物議醸す映画『先生の白い嘘』、取材記者が明かす監督発言の経緯「ICを入れたかは聞くと決めていた」
映画『先生の白い嘘』(公開中)に関して、今月4日配信したENCOUNTの三木康一郎監督へのインタビュー記事が大きな反響を呼んでいる。撮影時におけるインティマシー・コーディネーター(性的なシーンを撮影する際、俳優が安心できる撮影の環境作りをサポートする専門家、以下IC)を入れなかった理由を明かした内容などで、配信直後からネット上で大きな物議を呼んだ。翌5日には、製作委員会がICを入れなかった認識の甘さを認める謝罪を含めた声明文を発表。だが、ENCOUNT編集部側には事前連絡は一切なかった。インタビューを担当した平辻哲也記者は、この状況も踏まえ、取材の経緯、記者としての思いをつづった。
インタビューを担当した平辻哲也記者の思い
映画『先生の白い嘘』(公開中)に関して、今月4日配信したENCOUNTの三木康一郎監督へのインタビュー記事が大きな反響を呼んでいる。撮影時におけるインティマシー・コーディネーター(性的なシーンを撮影する際、俳優が安心できる撮影の環境作りをサポートする専門家、以下IC)を入れなかった理由を明かした内容などで、配信直後からネット上で大きな物議を呼んだ。翌5日には、製作委員会がICを入れなかった認識の甘さを認める謝罪を含めた声明文を発表。だが、ENCOUNT編集部側には事前連絡は一切なかった。インタビューを担当した平辻哲也記者は、この状況も踏まえ、取材の経緯、記者としての思いをつづった。
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三木監督のインタビュー記事が大きな反響を呼んでいます。5日には製作委員会名で、「『先生の白い嘘』撮影時におけるインティマシー・コーディネーターについて」と題される声明文が発表されました。インタビュー記事は共同作業で生み出した著作物だと認識していますが、公式サイトに掲載する前に“声かけ”さえなかったのは、非常に残念でした。
内情を明かすと、原稿は宣伝担当者が確認しています。カギカッコ内の言葉などに間違いがないかを記者と双方でチェックし、編集部が見出しをつけ、最適なタイミングで掲載しています。インタビュー記事では「当事者の言葉をなるべくリアルに伝えたい」という思いから、個人的な見解は入れていません。ですから、今回はこのコラムで、個人的な思い、考えをつづらせていただきます。
同作は累計部数100万部を突破した鳥飼茜氏の同名コミックを原作に、男女の性に向き合ったサスペンス要素のある人間ドラマ。主演の奈緒さんにとって、新たな代表作になったと感じました。
性の男女間の格差、性の快楽への目覚め、その相手への嫌悪、親友への裏切りによる自己嫌悪と、さまざまな感情で揺れ動く主人公を繊細かつ、時に大胆に演じています。記事中にも書いた通り、主演は十人に断られたそうです。この難役にチャレンジされた勇気、演技力に感服しました。女性の性というのは男性の私には分からない部分もありますが、主人公が抱える「業」とも思える心の叫び、痛みは突き刺さるように伝わってきました。
奈緒さんが演じたのは、高校教師の原美鈴。親友の渕野美奈子(三吉彩花)から結婚を告げられますが、その相手は、かつて強引に自分の体を奪ったエリートサラリーマンの早藤(風間俊介)。美鈴は二面性のある早藤に嫌悪しながら、どこか惹かれており、親友に嘘をつきながらも、ズルズルと体の関係を続けています。ある日、担当クラスの男子生徒・新妻祐希(HiHi Jets・猪狩蒼弥)の“事件”をきっかけに、美鈴の気持ちにも変化が出てきます。
この映画で特に感心したのは、性的なシーンの描き方でした。劇中では、早藤が美鈴の体を奪うシーンが出てきますが、過剰ではなく、肌の露出も必要最低限。それでいて、きちんと早藤の暴力性、美鈴の受けた衝撃も伝わってきます。監督インタビューでは、これらの性的な描写をどうやって撮ってきたのか、それをインタビューの肝にすることを決めていました。
昨今、性描写のシーンでは、ICを介在させて、撮影することが多くなっています。ICの存在が最初に注目されたのは2021年、水原希子、さとうほなみ共演のNetflix『彼女』(廣木隆一監督)です。私が直前に見た『箱男』(23年撮影、石井岳龍監督、8月23日公開)にも、ICのクレジットが入っていたことが強く印象に残っていました。
また、私が映画ライターの渥美志保さん、映画パーソナリティーの伊藤さとりさん、朝日新聞の石飛徳樹さんと月1回、「映キャン」というYouTubeチャンネルでライブ配信を行っていることも関係しています。このライブ配信では、女性2人から日本映画の性描写について意見を伺うことが多く、配信ライブでは何度もIC導入の必要性について話題に上がっています。
そして、『先生の白い嘘』の試写を見たところ、ICはクレジットでは確認できなかったので、実際にICはいたのかどうか、まずは事情を聞いてみたかったのです。
ICは性描写があれば、必ず入れるという決まりがあるわけではありませんが、出演者からリクエストがあった場合は、まずは、入れる方向で考える方がいいと考えます。なぜならば、監督と出演者は対等ではありません。出演者は不安を感じても、正直な思いを監督に伝えにくいと想像できます。そんな時に近くに専門家がいて、いつでも相談できるとなれば、精神的な支えとして大きいはずです。
IC不在については、執筆時からさまざまな意見、反響があるだろうとは思っていました。この件をきっかけに、私は映画製作がもっと働きやすい現場になっていくことを心から願っています。
□平辻哲也(ひらつじ・てつや)1992年、新聞社に入社。30年以上、映画分野に関わり、カンヌ、ベネチア、ベルリンの世界三大映画祭も取材。ENCOUNTアドバイザー、サンデー毎日「Weekly Cinema」、ぴあ「水先案内」では映画評を担当。SKIPシティDシネマ映画祭(7月13~21日)の1次審査員も務めている。日本映画ペンクラブ会員。