リング禍に減量中の事故 24年間プロを育てる名将鶴屋浩氏が語る「命を預かっている」の意識
MMA界で多くのプロ選手を輩出してきたパラエストラ千葉ネットワーク(松戸、柏、千葉)の代表・鶴屋浩氏は今年1月に「パラエストラ」からの“卒業”を宣言。4月からパラエストラ沖縄の代表・松根良太と新チーム「THE BLACKBELT JAPAN」で再始動する。UFCファイターや多くの王者を育成してきた鶴屋氏はどんな指導者なのか。昨今の格闘技界のトピックや“指導”について話を聞いた。1時間に渡るロングインタビュー後編。
UFCファイターや王者輩出の名将・鶴屋浩氏インタビュー後編
MMA界で多くのプロ選手を輩出してきたパラエストラ千葉ネットワーク(松戸、柏、千葉)の代表・鶴屋浩氏は今年1月に「パラエストラ」からの“卒業”を宣言。4月からパラエストラ沖縄の代表・松根良太と新チーム「THE BLACKBELT JAPAN」で再始動する。UFCファイターや多くの王者を育成してきた鶴屋氏はどんな指導者なのか。昨今の格闘技界のトピックや“指導”について話を聞いた。1時間に渡るロングインタビュー後編。(取材・文=島田将斗)
◇ ◇ ◇
――リング禍や減量中の事故など格闘技界に悲しいニュースがありました。指導者としてこれらの問題をどう感じていますか。
「自分のところでは適正階級の決め方は人それぞれ違います。僕は選手の試合が決まると選手に何キロで出場するかを聞いて、厳しい減量であれば“僕の感覚”で止めています。それは長年見てきた感覚。その選手がどれだけ練習に来ているかにもよりますしね。トップを目指すレベルの選手であれば、ギリギリの減量も致し方ないですが、まだまだアマチュアの場合は無理な減量はさせませんね」
――選手の体調は目に見えない場合もあります。そういった分かりづらさにはどう対処していますか。
「話し合いですよね。僕の場合は全選手と話します。毎日、自分が道場にいて全選手の練習を見ているので分かるんです。調子の良し悪しは大体分かる。毎回、どれくらい落ちているか聞いて、試合3日前にも連絡しています」
――選手のセコンドとしても入られています。被弾している選手の試合を止めるタイミングについてどう考えていますか。
「見ていてこれは危ないと思ったら僕はもう止めます。でも大体は、僕が棒を投げる前にレフェリーが止めてくれる。自分の試合のときはないですけど、たまに他の試合を見ていると『なんでレフェリーはここで止めないんだ』ってときはありますけどね。
止めるのが遅くて一生のケガを負ってしまう選手がいたのも僕は見てきた。だから『止める』は常に頭の中にあります。セコンドは命を預かっているので、試合を分かっているセコンドを付けないといけないですよね」
――セコンドにどんな人を置くか、選手によってさまざまですよね。
「僕らのチームも大勢いるので、たまに『私を付けてください』っていう選手の親御さんがいるんです。でも命を預かっているので、そのときは話し合って理解をしてもらうようにしています。試合中の選手の調子が良いのか悪いのかは普段から管理している者しか分かりませんから。僕は他に用事がない限りは全選手のセコンドについています。ほぼ毎週土曜日、日曜日は試合が入っていますね(笑)。『大変ですね』ってよく言われるけど、それが僕の仕事、全く大変ではないです」
ジムの垣根超えた環境も提案「みんなで頑張らないと世界に勝てない」
――昨今の格闘技界ではジムを出す動きが加速しているようにも見えます。約25年、ジム運営に携わってきたからこそ言えることは何でしょうか。
「格闘技をあまりやったことがない人がジムをやるのは良くないと思うんですよね。しっかり格闘技をやってきて、格闘技に全振りできる人がやるべき、誰かに任せて、みたいなのは良くない。出すだけ出して適当な指導者に預けるのは問題ですね。
例えばスパーリングですけど、どうしてもやっているとエスカレートして強くやっちゃう子もいるんです。そういうときは僕はビシッと指導する。他にも関節、絞め技の場面でも危ない場面は近場に行って止めるときがある。当たり前ですけど、そういうことができないと指導者は無理だと思いますよ」
――ジムのリブランディングという点で言うと昨年、トライフォース赤坂がJAPAN TOP TEAM(JTT)になりました。どう見ていましたか。
「すごくいいことだと思います。日本の今の状態では米国になかなか追いついていない。アジアで中国が力を強めているなかでアメリカントップチームのようにやろうとしているわけです。僕らも励みになります。しっかりした米国の技術を持ったコーチに教わるのは日本格闘技界にとってとても良いこと。都内だけではなく、地方でもそういう動きが高まれば日本のレベルも上がると思います」
――JTTの選手と“鶴屋組”の選手が対戦することもあります。対戦相手として捉えるとどんな印象でしょうか。
「“現時点”では、他のジムとは変わりないです。まだ出来たばかりなので、実験段階。そのなかで選手が上がってきてチャンピオンも増えてくれば強豪チームになってくるので怖いと思う。現時点ではなにも思っていないですけど、これからあの状況を続けていくのであれば強いチーム、選手は育っていくと思います。
JTTだけじゃなくて、TRIBE TOKYO MMAとか和術慧舟會HEARTSなどが強い選手を出していくことによって僕らも負けていられない。うちのチーム、ひとつのチームだけだったら日本のレベルってそこで終わり。対日本ではなくて、対世界を考えないといけない。日本人みんなで頑張らないと世界に勝てないと思います」
――「日本人みんな」というのはジムの垣根を超えて、という意味合いなのでしょうか。
「そうです。だから僕らは1日2回のプロ練をやっているんですけど、それは『プロは誰が来てもいい』という風にしているんです。なので結構いろんな選手が来ています。それによって僕らのチームの実力も上がるし、来てくれる人も上がる。反対に僕らも出稽古に行っています。鶴屋怜なんかはロータス世田谷に行ったり高阪剛さんのALLIANCE、高谷裕之のジムに行ったりして技術の交流をしています」
――誰にでも開放することによって、研究されるというリスクを感じることはないんですか。
「僕らは全くないですね。どんどん来てほしい。透暉鷹選手も来てくれてたし、安保瑠輝也選手も来たりしている。盗まれる技術なんて基本的にはないんです。ただ対戦相手が、その場にいると嫌だったりはするので、僕らもその場合は遠慮しますね。でもそれ以外はどんどん来てほしいです」
――ここまでのお話を総括して指導する上で最も心がけていることは何ですか。
「10人選手がいれば、10人違う。気持ちが強ければ弱い選手もいます。体格も違うし、練習に来られる回数も違う。だから僕はその選手の立場になって考えてあげることですね。練習からかなり気持ちが入っていれば、試合はどんどんオファーが来るようにしてあげる。あとは、ジム生は地方から集まってきてくれている。『このジムで後悔なかった』、そう思ってもらえるように僕は全力を注いで選手に良い環境を与えています」
――例えば気持ちが弱い選手にはどう向き合うのですか。
「いろいろいます。この選手は『今この言葉が必要だな』と思ったらなるべき寄り添って話す。とにかく話し合いですね。意見を聞いて、それが間違っている場合には僕の意見も入れる。最終的には選手の意見を通すような形になることがほとんどです。とにかく選手とはコミュニケーションですよ」
――技術と同じくらいコミュニケーションは大事ですか。
「ものすごく重要です。選手が今チャンピオンになりたくて頑張っているなら、それなりのモノを与える。一方で病んでしまっている人であれば、試合間隔は開けて、いろいろ話して『練習休んでもいいんじゃない?』って。才能あるのに練習に来ない選手には『このままだと……』と厳しくしたり。僕は毎日練習を見ているので、基本的にはわざと厳しくしていますけどね。緊張感ないと良い練習はできないですから。練習終わったら楽しくフレンドリーに。うちのジムはそういうやり方です」