元看護師の55歳・中原さくら、堂々と歌い踊り続ける理由「あきらめている方々に勇気を」
モーニング娘。を皮切りにプッチモニ、タンポポなど、2000年代にはつんく♂プロデュースのアイドルグループが続々と誕生し、ヒット曲を出し続けた。その後、14年10月までハロー!プロジェクトの総合プロデューサーを担当。21年10月には、全員40代以上のグループ・フォティプロも自身が手掛けた楽曲でデビューさせた。現在、グループは25人(男性1人、女性24人)で構成し、リーダーは2人。ENCOUNTはそのうちの1人、元看護師の中原さくら(55)に自身の歩みとグループの現状を聞いた。
全員40代以上グループ・フォティプロの中原さくら
モーニング娘。を皮切りにプッチモニ、タンポポなど、2000年代にはつんく♂プロデュースのアイドルグループが続々と誕生し、ヒット曲を出し続けた。その後、つんく♂は14年10月までハロー!プロジェクトの総合プロデューサーを担当。21年10月には、全員40代以上のグループ・フォティプロも自身が手掛けた楽曲でデビューさせた。現在、グループは25人(男性1人、女性24人)で構成し、リーダーは2人。ENCOUNTはそのうちの1人、元看護師の中原さくら(55)に自身の歩みとグループの現状を聞いた。(取材・文=白川ちひろ)
中原はステージで踊るような衣装に身を包み、待ち合わせの場所に現れた。第一印象は「若い」。さっそく、アイドルとなったきっかけを聞いた。
「実はずっと、小さい頃からアイドルに憧れていたんです。だけど、私の高校時代は松田聖子さん、中森明菜さんが代表的な存在でした。そもそも、アイドルの位置付けが『親しみやすさ』の今と違って、1980年代は『特別な人たち』。まさか自分がなれるとは思わず、オーディションを受けてみる気持ちにもなりませんでした。なので、学校を卒業した後に看護師の道に進みました」
そんな彼女が令和になり、一念発起した。きっかけはスマートフォンから目に飛び込んだ情報だった。
「仕事の休憩中に何気なく見ていたら、たまたまおすすめにアラフォーアイドルのクラウドファンディングとオーディション開催の投稿が流れてきたんです。『クラファンに成功したら、つんく♂にアラフォーアイドルのテーマソング書いてもらえます!』みたいな文章でした。当時52歳で、『今からアイドル活動って、正直どうなのかな?』という気持ちも少しはありましたが、『やるなら今しかない』と思い、締切ギリギリの日にサイトにアクセスして応募しました」
子どもの頃から憧れていたアイドルへの道。オーディションは意外な方法で行われたという。
「メンバーの方が審査員をしてくださったんですが、アイドルのオーディションにしては珍しく、『私たちと一緒にクラファンを頑張ってくれますか』という面談のようなものもあり、就活のような感じでした。そして、1週間後に運営の方から合格の連絡が来たんです。その時はうれしくて、夢のようでした。ですが、『デビューに向けて必要なのでアー写(アーティスト写真)をください』と言われたんです。私は普通の看護師だったので、『すみません。アーシャってなんですか』と聞き返し、びっくりされました」
クラファンは成功し、21年10月6日にデビュー。だが、当時はコロナ禍でメンバー全員が集まることができず、楽曲のジャケット撮影ができなかったという。
「デビューが決まったのにレッスンはおろか顔合わせすらできなくなるなんて、思いもよらなかったです。この時はメンバー個人のスマホで撮影した動画を編集して、それを何とかつなぎ合わせたMVをYouTubeにアップロードしました。今年3月に解禁された『All Together 限界超えよ!』という曲のMVでは、デビューして初めてみんなで集まってダンスができて感動しました」
歌、ダンスともに未経験で苦労の連続「思いつめる日も」
しかし、看護師からアイドルへの転身は苦労の連続だった。
「周りには、『年齢を重ねたら落ち着いていくのが当たり前』という考えの方が多かったため、突然、私が『アイドルデビューする』と言ったことでとても驚かれました。覚悟はしていましたが、ネットで『いい歳をしたおばさんがアイドルなんて』『その歳でミニスカートを履くな』と心ない言葉を書く方がいてショックでした。でも、『年齢を重ねたら地味な服を着なければいけない』という決まりはないですし、『こんなところでアンチに負けていられない』と思い、アイドル活動を楽しむことにしました。ただ、歌とダンスレッスンは本当に大変でした。どちらも未経験の私はついていけず、メンバーからきつく注意されることも多くて落ち込みました。グループの中にはダンス講師の方もいて、自分との差が歴然として、『なぜ、自分はうまく踊れないんだろう』と思い詰める日もありました」
その後、中原は人一倍努力し、歌とダンスがメキメキと上達。ライブの集客にも尽力し、CDの手売り枚数ではメンバー内で1位になった。それが評価され、グループリーダーの1人にも抜てきされた。
「リーダーとなった今の目標は、いつかこのグループで紅白歌合戦に出ることです。コロナでなかなか機会がなかったですが、全国のイベントに出させていただいたりしているので、少しでも多くの方に私たちのことを知ってもらえたらうれしいですね。また、そもそもこの年齢でアイドルをやっていることが非常識と言われることも多いのですが、つんく♂さんの『年齢にとらわれず、やりたいことをやって輝こう』という言葉が支えになっています」
中原も自分たちが輝くことが、社会のためになることを願っている。「これをやったら周りから何か言われると思って諦めている方々に、この活動を通して勇気を与えられたらと思います」。55歳のアイドルはそんな思いを胸に、堂々と歌い、踊り続ける。
□中原さくら(なかはら・さくら) 1969年1月14日、東京都生まれ。幼少期からアイドルに憧れるも、看護師として長く勤務。そして、52歳にして「つんく♂プロデュースの楽曲を歌うアラフォーアイドルグループ・フォティプロ」のオーディションを受けて合格。正規メンバーとなる。ライブ集客、CD個人売り上げ1位となり、グループリーダーの1人に就任。現在はイベントで全国を回り、精力的に活動を続けている。6月21日には、新潟の秋葉硝子ホールでイベントに出演。155センチ。血液型B。