「これは処分ではない」…宮田笙子を「パリ五輪辞退」で決着 日本体操協会の対応はフェアなのか

体操女子日本代表で宮田笙子(みやた・しょうこ=順天堂大)が、飲酒と喫煙の発覚を理由に「パリ五輪出場辞退」となった。19歳で法律に反しただけでなく、日本体操協会が、「日本代表チームとしての活動の場所においては、20歳以上であっても原則的に喫煙、飲酒を禁止」とする日本代表行動規範に抵触と指摘。協会側は記者会見で「辞退」の結論を発表したが、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士はこれが「正式な処分」ではなかったことを示し、対応の問題点などを解説した。

西脇亨輔弁護士
西脇亨輔弁護士

元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士が指摘

 体操女子日本代表で宮田笙子(みやた・しょうこ=順天堂大)が、飲酒と喫煙の発覚を理由に「パリ五輪出場辞退」となった。19歳で法律に反しただけでなく、日本体操協会が、「日本代表チームとしての活動の場所においては、20歳以上であっても原則的に喫煙、飲酒を禁止」とする日本代表行動規範に抵触と指摘。協会側は記者会見で「辞退」の結論を発表したが、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士はこれが「正式な処分」ではなかったことを示し、対応の問題点などを解説した。

 やるなら正々堂々と「処分」すればいい。それなのに「辞退」を選んだ日本体操協会の姿には「保身」という2文字が浮かんで見えた。

 宮田選手が飲酒と喫煙の発覚でパリ五輪出場辞退となった。問題を巡る日本体操協会の対応だが、記者会見をして事実関係を公表したところまでは「適切だった」と思う。この件については協会に内部通報がなされているようなので、協会側がこれを無視してそのまま宮田選手を五輪に出場させた場合には、その後に通報内容が週刊誌などに持ち込まれ、五輪期間中に深刻な騒ぎになった恐れが考えられる。

 こうした事態を避け、ダメージを最小限に留める意図が、協会側の対応にはあったのだろう。そして、会見の中で協会は宮田選手本人から聴取し、日本オリンピック委員会(JOC)「国際総合競技大会派遣規程」や日本体操協会「日本代表選手・役員の行動規範」に反していると判断したことを明かした。

 ただ、問題はこの先だ。調査によって飲酒・喫煙は確認できたのだから、これを重大な倫理違反と考えるなら、協会なりJOCが宮田選手を正式に「処分」すればよかったはずだ。不祥事があった場合の「罰」についてJOCの日本代表選手派遣規程には「選手等の認定の取り消し」、日本体操協会の倫理規定には「永久追放」「登録抹消」などが定められているので、これを適用すれば「オリンピックに出場させない」という「処分」は理屈の上ではできたはずだ。

 しかしながら、日本体操協会もJOCも「処分」は行っていない。同協会は会見でこのように説明している。

「(宮田選手と体操協会の)どちらがどうこうということではなく、対話をしながら『辞退』ということになった」

 協会側は、これは「処分」ではなく、あくまで宮田選手も同意した「辞退」だと説明しているのだ。では、なぜ「処分」ではなく「辞退」なのか。その理由について、私はこう思っている。

 正式な処分として、飲酒・喫煙という「罪」に五輪不出場という「罰」を下すことは、法律上「無効」と判断される恐れがあったからではないか。

 どんな「罰」も、その重さは「罪」の中身とバランスを取る必要がある。このことは刑事裁判では「罪刑均衡の原則」と呼ばれて尊重されているし、会社人事の懲戒処分でも重すぎる場合は裁判で無効となる。どんな違法行為も法に反している以上は許されないことなのだが、だからといってその全てを「極刑」にしてよいわけではない。

 今回の件でいえば、20歳未満の飲酒・喫煙は法律で禁じられているので「違法」だが、罰則はないので「犯罪」ではない。これに対する協会の処分は「戒告」や「指導」なら問題ないだろうが、「五輪出場の機会を奪う」という重い対応を正式な「処分」として行った場合、裁判などで争われたら「重すぎる」として効力を否定される可能性も考えられる。

 一方で、宮田選手をそのまま五輪に出場させると、世論やスポンサーの厳しい批判を同協会が浴びてしまう危惧があった。

 そこでこの場を切り抜けるために考え出された方法が、「白黒つける『処分』ではなく、自発的な『辞退』という形をとって、とにかく宮田選手の姿を五輪からなくすこと」だったのではないか。そして、内部通報に動揺する19歳の宮田選手を大人たちが、『辞退』の線で説得をすることは難しくなかっただろう。

宮田が記者会見をして「反省」「出場」で良かったのでは

 だが、それはこの事案と正面から向き合ったと言えるのだろうか。私自身は、協会が宮田選手の会見の場を設けて、反省を示す機会を作るべきだったと考えている。19歳の選手にとって会見はつらいものかもしれない。しかし、その場で自分の行いと真摯に向き合ってきちんと謝罪することができたら、試合に復帰するチャンスを与えて良かったのではないか。1度過ちを犯しても、罪としっかり向き合い、更生した上で再チャレンジする姿は、五輪の精神に反するものではないと思う。

 ただ当然、「それでは甘い」という声もあるだろう。であれば、日本体操協会は覚悟を持って宮田選手を五輪日本代表から外すことを「正式な処分」として行うべきだった。そして、この「罰」が宮田選手の「罪」にふさわしいと認定した「量刑の理由」をきちんと説明すべきだった。

 しかし、日本体操協会の対応は、そのどちらでもない。結果、飲酒・喫煙という「罪」に五輪に出場させないという「罰」を敢えて選んだ理由は、曖昧なままにされている。もし、日本体操協会が世間の騒ぎをやり過ごすために、正式処分を経ることなく選手から一番大切なものを奪おうとしているのなら、それは「フェアプレー」とは言えないのではないか。

 一人の若者の選手生命、人生が懸っている問題だ。日本体操協会はこれからでも、協会としての見解を一つひとつはっきり説明しながら、事件にも、宮田選手にも、正面から向き合わなければならないと思う。そうしなければこの「辞退」には、もやもやとした割り切れなさだけが残るのではないだろうか。

□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いている。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。今年4月末には、YouTube「西脇亨輔チャンネル」を開設した。

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