嵐・櫻井翔が絶賛、永六輔さんらに愛された人気店誕生秘話 78歳斉風瑞さんの半生と味の秘密

連日行列ができる中華風家庭料理の超人気店「ふーみん」(東京・南青山)。嵐・櫻井翔がテレビで絶賛した「納豆チャーハン」が有名で、イラストレーターの故・和田誠さんら著名人にも愛されてきた。創業者は台湾人の両親を持つ斉風瑞(さい・ふうみ)さん(78)。その人生が『キッチンから花束を』(5月31日公開、監督・菊池久志)としてドキュメンタリー映画となった。

インタビューに応じた斉風瑞さん【写真:ENCOUNT編集部】
インタビューに応じた斉風瑞さん【写真:ENCOUNT編集部】

人気メニュー「納豆チャーハン」の誕生秘話

 連日行列ができる中華風家庭料理の超人気店「ふーみん」(東京・南青山)。嵐・櫻井翔がテレビで絶賛した「納豆チャーハン」が有名で、イラストレーターの故・和田誠さんら著名人にも愛されてきた。創業者は台湾人の両親を持つ斉風瑞(さい・ふうみ)さん(78)。その人生が『キッチンから花束を』(5月31日公開、監督・菊池久志)としてドキュメンタリー映画となった。(取材・文=平辻哲也)

「『女優デビューですね』と言われましたが、私がポーズを取ったことは1回もないので、いつの間にか映画になっていた、という感じです。とてもすてきな作品で、うれしいです」と笑顔を見せるふーみんさん。

 南青山・小原流会館地下にある「ふーみん」は、「納豆チャーハン」や、和田誠さんが生み出した「ねぎワンタン」、「豚肉の梅干煮」など中華料理をアレンジしたメニューが大人気。多くのお客さまに長年に渡って愛されつづけてきた。映画『キッチンから花束を』では3年半ふーみんさんに密着し、その半生と料理の人気の秘密に迫る。

 ふーみんさんは台湾人の両親を持ち、中野区・野方で生まれ、小、中学校は新宿、高校時代は世田谷区・太子堂で育った。

「親は子どもに聞かせたくない話は台湾語で話していましたが、私は話せないんです。覚えておけばよかったなとちょっと後悔もしています」

 もともとは美容師として店を持つつもりで免許も取ったが、25歳の時、友人の一言で料理の道へ。

「得意というほどではなかったのですが、両親が家を空けることが多かったので、中学生の頃から料理することが多かったんです。たまたま夕食時に遊びに来ていたお友達から『こんなおいしいものを私たちだけで食べるの、もったいないわ』と言われて、飲食店をやろうと思ったんです」

 手本にしたのは母の料理。高校の時に両親の故郷、台湾を訪れた経験も後押しになった。71年に神宮前に小さな店をオープンさせ、南平台を経て、南青山・骨董通りの小原流会館の地下に店を構えた。

「最初は『私たちだけで食べるの、もったいない』と言ってくれた友達に手伝ってもらって2人で始めたんです。1年目は割合落ち着いていましたね。お客さまから『ここの料理には心があるね』と言われたのがすごくうれしくて、『ふーみんさんのファンがいる』という話を聞いた時には次のステップに行けるなと思ったんです」

現在は川崎市・溝の口にある店「斉」で1日1組の客をもてなす

 数々の人気メニューは客との会話から生まれたもので、最大の自信作は納豆系だ。

「納豆は自分でほとんど食べなかった食材だったんですけれど、お客さまとの会話で『納豆のおいしい食べ方知ってる?』『肉と一緒に炒めるとおいしいらしいよ』と言われて、早速ひき肉と炒めて作ってみると自分なりの発想で、いけるんじゃないと思ったんです。ひき肉と納豆炒めのレタス包みが最初のメニューでした。ほぼ毎日いらっしゃるお客さまが『ご飯に載せたら』というので、それもメニューに入れました。そして、『チャーハンに納豆入れたら面白いかも』と閃いていてできたのが、納豆チャーハンです。昼夜来てくださる方もいたので、同じものを出すのは失礼だと思いながら、組み合わせも広がりました」

 この創作料理はたくさんの有名人にも愛されてきた。

「きっかけを作ってくださったのはイラストレーターの和田誠さんです。神宮外苑を1周するマラソンの日があって、そんな時にいろんな方が集まってくださいました。春巻きの皮のようなものに、お肉、お野菜を包んだものがお好きだったのは永六輔さん。永さんからはガーリックチャーハンを作るように言われて、それがメニューになったら、大人気に。ほとんどのお客さまから注文をいただいたので、鍋を振る回数が多くなって、腱鞘炎にもなりました(笑)」

 青山の店は70歳を機に勇退し、甥がその味を引き継ぎ、現在は川崎市・溝の口にある店「斉」で1日1組の客をもてなしている。

「今まで後ろを振り向くのが難しいぐらいの忙しさの中で走ってきましたが、今はゆっくりと自分の好きなことができています。納豆チャーハンは出していないのですが、普通の火力でもおいしく作れる方法を考えています」

 3年前に背骨の神経に痛みが出るすべり症を患ったが、ヨガをやっている姪に週2回、施術してもらい、改善を見せている。100歳になる母も施設で健在。長寿の家系なのだろう。その秘密は料理にあるのではないか。

「今は1日1、2食。お腹が空いた時に食べるような感じです。お客さまがいる時はお帰りになった午後4時くらいに1回目の食事を取ります。よく作るのは肉みそと卵を一緒に炒めて、お野菜を載せて、といった感じです。日によっては1食の時もありますが、夜8時頃にお腹が空くと、お餅を焼いて磯辺巻き。時々ぜいたくしたくなると魚屋さんにお刺身作って持ってきたりしてもらっています。健康のもとはニンニクだと思います」

 ふーみんさんにとって、料理は何か。

「まずはおいしくないとダメです。食べることは生きることっていう言葉があるように、とっても大事なこと。だから、皆さんに料理を好きになってほしいと思っています」。頭がしっかりしている限りは生涯現役を貫くつもりだ。

□斉風瑞(さい・ふうみ)1946年2月15日、東京都出身。両親は台湾人。友人の一言から1971年、神宮前に小さな中華風家庭料理のお店「ふーみん」をオープン。70歳をきっかけに、勇退。現在、川崎・溝の口の「斉」で、1日1組だけのお客さまを迎えている。著書に『青山「ふーみん」の和食材でつくる絶品台湾料理:伝説の神レシピをおうちで完全再現!』、『ふーみんさんの台湾50年レシピ:永久保存版 おうちでつくろう!』(ともに小学館)がある。

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