「今、最も上演が難しいオペラ」…宮本亞門氏が新演出『蝶々夫人』 世界を巡って感じた価値観の変化

演出家の宮本亞門氏が、2019年に東京で新演出した宮本版『蝶々夫人』が、ドイツ、米国と渡って今月18日からは東京で凱旋公演が上演される。120年前のオペラをどのような意図で現代に蘇えらせたか。従来のイメージを打ち破った『蝶々夫人』制作の舞台裏や海外の評判などを宮本氏が語った。

東京文化会館で上演のオペラ『蝶々夫人』演出を手がける宮本亞門氏
東京文化会館で上演のオペラ『蝶々夫人』演出を手がける宮本亞門氏

欧米での上演を経て東京で凱旋公演

 演出家の宮本亞門氏が、2019年に東京で新演出した宮本版『蝶々夫人』が、ドイツ、米国と渡って今月18日からは東京で凱旋公演が上演される。120年前のオペラをどのような意図で現代に蘇えらせたか。従来のイメージを打ち破った『蝶々夫人』制作の舞台裏や海外の評判などを宮本氏が語った。(取材・文=大宮高史)

――宮本さんによる『蝶々夫人』演出ですが、どのようなコンセプトを込めましたか。

「『蝶々夫人』は、今では上演にかなりの反発を伴う作品です。今作はドイツのザクセン州立歌劇場、デンマーク王立歌劇場、アメリカのサンフランシスコ歌劇場との共同制作ではありますが、海外のプロデューサーから『今、最も上演が難しい』と言われてきました。アメリカ軍人のピンカートンと結ばれたはずの蝶々さんが、一方的に別れを告げられて自ら命を絶ってしまう。この展開は、現代では日本でも受け入れがたいでしょう。耐え忍ぶ健気なヒロインとして蝶々さんを描いても、もはや共感されません。ゆえにヒロイン像にかなり脚色を加えました」

――どんなヒロイン像でしょうか。

「戯曲やオペラになる前のアメリカの原作小説では、蝶々さんはおしとやかな少女では全くなく、エキセントリックな女性に描かれていました。私も原作を読み、『プッチーニのオペラの中の蝶々さんと全く違う。強くて怖いくらい』と驚いてしまって。そして、オペラの台本も精読し直して、彼女の意志がこめられたところを強調していきました。蝶々さんがなぜキリスト教に改宗したのか、どんな夢を抱き、何を憎んでいるのかを彼女の歌でしっかり観客へ伝えていこうと。翻案の過程で『美しいだけで意志のない悲劇のヒロイン』になってしまった蝶々さんに、人間らしい息吹を吹き込みました」

――原作に書かれたヒロインの魅力を再度盛り込んだのですね。

「『現代人なら蝶々さんのどんなところに共鳴できるか』を考え直さなければなりませんでした。プッチーニの美しい楽曲はそのままに、高 田賢三さんがデザインされた衣装 とあわせて、視覚的にも独特の世界観を作ることができました。例えば、ピンカートンが1人アメリカに帰国してしまった後、蝶々さんはキリスト教に改宗して渡米するつもりでいるので、結婚式で着た着物を自分で作り直して洋服にしています。洋服といっても中途半端な、和服とも洋服ともいえない無国籍のデザインなのですが、日米の狭間にいる彼女の立場を象徴するデザインになっています。さらに、蝶々さんとピンカートンの間に生まれた子どもを通じた、新しい視点も加えました」

――新しい視点とは。

「ピンカートンと蝶々さんの息子は、日米のミックスとして育ちます。ところが母のことは知らないまま、成人して父からの手紙で初めて出生の秘密を知る展開としました。マイノリティーという出自に悩んでいた息子が父母の間の愛情を初めて知るという構造で、より普遍的に理解してもらえるテーマを加えました。ピンカートンが、蝶々さんを現地妻にしたかのような描写は外し、劇中の息子とそれを見ている観客が、2人は真に愛し合っていたんだと知る物語になっています」

――凱旋公演前、欧米を巡ってきてどんな反応がありましたか。

「上演が決まってからも各地で賛否両論を聞いてきました。もともと欧米の観客は議論好きで、訴えかける現代的なテーマがないと興味を持ってもらえません。そんな中でもドイツとアメリカだけでも全く違う反応がありました」

――どのような評価、反応があったのでしょうか。

「ドイツでは『もっと現代的な視点がほしい。軍人に15歳の少女が買われてしまう前時代的な悲恋物語だ』とも批判されました。そして、アメリカからは『ピンカートンを強く賢い、理想的なアメリカ軍人として描いて欲しい』というようなことも制作段階から暗に求められました」

――アメリカ的なマッチョなヒーロー像を求められたのですね。

「アメリカでの上演場所がサンフランシスコのオペラハウスで、ここは日本がサンフランシスコ講和条約に調印した場所でもあります。ですから、余計に『日本を守る高潔な軍人』としてのピンカートンを必要としていたようです。しかし、それでは戦争にまつわる生々しさを描ききることはできません。前述のような息子との関係や、彼が精神的に不安になるところまで描いてこそ、上演する意味があります。近現代の数多くの戦争にかかわったアメリカならではの出来事で、古典オペラとて現代と無関係ではないことを実感させられました」

「オペラは古い芸術」も…「120年前の感動を蘇らせたい」

――そして、凱旋公演として東京で上演されます。注目してほしいところは。

「5年前の東京での初演で『やっと蝶々さんの人生に納得できた』と評価してもらえたことを覚えています。最後に蝶々さんが死を選んでしまうのは、現代の価値観では共感できないでしょう。しかし、結末だけを見て是非を下すのではなくて、彼女の意志の強さに注目してほしいです。プッチーニの楽曲の美しさはそのままに、素晴らしい歌手の方々による歌を通じて、女性のたくましさや、子どもへの愛も感じ取ってもらいたいと思います」

――宮本さんは演出家として、これまでも『フィガロの結婚』などのオペラの演出も手がけています。現代でそういったオペラの古典を上演する意義は、どう考えますか。

「まだ模索中ですが……オペラが古い芸術であるのは事実です。『蝶々夫人』もリメイクしなければならなくなってきたように、原典通りでは観客を呼べないし、共感もしてもらえません。しかし、名作を残した作り手が感じたであろう感動は訴えていきたいと思っています。『蝶々夫人』なら『プッチーニは蝶々さんのどんなところに感銘を受けたのか』に思いをはせて演出していました。それを通じて、120年前の初演時の感動も現代に蘇えらせることが私の務めだと思います」

――宮本さんの手腕で現代的なテーマが盛り込まれたところも注目ですね。

「昨今は『きれい過ぎると、かえって感動してもらえない』のが舞台だと実感します。小劇場演劇で特に実感しますが、自分ごととして共感できるテーマがあるからこそ、観客は時間をかけて劇場に通って芝居に熱中できるものです。『蝶々夫人』も、100年以上前にアメリカ人が日本を書いた小説がまずあり、イタリア人のプッチーニが触発されてオペラになりました。そういった歴史があり、上演自体が反発を呼ぶ古典をわれわれ日本人はどう解釈しなおしていくべきか。この問いは、日本が海外の価値観をどう受け入れ、かつ自国の文化の魅力を問い直すかにも繋がっています。音楽や舞台の美しさに感動してもらうのはもちろん、そういったトピックを考える機会になってくれればよいですね」

□宮本亞門(みやもと・あもん) 1958年1月4日、東京都生まれ。87年『アイ・ガット・マーマン』にて演出家デビュー。ミュージカル、オペラ、ストレートプレイ、歌舞伎と幅広く舞台演出を手がけ、2004年に米ブロードウェイでミュージカル『太平洋序曲』を初めて日本人として演出し、同作は翌年にトニー賞4部門でノミネート。海外でのオペラ演出も度々手がけ、13年にオーストリアで『魔笛』、18年にはフランスでオペラ『金閣寺』、20年『パルジファル』を演出。

※高田賢三の「高」ははしごだか

【公演情報】
東京二期会オペラ劇場 プッチーニ作曲『蝶々夫人』
ザクセン州立歌劇場(ゼンパーオーパー・ドレスデン)、デンマーク王立歌劇場およびサンフランシスコ歌劇場との共同制作

指揮:ダン・エッティンガー 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
公演期間:7月18~21日
会場:東京文化会館 大ホール

次のページへ (2/2) 【写真】宮本亞門氏が演出した『蝶々夫人』の2019年東京公演の様子
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