松本人志の裁判に大きく影響する“吉本の変化”と民放各局の責任 テレ朝元法務部長の弁護士が指摘
お笑いコンビ・ダウンタウンの松本人志をめぐる一連の報道を受け、吉本興業が24日に公式サイトを更新し、今後の「対応方針」を発表した。週刊文春が昨年12月27日、松本の性的行為強要疑惑を報じた際には、松本と足並みをそろえて「当該事実は一切なく」と表明したが、今回は一転して中立性を強調した。週刊文春の記事で「会合で女性たちが精神的苦痛を被った」と指摘した部分については、「真摯に対応すべき問題」としている。この変化は何を意味するものなのか。テレビ朝日で法務部長を務め、昨年11月に退職した西脇亨輔弁護士が解説。民放各局が担うべき責任を指摘した。
東大在学中に司法試験合格、テレ朝にアナウンサーで入社した西脇亨輔氏
お笑いコンビ・ダウンタウンの松本人志をめぐる一連の報道を受け、吉本興業が24日に公式サイトを更新し、今後の「対応方針」を発表した。週刊文春が昨年12月27日、松本の性的行為強要疑惑を報じた際には、松本と足並みをそろえて「当該事実は一切なく」と表明したが、今回は一転して中立性を強調した。週刊文春の記事で「会合で女性たちが精神的苦痛を被った」と指摘した部分については、「真摯(しんし)に対応すべき問題」としている。この変化は何を意味するものなのか。テレビ朝日で法務部長を務め、昨年11月に退職した西脇亨輔弁護士が解説。民放各局が担うべき責任を指摘した。
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昨日、吉本興業が新たな発表を行った。これまでの方針を一変するような発表の内容を確認するために、吉本興業の公式サイトを開き、会社概要のページをスクロールしていくと、吉本興業ホールディングスの「株主一覧」が表示されていた。そして、思い出した。
並んでいたのは、民放テレビ各局の名前だった。この問題はつい先日まで、私にとっても自分事だったのだ。
私は昨年11月までテレビ朝日の法務部長として、会社の危機管理を担当していた。その時、先輩方に口を酸っぱくして言われた言葉がある。
「ファクトから始めろ」
突然の危機に社員は浮き足立つが、まずは冷静になって、「ファクト(事実関係)を調べ、確定しろ」「そうしないと間違った土台の上で対応が始まり、会社が漂流を始めてしまう」と教わった。
そして、今、「吉本興業は漂流している」と感じている。
前日24日、吉本興業は公式サイトに「週刊誌報道等に対する当社の対応方針について」と題するお知らせを掲載。「関係者に聞き取り調査を行い、事実確認を進めている」と発表した。昨年12月27日のプレスリリースでは「当該事実は一切なく」と断言していたが、約1か月後の今回の発表では、「当初の『当該事実は一切なく』との会社コメントが世間の誤解を招き、何を指しているのか不明確で混乱を招いたように思う」と会社のガバナンス委員会からの指摘を明かしていた。
なぜ、こんなことになったのか。
それはひとえに、初動の段階で事実関係を固めていなかったからだと思う。
私がテレビ局の危機管理を担当していた時にも、週刊誌などからの質問ファックスに驚かされることは何度もあった。週刊誌取材はいつも突然で、昼過ぎに送られてきたファックスなのに「本日午後5時までにご回答ください」などと書かれていたりする。社内が大騒ぎになり、日頃はばらばらの場所で働く各部署の危機管理メンバーが、浮かない顔で社内の片隅にある会議室に集まり、ピリピリしながら回答を考え始める。
このとき、「事実無根」や「当該事実は一切ない」と答えようと思ったら、本当に入念な調査が必要だった。一度、「事実無根」と答えた後に少しでも間違いが見つかったら、以後、その問題について世間から信じてもらえなくなる。そのため、事案の当事者を休みでも仕事中でも呼び出してヒアリングをし、集められるだけの物的証拠を集める。事情を知っていそうな周囲の人物や家族、協力を得られるのであれば、被害を訴えている人にも話を聞く。
こうして調査を終え、週刊誌側の質問に「根拠がない」と断言できるようになって、初めて「事実無根」という言葉が使える。事実無根である根拠をきっちりそろえて週刊誌側にも伝え、記事の掲載が取り止めになるケースも多かった。
一方で、「事実無根かもしれないが、そうではないかもしない」という場合には、絶対に「事実無根」という言葉は使わない。確証が得られないなら「現在調査中です」と明言する。報道対応の入口で間違えると、そのダメージは取り返しがつかないからだ。
しかし、吉本興業は週刊文春が初回記事を報じた当日、昨年12月27日に「当該事実は一切なく」と発表した。そこに報じられていたのは松本氏だけでなく、女性も含めて多くの人が関わっている事案で、事実を確定しようとしたらかなりの日数がかかるはずだ。吉本興業がこの件を知ったと思われるのは、週刊文春が松本人志氏を直撃取材したという12月22日。発表はそのわずか5日後だった。
もし、松本氏ら疑惑を報じられた当人から一方の言い分を聞いただけなら、それは事実確認とはいえない。しかし、これだけ短期間で「事実無根」を断言したのは、やはり、会社の大黒柱である松本氏の言い分がそのまま会社に言い分になり、「事実確認」が二の次になってしまったからではないか。
これに対して昨日の発表では、吉本興業の姿勢は変わっていた。「当社所属タレントらがかかわったとされる会合に参加された複数の女性が精神的苦痛を被っていたとされる旨の記事に接し、当社としては、真摯に対応すべき問題であると認識しております」というコメントは、報じられた女性との会合について事実と認めてまではいないものの「真摯に対応すべき問題」としているし、事実確認も約束した。
この吉本興業の変化は松本氏の裁判にも大きな影響を及ぼすだろう。特に事実確認の結果が文春記事に沿うものだった場合には、松本氏に近いところから文春寄りの証拠が出たことになり、文春側にとって強い武器になる可能性がある。それでも、吉本興業による事実確認は躊躇なく徹底して行われなくてはならない。
ここで忘れてはいけないのは、吉本興業(正確には吉本興業ホールディングス)の株主の多くは、民放テレビ各局だということだ。
2009年、吉本興業が株式の公開買い付けによって上場廃止した際、その資金を提供する形で大株主になったのは在京・在阪の民放各局だった。これによって、無数の一般株主と株式市場に見張られていた吉本興業の経営は、テレビ局などの取引先を中心とする限られた株主に委ねられた。
株主とは、会社の友達でもなければ応援団でもない。株主は会社の「所有者」として経営の判断や監督を行う最終決定権者であり、時には経営者と厳しく対峙しなければならない。その地位に今、民放各局はいる。
株主も含めた吉本興業の全関係者が参加して総力で事実確認を進め、もし、そこに性被害があったのであれば、一刻も早く対応しなければならない。
そのためにもまず、ファクトから始めなくてはならない。
そして、それを監督する責任は民放各局にもあるのではないか。そう思った。
(元テレビ朝日法務部長、弁護士・西脇亨輔)
□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。弁護士登録をし、社内問題解決などを担当。社外の刑事事件も担当し、詐欺罪、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反の事件で弁護した被告を無罪に導いている。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。