青木真也、ONEと再契約「ここで最後」 4か月に渡る交渉の中身「雑に扱われたくない」

「ここで最後になる」――。日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(41)が5月、アジア最大の格闘技団体「ONEチャンピオンシップ」(以下、ONE)と再契約を結んだ。今回はこれまでと違い短い期間での契約となる。一度は「もうやらない」と突き放した団体となぜ契約したのか。譲れなかった思いやチャトリ・シットヨートンCEOとの交渉、そして今後について語った。

再契約について明かした青木真也【写真:山口比佐夫】
再契約について明かした青木真也【写真:山口比佐夫】

一時は交渉拒否も「チャトリの思い入れだけでまとまった」

「ここで最後になる」――。日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(41)が5月、アジア最大の格闘技団体「ONEチャンピオンシップ」(以下、ONE)と再契約を結んだ。今回はこれまでと違い短い期間での契約となる。一度は「もうやらない」と突き放した団体となぜ契約したのか。譲れなかった思いやチャトリ・シットヨートンCEOとの交渉、そして今後について語った。(取材・文=島田将斗)

「悩みに悩んだなぁ。契約更新に4か月かかってます。『もうやらない』って完全に1回突き返していますからね。よく着地したなって。最終的には僕が望んだ形になった。妥協もしなかったです」

 青木はONEに2012年から参戦し団体を引っ張ってきた。しかし23年は本業であるMMA戦が1度も組まれず。今年1月28日にはファン待望のMMA戦が実現したが、試合1時間前に対戦相手だったセージ・ノースカット(米国)が試合を一方的にキャンセル。ドタバタのなかで急きょ用意されたジョン・リネカー(ブラジル)と対戦し1R・一本勝ちを収めた。

 その際には試合前にチャトリCEOとも腹を割ってお互いの気持ちをぶつけ合った。今回の契約交渉もチャトリCEOとの関係性で進んだものだった。

「結局、チャトリと僕の関係性だった。それ以外のONEスタッフは青木真也の価値にピンと来ていない感じがしてチャトリの思い入れだけでなんとかまとまった感じはしていますね」

 それでも何度も悩んだ。1月の試合以降は自由を手にした状態。練習はしていたが試合が強制されることもない。それは「仕事」ではなく、純粋に楽しめるからこそ「楽」だった。契約をすれば、いつもと同じジム、生活が別の環境に変わってくる。

「契約するってことはいつオファーが来ても応えられる状況を作るってことなんだよ。試合が決まって2か月間練習するだけって思うでしょ? 多くのファイターがそうだと思う。俺は契約したら旅行に行く、長期間抜けるとかも正直はばかられるんですよ。常に一定のコンディションを維持することが義務。そう考えると『もう1回やるのか』って。すげぇ(契約するのが)嫌でした。契約したら団体に提示された選手に対して『分かりました』って言わなきゃいけない。自由を手放すのが正直きつかったですよね」

 交渉が進み契約書のひな形ができても心のどこかには「待った」をかける自分がいた。団体に返信をしなければならない。しかし気乗りせず、月曜日、火曜日、どんどん時間だけが過ぎていった。練習に行っても契約のことが頭をよぎる。周囲の選手たちを見て「嫌だなぁ」――。週末に返そうと思うも踏み出せず、週明けの月曜日を迎えてしまった。午前中も、悩みに悩みお昼過ぎに返信。再契約を決めた。

「怖い。この感覚をチャトリに説明するのがすごく大変だった。向こうは『長い契約でも嫌になったらやめればいいじゃん』って言うんです。自分は約束ができないことはしたくないと伝えると今度は『約束を反故にして、やめたかったら途中で引退してもいい』って。違うんだよ。日本人の俺の感覚としては期間が決められて約束したなら真っ当しないといけない。それが仕事なんだと。この感覚を理解してもらうまで、2回しゃべりましたからね」

「RIZIN」は選択肢になかった【写真:山口比佐夫】
「RIZIN」は選択肢になかった【写真:山口比佐夫】

青木サイド、ONEで共通していた「安売りしたくない」

 交渉は1月の試合後から行っていたが、結果として4か月かかった。1度は完全に交渉することを拒否した。どんな話をしてきたのか。チャトリCEOは「青木はRIZINに行きたい」のだと思っていたという。

「それはショックだった。伝わってねぇなって。俺がいまRIZINに行ってもただ消費されていくだけでしょ。確かに世の中には『RIZINで』の声もある。彼は真っ直ぐなんだろうね」

 もうお金ではない。「雑に扱われたくない」が何よりも分かってほしいことだった。

「チャトリは『真也は若いしコンディションも良い』って言ってくれるけど、キャリアの終盤であることは分かるよね? って。そこで俺は何をしたくないか、分かりやすく言うとベアナックルとか金稼ぐためにやっていくとか……。自分が築いてきた資産、レガシーを切り売りしていくことはしたくないんだと。とにかく大事にしてほしいって言ったんですよ。それさえやってくれるなら俺は他に行くことなくやっていくって」

 この点で2人は共鳴しあった。

「チャトリは『今まで僕たちが創ってきたものを安く売ってつぶしていくようなことはさせたくない』って。ONEとの契約が終わったからといって、他で安く使われるのは嫌だと。そこの気持ちはお互いに同意できたんですよ」

 他とは違う独特の関係性だ。青木本人に言わせれば「トムとジェリー」。現在は団体の社長と所属選手という形だが、元はコーチと選手。それ以前に友達だった。

「社長として彼(チャトリCEO)は強い姿勢を他に見せなきゃいけない。俺はそこで下にいる人間として社員ごっこをしなければいけない。社長と選手の関係になることによってONEとしての意向だったり、資本主義、競争のなかで団体として勝ち抜く思想と相反することもある。だからこの関係性は正直好きじゃない。でも仕方ない」

 チャトリCEOは会見のたびにONEの視聴数や世界でどれだけのシェアがあるかを強調する。一方で青木は数字とは別のベクトルで「社会にとって有益なものを創る」という思いで闘っている。友達のような楽な関係ではないが、お互いの“ルール”は理解し合った上で契約した。

「今のお金でやれる期間はそう長くない。それが終わったあとに自分で描きたいものもある。ONEの下の方でやるのか、もしくは違ったものでやるのか。それはチャトリには伝えていて、向こうも了承してくれている。レジェンドマッチとか少しノスタルジックなことをやりたい計画があると話したら『そのときは今のお金は払わないけど、ONEでやってやるよ』って。価値基準が全部お金なのは『うーん』なところなんだけど」

「本当に完璧な形で仕舞いたい」と語った青木真也【写真:山口比佐夫】
「本当に完璧な形で仕舞いたい」と語った青木真也【写真:山口比佐夫】

「青木はRIZINに…」耳を疑ったチャトリCEOの言葉

 契約期間も青木側が主導して決めた。もしONEと契約できなければ「長期休業もしくは廃業」と考えていた。これは決して投げやりな感情ではなく「もうやめられるんだ」が大きかった。続けていくという選択はそれほどきついことだった。

「向こうが誠意、気持ちというか『欲しい』って言ってくれたらやらなきゃいけないですよね。約束をしたので、この期間は頑張ろうと」

 そんなチャトリCEOは青木が「情熱を持った人」と認めている人間の1人だ。

 DREAMを離れた当時、日本格闘界を事実上“追放”された形になった青木。DEEPの解説から外され、一時は生命線とも言える練習場所も失ってしまった。そんな状況下で声をかけてくれたのがチャトリCEOだった。

「『シンガポール来ていいからね』って。DREAMがなくなって、UFCに行くにしてもONEに行くにしても『うちが全部面倒を見る』って言ってくれたんですよ。そのときはコーチでもなかった。だから僕は恩があるんですよね。そのあとONEに迎え入れてくれて、自分の力でもあるけど何年か生かしてくれて本当に感謝しています」

 もちろん契約の条件が良かったのも事実だ。それ以上にチャトリCEOをなによりも信頼できた。「信じていいなと思いました。悪いことされねぇだろうなと思いましたね。社長というよりもコーチだったし」と振り返る。

 30歳目前、キャリアの分岐点でUFC行きを選ばなかった理由を改めて明かした。

「若いころはあったのよ。あそこ(UFC)で1番になりたいって。でもその気持ちは20代で清算されてる。それ以外にもそもそも行ったところで日本人がスターになれないでしょって。だってアメリカのものじゃん。北米挑戦は俺のなかでStrikeforceとBelltorで終わってた」

 今回の契約が「最後」になる。これまでも契約更改はしてきたが圧倒的な違いがある。

「ONEで現役を終えるんだろうなって思った。ハイパフォーマンスを見せるのはここで最後になるなと。ONEに預けること、現状後悔はないですね。粛々とやりたいかやりたくないかも分からないようなことを一生懸命にやって自分自身を受け入れていきます」

 本当は1月で終わりにしようとしていた。プロレスで例えるならば相手の技を耐え、相手をフィニッシュするためさまざまな布石を打った。あとはとどめを刺すだけ。ここで返されてしまった。

「直前まで行ったのにエルボーなのか頭突きなのか分からないけど、返されちゃったんだよ。もう1回、俺はフィニッシュまで向かう道筋を作り直さないといけない。難しいことなんだけど、いまはそれをうまく描けている気がしますね」

「本当に完璧な形で仕舞いたい」と切に願う。何で終わらせるかは決めた。唯一自分の意思でコントロールできないのは体の衰えだが、その変化が訪れるのも「面白い」。41歳で決めた再契約。そこには自由を手放す苦しみと納得した最後を迎えられることへの安堵が入り混じっていた。

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