書店員歴は25年超 歯科技工士を辞めてまで本屋に転職した理由とは…人生を変えた一冊
ここ数年、国内の漫画市場は右肩上がりの成長を遂げている。ENCOUNTでは、今なお人気を博す作品の現状や、新作も多く発表される業界の今に注目。漫画市場の動向を肌で感じている現役の書店員に話を聞いた。今回は、某書店で働くことりさん(仮名)に“漫画好き”となったきっかけについて語ってもらった。
新刊発売情報を手に入れたいとの思いが働くきっかけに
ここ数年、国内の漫画市場は右肩上がりの成長を遂げている。ENCOUNTでは、今なお人気を博す作品の現状や、新作も多く発表される業界の今に注目。漫画市場の動向を肌で感じている現役の書店員に話を聞いた。今回は、某書店で働くことりさん(仮名)に“漫画好き”となったきっかけについて語ってもらった。
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某書店で働くことりと申します。今は主に大人な読者の方に漫画を売るフロアで働いております。書店員として働き始めたのは四半世紀以上前。時の流れにクラッと来ますね……。
仕事にするほど漫画が好きですが、その他に模型も大好き。そんな手先を活かして(?)、歯科技工士になり働いてみたものの、あの頃は今よりはるかにコンプライアンスも緩い時代。仲の良かった友人達と比べて自由に遊べる時間が異常に少なく、好きな漫画もなかなか読めない事が不満になって長続きせず退職しました。
次の仕事のことなんて考えもせずに久しぶりの自由を満喫していたある日、ふと通りかかった漫画専門店で目に入ったのが、鶴田謙二先生の『SPIRIT of WONDER』新刊豪華版の予約告知ポスター。
もともと1988年に1巻が刊行されていた同作、すごく人間味にあふれて地に足が着いたキャラクター達、しかしそんな彼らが織り成す空想科学ロマンに満ちた物語。理系の勉強なんてサッパリだけどSFも“すこし・ふしぎ”も大好きで、ちょっと背伸びした漫画も読んでみたい自分にとびきり刺さった作品だったんです。
今でこそ『楽園』(白泉社)などで定期的に作品を発表されている鶴田謙二先生ですが、その当時は確か新刊を待つこと10年弱という頃にいよいよ刊行となったこの豪華版は未収録作品がたっぷり入ったファン垂涎の一冊でした。
世はまだWindows98も発売されていない頃で、漫画の新刊発売情報はこうやって店頭で出会ったり漫画雑誌から知ることがほとんどでした。思いがけず目にしたポスターから久しぶりの高揚感に躍っている自分に気づきました。
それなら本屋で働けば、情報もすぐにゲットすることができて、しかも好きな作品をお勧めして手にとってもらえたらそれも楽しそうだなと思い立ってからはすぐでした。さらに、運良くその店で見つけたアルバイト募集の掲示、すぐに履歴書を提出し、無事採用が決まってアルバイトとして自分の書店員ライフが始まりました。
ありがたいことに間もなく社員として採用していただいて、さらにのめり込み、紆余曲折を経ながら幾星霜(いくせいそう)……。結果として合計25年以上、今も書店員として漫画を売る仕事をさせていただいております。
そんなきっかけになった『SPIRIT of WONDER』は、自分の本棚はもちろん売り場でも本棚の一等地に並べておきたい、自分にとって全く色あせることのない思い出の1冊です。