青木真也「稼げないなら趣味でやれ」 辞められない格闘家に送る言葉「夢は現実突きつけて潰さないと」【青木が斬る】
2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(41)。複数の書籍も出版し、文筆家としての顔も持つ。また自ら「note」でも発信をし続け、青木の“考え方”へのファンも多い。ENCOUNTでは青木が格闘技の枠に捉われず、さまざまなトピックスについて持論を語る連載「青木が斬る」を始動。連載初回のテーマは「見切りをつけること」。
連載「青木が斬る」vol.1~前編~
2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(41)。複数の書籍も出版し、文筆家としての顔も持つ。また自ら「note」でも発信をし続け、青木の“考え方”へのファンも多い。ENCOUNTでは青木が格闘技の枠に捉われず、さまざまなトピックスについて持論を語る連載「青木が斬る」を始動。連載初回のテーマは「見切りをつけること」。(取材・文=島田将斗)
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ABEMAのドキュメンタリー番組『格闘代理戦争-THE MAX-』の準決勝で「TEAM青木真也」の中谷優我が1R・18秒で一本負けを喫した。監督の青木真也は「人はやっぱり変われない」と斬った。まだ同トーナメントが始まって1か月ほどしかたっていない。「もう少し長い目で見れば……」と質問をぶつけると「人を潰します」とずしりと重いひと言をもらった。
「多くの人は続けさせようとする。『こうしたらできる』とか。それは仕事だからだろうけど、俺はそれを良しとはしていなくて……。より厳しく言ってあげることが優しさだと思ってる。変に夢見て現実を直視せずに問題を先送りにして解決せずにやっていくと取り返しがつかなくなると思うんですよ。特にこの業種(格闘家)は」
警察官、公務員という安定を捨て23歳でプロ格闘家になった。決して浮かれていない。社会人になったばかりながらこの選択に大きなリスクを感じていた。
「23歳でプロ、専業になったんです。そのときに思ったのが『26、27歳で食っていくのが精一杯ならやめよう』と。ファイトマネーも含めて飯を食っていくのが精一杯、横の年収と比べてみてちょっと上ぐらいならやめようと思ってた。年収600~700万円ならやめようと」
明確な指標を持ってDEEP、修斗、PRIDE、DREAMと業界の最前線で戦ってきた。若くして脚光を浴びる経験もしているが「もうちょっとやっていい」と思えたのは2012年のONE チャンピオンシップ参戦。29歳の時だった。
「1番強い」を目指すこの業界に自身の経済的状況やライフプランなどを俯瞰して見られる選手はそう多くない。「二足の草鞋」は傍から見れば美談に聞こえるが、“社会人”として見るならば実際はかなり苦しいことも確かだ。『格闘代理戦争 THE MAX』で推薦選手に対し早々に“見切り”をつけていたのにも理由がある。
「要は試合がリトマス紙だった。格闘技をやってみればいい。でも勝ち負けとかではなくてそれで心が折れているなら向いてないしやめようって。格闘技って本当に辛い業種で世間でまともではない人がやれる仕事なんですよ」
一般社会では許されることのない「殴る、蹴る、絞める、折る」が許されているのが格闘技。減量では心をすり減らし試合では大小関係なくダメージを負うことがほとんどだ。「これは本音」とこう漏らした。
「『格闘技をやめた方がいい』っていうのは『一般社会で生きていけるなら、お前はそっち行けよ』ということでもある。一般で生きていけるのにこっち(格闘技)にいる必要はないから。だから夢見ずに見切ってそっち行ってまともに生きて格闘技は趣味でやればいい」
「稼げないなら続けさせても仕方ない」――。これが国内外で20年間格闘技をしてきた者の持論だ。ネガティブに見えるかもしれないが、収入やタフな精神がなければ続かない。これが現実だ。
「見切った風になってるやつは亡霊となってまた戻ってくる。だからその夢や憧れに対して現実を突きつけてつぶさないといけない。自分がリアルを見ないと納得しないんだよ」
自身は「見切り」に失敗し葛藤「『完璧に死んでみせる』って相当難しい
競い合いのなかで上に立っていく。資金のあるところに人が集まる構図の格闘界は青木に言わせてみれば「資本主義」そのもの。企業の成長サイクルとも似ている格闘家業で「見切り」の付け方に葛藤していた。
「格闘家業も期で考えると分かりやすいと思っていて自分はいま、今後の進退とは関係なく、今は戦う期じゃない。20代、30代は成長フェーズだったと思うんだけど、今もそれをやっていると終わりがなくなる。脱成長にしていかないといけないんだけど、これがめちゃくちゃ難しい。
個人事業主も会社も前年の収入ベースで考える。そのベースで今期は税金がかかってくる。その税金を目指すために前年と同じくらいの収入を目指すわけ。だから自分はその輪を止めないといけない。この止めるのにみんな苦しむんだけど、高く稼いでいたらそれを維持し続けなきゃいけない社会のルールに乗っているとラットレースにずっと主導権を握られて走らせ続けさせられる。それはポジティブじゃないから、だからこそ見切らないといけないんだよ」
言わば今は成熟期。一度立ち止まって考えなければいけない時期だが「もう少しできる」という欲も邪魔をしてくる。だからこそ、同年代のがむしゃらに何かをする人は「楽」に見える。
「俺らの年とか上の人で成長フェーズで気合い入れたやつがいる。あれはモウシンで、ラットレースのなかでめちゃくちゃやった方が思考停止できるから楽なんだよね。実は1番難しいのは手放すことだから。自分世代の格闘技を現役でやってる人を『偉くない』って思うのはそういうこと」
かくいう自分は見切りに失敗していると悩んでいる。これまで仕舞うタイミングは何度かあったが、そのたびに勝利し上り調子になりタイミングを見失ってきた。今年1月28日のMMA戦でも試合数時間前に対戦相手が突然変更になったものの一本勝ちを収めた。
「1月28日はそのサイクルを止めようと思ってたものが止まらなかった。『これでも自分は止まらないんだ』っていうのはすごく感じましたね。成長拡大フェーズで居続けることへの疑問。居続けることは豊かにならないんだよね。これからもう1回切るタイミングを作ろうと思ってる。石原慎太郎の最期の言葉、『完璧に死んでみせる』って相当難しいね」
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「見切りをつける」とは夢をあきらめることなのか。ネガティブに捉えるのは少し違っていて、次に進む一歩であると思う。反対に具体的な未来像を描けかず考えることなく猪突猛進しているのはアマチュアだ。どの業界でもプロとの境目があいまいになっているからこそ、ただの夢追い人になってはいけない。
(後編へ続く)
□青木真也(あおき・しんや)1983年5月9日、静岡県生まれ。第8代修斗世界ミドル級王者、第2代DREAMライト級王者、第2代、6代ONEライト級王者。小学生時に柔道を始め、2002年には全日本ジュニア強化指定選手に。早稲田大在学中に総合格闘家に転向し03年にはDEEPでプロデビューした。その後は修斗、PRIDE、DREAMで活躍し、12年から現在までONEチャンピオンシップを主戦場にしている。これまでのMMA戦績は59戦48勝11敗。14年にはプロレスラーデビューもしている。文筆家としても活動しており『人間白帯 青木真也が嫌われる理由』(幻冬舎)、『空気を読んではいけない』(幻冬舎)など多数出版。メディアプラットフォーム「note」も好評で約5万人のフォロワーを抱えている。