勝つための減量はどこまでが許容されるべきか 柔道五輪銀メダリストが“流行り”の水抜きに警鐘

2012年のロンドン五輪柔道男子60キロ級で銀メダルを獲得した平岡拓晃氏(39)。16年の現役引退後は筑波大大学院人間総合科学研究科スポーツ医学専攻に進学し20年に博士課程を修了した。減量やコンディションについて研究してきた平岡に話を聞いた。

研究していた身としての視点で減量について語った平岡拓晃氏【写真:ENCOUNT編集部】
研究していた身としての視点で減量について語った平岡拓晃氏【写真:ENCOUNT編集部】

筑波大学大学院でスポーツ医学の博士号取得

 2012年のロンドン五輪柔道男子60キロ級で銀メダルを獲得した平岡拓晃氏(39)。16年の現役引退後は筑波大大学院人間総合科学研究科スポーツ医学専攻に進学し20年に博士課程を修了した。減量やコンディションについて研究してきた平岡に話を聞いた。(取材・文=島田将斗)

 柔道界では監督が学生が出場する階級を決めるケースもある。格闘技界では減量失敗による計量ミスや減量中に死に至る事故の報告も増えてきている。

「減量方法としてよく聞くのは水抜きです。最終的にトータルで考えたときにその人の健康を害してしまうかなとは思うんですよね。絶食したり、脱水させる。血管に水が入らないスカスカな状態でやると体も回復しないし、ケガにもつながる」

 過度な減量は選手寿命を短くすると指摘する。

「なぜなら辛いから。精神的にも辛いし体がボロボロになっていくので。減量自体は否定しないですけど、柔道で8キロ落としている子を見ると『階級を上げてもいいのでは?』って思いますよね」

 国際大会に常に選ばれているレベルならば「8キロ~10キロ」の減量もやむを得ないと難しい顔。大学生も指導しているという平岡氏は「これからという学生を見ると『階級を上げて一生懸命そこで頑張りなさい』とアドバイスはします」と腕を組んだ。

 自身のロンドン五輪での減量は「節制して5キロ」だった。1か月前から落としていったというが、若いころはもっと短期間で減らしていた。

「無茶がきく大学生時代は短期間で減らしてましたね。だから成績にはムラがありました。良いときはパフォーマンス良いし、ダメなときはダメ。前日に2キロ落とすとかのときは全然ダメでそれに気が付かなかったですね」

 当時の柔道は当日計量、現在は前日になっている。ここでポイントになってくるのは体重の戻しだ。分かりやすいのは格闘技界で、前日近い体重で計量クリアしたもの同士が、当日の試合では体格差が大きいように見えることもある。

「柔道はいま抜き打ちの当日計量があります。各トーナメントの山から1人ずつ無作為に選ばれて計量し階級の体重×5%以内ならクリアです。60キロ級なら63キロ以内です」

成長期の減量には慎重「体を大きくするようなアドバイスをした方が…」

 部員数の多いチームではさまざまな理由から監督が選手の階級を決めることもある。監督、生徒、保護者の3者の立場や考えはある。「先生も勝たせてあげたいし、勝てば高校、大学につながる。難しいんですよね」と言いつつも勝利にこだわった減量が最善なのか疑問が残るようだ。

「どこを目指しているのか。トップを目指して、最後にどれだけの人が残っているのか。結局何が起きているかというと途中で競技が嫌になってしまう。それまでやってきた自分の努力すら否定することは1番もったいないなと考えちゃいますよね。もちろん結果を出すことにこだわってはいいんです。でも、別の方法もあるんじゃないかなって」

 成長期には無理に減量をさせない。「発達段階にある生徒だったら、もっと体を大きくするようなアドバイスだったり、そこから幅が広がる技術にシフトした方が成長している実感を得やすいんじゃないかと思うんですよね」とうなずいた。

 忘れてはいけないのは保護者の存在だ。個人競技の柔道では観客席の保護者から声援とはまた違うヤジが飛ぶこともある。チームスポーツに比べ一緒に戦っている意識が強い。

「(減量も)この子のためになるならって思いもありますよね。監督、保護者の思いがどこにしわ寄せされるかと言ったら競技をしている本人なんですよ。プレッシャーを背負ってご飯も食べられない、それで精神的にもすり減ってしまうとか。この思いをうまく消化できるものってなくて、唯一感じられるのは結果だけ。結果が出たらつらかったことも正当化される」

「でも、そうじゃない成長もある」と平岡氏の声は一段階大きくなる。

「トップを目指す競技はもちろんあっていいと思う。でも1人しか勝てないトーナメントで、1人しか成功体験が語れなかったら、他の人はどうしたらいいのか。それはやってきた内容、トライしてきたことを振り返ることができたら、それは“成長”という面でとてもいいのではないかなと思います。でもそれは指導者側からの押し付けではダメなんです」

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