東出昌大が過疎地の山に吹かせた新風 20~40代の俳優仲間4人が移住「田舎暮らしに憧れる人にはオススメ」
俳優の東出昌大(35)は東京で俳優業、テレビ出演をしながら、過疎地の山で狩猟生活を行っている。自身の山暮らしを追ったドキュメンタリー映画『WILL』(2月16日公開)も控える東出が、猟師の世界の現状と新たな可能性を語った。
狩猟に使うのは走行距離10万キロ超のプリウス
俳優の東出昌大(35)は東京で俳優業、テレビ出演をしながら、過疎地の山で狩猟生活を行っている。自身の山暮らしを追ったドキュメンタリー映画『WILL』(2月16日公開)も控える東出が、猟師の世界の現状と新たな可能性を語った。(取材・文=平辻哲也)
山暮らしの原点は幼少期にさかのぼる。2011年にがんのため亡くなった父はキャンプ好きで、家族でキャンプに出かけた。
「父は3つ上の兄と僕にナイフをくれて、『これで枝を集めてきなさい』と。今で言う、ブッシュクラフト(自然で生きる知恵を身につけること)を教えてくれたんです。そのナイフをぶら下げて、ロビンソン・クルーソーになった気持ちで探検していました。ナイフは今も実家に取ってあります」
本格的に狩猟に興味を持ったのは23歳の時、作家・千松信也さんの『ぼくは猟師になった』(新潮文庫)を読んだのがきっかけ。2018年に狩猟免許と猟銃所持資格を取得。サバイバル登山家の服部文祥さんを師匠と仰ぐ。
狩猟に使うのはプリウス。既に走行距離10万キロを突破し、ボディーはあちらこちらにキズや凹みも。世界に誇るトヨタの人気車種だが、この車を狩猟に使っている人はいないだろう。「ワイルド・プリウスと呼ばれています」と笑う。
東出は基本的に、一人で行動し獲物を仕留める「単独忍び猟」を行っている。
「骨折など大きなモノはないのですが、ケガはしゅっちゅうあります。狩猟には山の知識が必要です。例えば、枯れ草と濡れた落ち葉は圧倒的に滑り方が違うので、体感として持つことが重要です。雪庇(山の風下方向にできる雪の塊)を地面だと思って踏み抜くと、滑落することもあります。後は脚力、体力。無理をすると、真っ暗な中、下山しなければいけなくなる。それから、動物に関する知識。痕跡の見つけ方、生態について勉強すること。狩猟に絶対はないので、何度も山に通って、最適解を探そうと試行錯誤しています」
(インタビュー翌日、筆者も狩猟に同行した。東出は初心者の筆者を気遣って、ゆっくりなペースで登って行ったが、あっさり置いていかれた。道なき山を登るのは体力がいると実感した。東出から「この先、山を乗り越えていくので、無理しないでください」と言われ、同行を断念した)
東出は夜、シカとイノシシの肉を鍋料理、焼き肉として振る舞ってくれた。中にはかみ切れない部位もあるが、野生の臭みはなく、おいしかった。今は狩猟を職業にはしていない。
「猟師をなりわいにしている人はごくわずかです。県の認定従事者がいて、食肉を販売する人はいますが、僕は自分が食べる分だけを獲っています。駆除目的に捕獲した動物も、9割が食べることなく、捨てられている現実もあります。それはよくないと思っているので、ドッグフードとして販売できないかと計画しています」
東出の山暮らしは過疎に悩む地域にも新風を吹き込んでいる。若手も勧誘し、「青狼会」という若手グループも立ち上げた。猟友会の会員は平均年齢75歳だったが、東出の加入で73歳に下がった。映画、ドラマで知り合った20代の女性3人、40代の男性は猟師資格を取り、4人は別々に家を借りている。
「高齢化は深刻ですが、人口減少もあって、過疎化は止められない。ただ、田舎には土地が余っていて、おじちゃん、おばちゃんたちに野菜の作り方を習ったり、田舎暮らしに憧れを持つ人にはオススメです。猟師が増えて欲しいと思います。役者の先輩と後輩など4人が入りました。猟師は基本、個人プレーだと思いますが、情報を寄せ合えば、みんな一通りのことができると思うんですね」
後輩たちには、いろいろとアドバイスもしているが、それは師匠からの受け売りだという。
「僕自身、プライベートでいろんなことがあって、引っ越してきたわけですが、師匠に『山に行っていいですか』とメールしたら、『山は誰のものでもないから、勝手にしろ』と。後輩たちにも同じように言っています。移住者が増えたのは、みんな好き勝手に魅力にハマっていったんだと思います」
あいさつを機に、地元のシニアと親しい付き合いが始まった後輩俳優もいる。
「みんな、うまくやっています。僕自身、今は無理をしないで、生きています。それは、すごく、良い人たちに恵まれたからだと思います。地元の方々は電気屋さん、農家さん、キャンプ場のオーナーなどさまざまな職種の方がいるのですが、それぞれ特殊技能を持っていて、尊敬できる上、人間としてもやさしいんです」
東出がやろうとしているのは、都市部の大量消費社会に疑問を抱き、過疎化の進む地方都市に移住し、地域住民と共生しながら、足るを知る生活を実践しようとする試みなのだ。
□東出昌大(ひがしで・まさひろ)1988年2月1日、埼玉県生まれ。2012年、映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビューし、第36回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。以後、数々の作品に出演。主な作品として、第71回カンヌ国際映画祭の『寝ても覚めても』、人気の『コンフィデンスマンJP』シリーズ、第77回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞の『スパイの妻』、『Blue』、『草の響き』、『Winny』、『福田村事件』など。東出の狩猟生活を追ったドキュメンタリー『WILL』(2月16日)、『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』(3月15日)を控える。『週刊文春CINEMA!』で「山暮らし日記」を連載中。