っています。メンバーの陣容、選手たちの実力を見ると、メダルを狙えると確信しています」と声を張り上げる。再び注目度を獲得するためにも、なでしこの未来を占うパリ五輪の戦い。「すべては初戦のスペイン戦です。引き分け以上、勝利を信じています。色はこだわらないので、メダルを持って帰ってほしいです」と力を込めた。