【電波生活】『ドキュメント72時間』ぶっつけ本番ロケのリアル 心折れるディレクター、想定外のアクシデントも

ファミレスや空港など一つの現場にカメラを据え、そこで起きるさまざまな人間模様を72時間にわたり定点観測するNHKのドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(4月5日の放送から金曜午後10時)。そこで出会った人の話に共感したり、励まされたり、今という時代を浮き彫りにしているとして人気を得ている。番組の制作統括を務めるNHKの篠田洋祐氏に取材のこだわり、現場の苦労など舞台裏を取材し人気の秘密を探った。

『ドキュメント72時間』の人気の秘密を探った【写真:(C)NHK】
『ドキュメント72時間』の人気の秘密を探った【写真:(C)NHK】

制作統括が明かす人気ドキュメンタリーの舞台裏 大事にする3つのルール

 ファミレスや空港など一つの現場にカメラを据え、そこで起きるさまざまな人間模様を72時間にわたり定点観測するNHKのドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(4月5日の放送から金曜午後10時)。そこで出会った人の話に共感したり、励まされたり、今という時代を浮き彫りにしているとして人気を得ている。番組の制作統括を務めるNHKの篠田洋祐氏に取材のこだわり、現場の苦労など舞台裏を取材し人気の秘密を探った。(取材・文=中野由喜)

 そもそも、なぜ72時間なのか。篠田氏は番組スタート当時を知る先輩から伝え聞いたとした上で紹介してくれた。

「パイロット番組は2005年の制作で、当時、72時間がベストという明確な根拠があったわけではなかったようですが、1日や2日では現場の感じが伝わりきらない。4日間以上となると、今度は取材クルーの緊張感が持たないのではと。で、72時間でやってみたら、ほどよく現場の見え方が変わったり、テーマがより深まったりしていった。結果的に72時間がちょうどよかったという感じだったと」

 取材する場所はどう選んでいるのか。

「現在は班に約12人いるディレクターが、事前に現場を見たりした上で提案し、私や番組デスクといっしょに検討して決めています。選ぶ基準で大事にしているのは、意外な出会いがありそうかということ。ここってこういう場所だよねというイメージがひっくり返される意外性や、ギャップを大事にしています。たとえば時代に取り残されたような寂しい場所かなと思っていたら、意外と濃厚で熱いコミュニティーがあるとか。こういう人たちが来る場所と思っていたら、予想外の層の人たちが来るとか」

 取材エリアは全国各地と広範囲だ。

「ラインナップを見ながら、地域やテーマに偏りがないように意識はしています。年に5本ほど、NHKの全国の放送局からの提案で、各局のディレクターが制作することもあります。現場はディレクターとカメラ担当、音声担当の3人で1クルーとし、基本2クルーが交代して、1つの現場のロケをしています」

 他にどんなこだわりがあるだろうか。

「番組には開始当初から3つのルールがあります。『72時間で撮影を終了』、『時系列を崩さずに編集』、『偶然の出会いで勝負』。この3つを守りながら大事にしているのは、取材クルーが、現場で起きたこと、出会った人の話に驚いたり、気付いたりしたことを視聴者が追体験できるようにすること。初めての場所が、こういう所なんだと少しずつ分かり、出会う人を通して、その場所が持つ意味や役割が見えてきたり、現代社会や普遍的なテーマが感じられたりするような。見終わったとき、『なんかちょっと元気が出た。明日も頑張ろうかな』といった読後感になるといいなあと思っています」

取材する現場のスタッフたち【写真:(C)NHK】
取材する現場のスタッフたち【写真:(C)NHK】

 ここで舞台裏の隠れたエピソードも聞いてみた。放送では快く取材に答えてくれる人の映像が映し出されるが、舞台裏の現実は厳しそうだ。

「実際にロケ当日に出会う方が、どんな方でどんな話をするのかは、ぶっつけ本番ですので、当然全く分かりません。ですので、担当ディレクターの心理的なプレッシャーはかなり大きいです。5人連続で取材を断られ、心が折れて1度、ロケ車で休んでから現場に戻るみたいな話もよく聞きます(笑)」

 取材に応じて話してくれる人の生き様や言葉に、励まされたり、気付きを得たり、人にドラマありと感動することも多い。話を引き出すコツがあるのだろうか。

「この番組はインタビューシーンが多いですが、私たちは普段から『インタビュー番組にならないようにしよう』と言い合っています。あくまでドキュメントで、72時間中にその場で起きたことを描く。もちろん、出会った方にお話を聞いていく中で、人生の転機といったエピソードを話してくださることがあります。ただ、いきなり『人生の転機を教えてください』という感じではなく、会話の延長線で、そうなった感じ。たとえば、偶然、居酒屋のカウンター席で隣り合った知らない人と、何となく話しているうちに仲良くなり、意外と深い話をしたなあ、というような感じなのかもしれません」

 これまでの舞台裏の印象的なエピソードも紹介してもらった。

「想定外のアクシデントはよくあります。天気が急変して大雨となり、現場に誰も人が来ないとか……。昨年、海外ロケでパキスタンにあるアフガニスタン料理店を取材しましたが、撮影を始めて9時間で店主が『やっぱり撮影を止めてくれ』と言いだし、撮影クルーが追い出されたことがありました。現地から『どうしましょう。このままだとドキュメント9時間です』と電話がかかってきました(笑)」

 その後、どうしたのか。

「仕方ないので、追い出されるシーンを使いつつ、お店の前のストリートに繰り出して、撮影を続け、アフガニスタンから逃れてきた人たちを取材しました。その後、最終日に店主と再度、話をしたら、理解し合えて最後の数時間だけお店に戻って取材するという奇跡的な着地をしました。結果的にお店だけを取材する以上に現地の実情を伝えられたように思います。アクシデントを逆手にとって、強みに変えられると一気にいい内容になりますね。4月から金曜夜10時スタートになり、少し見やすい時間帯になるので、ぜひお楽しみいただけたらと思います」

 取材される側からすれば突然のアプローチに戸惑うはず。それでも取材に協力し、それぞれが抱える事情を明かし、人の数だけドラマがあると思わせてくれる。そこに取材に協力する人の優しさや良心も感じる。それが番組を支える根っこのような気がする。

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