世帯年収1000万でも「勝ち組とは言えない」残酷な実情 “持ち家か賃貸か”永遠の論争の答えとは
年収1000万円あれば「十分でしょう」「ぜいたくできてうらやましい」――。それは本当なのか? 税金や社会保障費などの負担増大、上がらない賃金の中で物価高騰による家計圧迫、子どもを持つ世帯にとっては無限に広がる教育費……。現代日本社会で、都市部では意外にも「勝ち組とは言えない」状況にあるという。沸騰を続ける不動産市場で、家を買うことも「ギリギリの背伸び」の実態、そして“持ち家か賃貸か”永遠の論争の答えとは。お金の専門家であるファイナンシャルプランナーの加藤梨里氏に聞いた。
不動産高騰で億ション購入の壁、ペアローンに見過ごせないリスク、階層ヒエラルキーの世界も
年収1000万円あれば「十分でしょう」「ぜいたくできてうらやましい」――。それは本当なのか? 税金や社会保障費などの負担増大、上がらない賃金の中で物価高騰による家計圧迫、子どもを持つ世帯にとっては無限に広がる教育費……。現代日本社会で、都市部では意外にも「勝ち組とは言えない」状況にあるという。沸騰を続ける不動産市場で、家を買うことも「ギリギリの背伸び」の実態、そして“持ち家か賃貸か”永遠の論争の答えとは。お金の専門家であるファイナンシャルプランナーの加藤梨里氏に聞いた。(取材・文=吉原知也)
「1000万円ぴったりの世帯年収の場合、正直タワマン購入は厳しいです」。このほど『世帯年収1000万円―「勝ち組」家庭の残酷な真実―』(新潮新書刊)を上梓した加藤氏は、こう現状を説明する。
額面年収1000万円の手取りは700~750万円ほど。「金融広報中央委員会の調査によると、年収1000万円以上の世帯でも、片働きでは15%以上、共働きでも約10%が『金融資産非保有』、つまり貯金ゼロというデータもあります」。経済的な余裕を持っている人ばかりではなさそうだ。
加藤氏は業務や取材、周囲の友人家族を見聞きする中で、とりわけ子育てに取り組む共働きのパワーカップルが、仕事と育児のやりくりで苦労を重ね、住宅ローン返済に追われて疲れ果てる姿を見てきたという。時短家電を手に入れ、家事代行サービスやベビーシッターを利用して「時間を作る」にも、代償としてお金は飛んでいってしまう。
また、子育て世帯には公的支援が設けられているが、「所得制限の壁」もある。児童手当や高校の授業料無償化、大学の奨学金などの制度は年収1000万円のラインで場合によっては所得制限に引っかかるようになり(2023年12月現在)、「国や自治体による制限撤廃の方針転換が見られ始めていますが、年収1000万円は自力での子育てを迫られる境界線と言えます」と指摘する。
こうした中で、マイホーム事情はどうなっているのか。一生のうちで大きな決断であり、ステータスでもあるのが持ち家だ。
しかし、近年の不動産価格は衝撃的と言えるほど高騰。「東京23区内の中古マンションの平均価格は70平米あたり7000万円超というデータがあります。首都圏の新築マンションの平均価格が23年3月に1億円を突破したことが話題を集めました」。
夢の億ションは買えるのか。「年収1000万円台の世帯が都内で物件を買うとしたら、高くても7000万円~8000万円が限度ではないでしょうか」とのことだ。
それでも、どうしても家が欲しい人は少なくないという。近年注目を集めているのが、夫婦それぞれの収入を基準に2本の住宅ローンを組む「ペアローン」だ。手が届かない高級マンションでも2馬力ならなんとかなる――。そうやって「背伸びをする」選択肢もあるが、ここにも落とし穴が待っている。「見過ごせないリスクがいくつかあります。1つの不動産を共有するため、売却や賃貸に変更する際に両者の合意が必要になります。もし離婚となればトラブルにつながりかねません。複数の不動産業者は『よっぽど仲のいい夫婦じゃないと厳しいよね』と話しています。それに、育休や休職などで片方の収入が少なくなった場合、もともと高額ローン設定なので支払いが厳しくなります」。夫婦仲はもとより、長期的な資金計画をしっかり立てておくことが求められる。
「資産の観点で見ると、持ち家が優勢という意見が多くなります」
いざ憧れのタワマンをゲットした。その先には、富裕層にしか分からない世界があるという。「よく言われますが、年収1000万円程度では、低層階にしか住めないといったことです。タワマンには階層によるヒエラルキーがあり、どこまでも上には上がいる富裕層の世界を見せつけられてしまうことも。子どもの習い事やお受験、すべてにおいて、マウントの取り合いが存在し、逆にみじめな思いをしてしまうことがあるかもしれません。実際に耐え切れなくなってタワマン暮らしを諦めた方を知っています」と話す。
生涯賃貸暮らしの選択肢もある。一方で、“持ち家か賃貸か”は、これまで繰り返されてきた終わりなき論争でもある。お金のプロの加藤氏はどう考えているのか。
「これは答えのない問題です。ただ、金融・不動産業界の間では、『家は買った方がいい』の意見が優勢です。資産として残るからです。都心で立地のいい家ならば資産価値が上がる可能性もあります。マイホームを担保にして老後の生活資金としてお金を借りる『リバースモーゲージ』の制度も活用できます。また、住宅ローン減税などの優遇がいくつもあります」。
一方で、デメリットも存在する。「やっぱりローンを返せないという経済的リスクです。郊外の広い家を買ったけど、子どもが巣立ったら2階ががら空きで、掃除や管理が大変。もう意味がない、と悩んでいる方の相談を受けたこともあります。教育を重視する中で子どもの通学事情によって引っ越しの必要性が出てくるケースも現実問題であります。抜き差しならぬご近所トラブルといったリスクもあることは確かです」。
賃貸は賃貸で、「家賃を払う、それだけです。持ち家と同じ金額を払うのに、資産を手に入れることができません。引っ越しをしやすい、身軽といった利点もありますが、資産の観点で見ると、持ち家が優勢という意見が多くなります」。
最終的にはその人の人生設計、人生観でどう捉えるかが大きいといい、加藤氏は「資産確保や投資目的もあって持ち家を買うのか、自分にフィットする住環境を優先するのか、結局はその人の考え方次第です。いずれにせよ、自分の収入を見ながら、しっかり考えることが大事ですね」と話している。
□加藤梨里(かとう・りり) ファイナンシャルプランナー/CFP(R)、マネーステップオフィス株式会社代表取締役。慶応大大学院健康マネジメント研究科修士課程修了。保険会社や信託銀行などを経て、2014年に独立。著書執筆や講演活動も行っている。
世帯年収1000万円―「勝ち組」家庭の残酷な真実―
https://www.shinchosha.co.jp/book/611020/