33歳・南沢奈央、20年間落語に一途「離れられないです」 寄席の帰りは赤ちょうちんで一杯
俳優の南沢奈央が今月、恋焦がれる落語を題材にした初エッセー集『今日も寄席に行きたくなって』(新潮社刊)を発売した。高校生の時に落語の沼に絡み取られ、約20年、ずっと一途。「追いかけちゃう。ついつい。離れられないですね」「きっと、これを恋と呼ぶのでしょう」と表現する落語への思いに迫る。
好きすぎて書いた初エッセー集『今日も寄席に行きたくなって』
俳優の南沢奈央が今月、恋焦がれる落語を題材にした初エッセー集『今日も寄席に行きたくなって』(新潮社刊)を発売した。高校生の時に落語の沼に絡み取られ、約20年、ずっと一途。「追いかけちゃう。ついつい。離れられないですね」「きっと、これを恋と呼ぶのでしょう」と表現する落語への思いに迫る。(取材・文=渡邉寧久)
どんなに忙しい仕事の日々が続いても、「次の休みが取れたら寄席に行こう」と思うと頑張れる。「この日は独演会に行くから仕事は入れないでほしいです」とスケジュールを調整することもしょっちゅうだという。
「落語が自分の生活の中にあります。落語がない生活は考えられないですね」
少なくとも月に1度は寄席、ホール落語にも1、2度は足を運んでいる。
「寄席の帰りには飲んだりします。赤ちょうちんのカウンターで飲んだりしています。わりとどこでも1人で入れるタイプなので」
落語の余韻を肴(さかな)にする。演芸ファンのマストアイテムでもある月刊演芸情報誌『東京かわら版』も手放せない。そして、自宅でもBGM感覚で落語仕掛けの時を楽しんでいる。
「家でもずっと落語を流しています。料理をしている時とか掃除をしている時にも。文章を書く時にも流したりしていますね」
落語好きの源流は高校時代にさかのぼる。読書感想文の課題の数冊の中から、作家佐藤多佳子さんの落語を題材にした小説『しゃべれども しゃべれども』を選択。読了後、学校の図書館で落語のCDを借りた。その1枚が、今年没後50年を迎えた古今亭志ん生の代表演目『火焔太鼓』だった。落語に射抜かれたとしか思えないCD選択。南沢の今へと続く道は始まった。
通学時間は電車で約20分だった。車内で音楽を聴いている同級生を横目に、南沢が聴いていたのは落語だった。約20分で収まる噺(はなし)は多く、往復で2席を聴けた。
友達に話してもあまり興味は持ってもらえませんでしたね。通学電車の中で、ただ、ニヤニヤしていました」
以来、落語から離れたことはない。祖母と上野鈴本演芸場に行き、落語の後は立川談志や先代の三遊亭円歌も足しげく通った老舗鰻店「伊豆栄」で舌鼓を打ったり、立川談春師匠に舞台の演技をダメ出しされたり、蝶花楼桃花師匠の落語や生き方に関する考察など。落語をめぐる興味深い南沢の視点が、エッセーの一文一文に刻まれた。
「『落語案内みたいなエッセーを書いてもらえませんか』と編集者の方から依頼されました。書くのは好きで、書評とかを書くことが多いのですが、何かを題材にして書くのは初めてで、めちゃくちゃ楽しかったです」
作品は、新潮社の月刊誌『波』で連載。毎月の締め切りが待ち遠しかったという。そして、選りすぐりの22本が初エッセー集『今日も寄席に行きたくなって』に掲載されている。
「『寄席に行ってみようよ』と落語を聴いたことがない人の背中を押せればいいなと思って書いていました。『落語って楽しいよね』って共感していただけると思います」
多感な10代から親しんだ落語は、南沢の人格形成にも大きな影響を与えた。
「まず、性格が明るくなりますよね。落語を聴くと『いくら失敗してもいいんだ』『しくじってもいいんだ』とポジティブになるというか。落語を聴き始める前の私は逆のタイプでした。『失敗しちゃいけない』とか、『恥をかきたくない』というタイプ。落語をずっと聴いていたから、お芝居をする時にも、『ええい、やっちゃえ』という気持ちにもなれたし、普段の生活も楽しんで生きられるようになりました。いいことだらけですね」
高座に上がり、客前で落語を披露したこともあった。2011年2月、場所は東京・赤坂BLITZ。南沢は「子どもが出てくる噺をしゃべりたかった」との思いから、初高座で古典落語の『雛鍔』を選んだ。金銭の存在を知らない武家屋敷の若さまと家来のやり取りのまねをしたもののしまいには、地金が見えてしまう植木屋親子の様子を描いた滑稽噺。南沢はエッセーで「実はほぼ記憶がない。忘れているわけではない。気づいたら終わっていたのだ。そのくらい、無我夢中だった」と記している(筆者も、観客の1人でした)。
柳亭市馬(落語協会会長)にけいこをつけてもらい、「南亭市にゃお」という高座名も頂だいしている。
「(初高座は)二十歳(はたち)でしたね。取材などで『落語をやってみたい』とちょこちょこ言っていたら、演芸プロデューサーにお声がけいただいてやりましたけど、めちゃくちゃ、緊張しました。『簡単にやりたいとか言うもんじゃない』と思いましたね」
そう心に強く刻んだが、真打ち昇進直前の蝶花楼桃花(当時の春風亭ぴっかり☆)に口説かれ、昨年2月、東京・池袋演芸場の高座に上がった。
「二十歳でやった時より楽しくて、笑っているお客さまの表情が見えてホッとしましたね」
裏を返せた(=2度目ができたこと)ことを喜ぶが、次の高座は未定だという。
「(古今亭)菊之丞師匠から『一緒にやりませんか』とお声がけいただいたりしますが、『いやいや』という感じです(笑)」
前の所属事務所にスカウトされて始まった芸能生活。俳優生活も18年目に入った。2020年に完全独立。現在は個人事務所を切り盛りしながら仕事に向かっている。
「それまでは、マネジャーさんに『こんな仕事あるよ』と言われて、『お願いします』という感じでしたが、独立したことでちゃんと自分のやりたいこと、『どういう方向に向かって行くのかをはっきりさせないとやっていけない』という意識が強まりました。その頃から、『舞台をやりたい』とか『文章を書きたい』とか、わりとはっきり見えるようになって、『よし、やるぞ』ってなりましたね」
その結果、大きな成長の果実を手にした。
「ようやく今、すごく楽しいというステージに来ました。今もまだまだなんですけど、『全力で今できるベストを出す』みたいなところまで来たので、悔いも残さず、毎回、作品をやっています。共演者の中に落語好きな方がいるとうれしいです」
来年3月にはギリシャ神話悲劇『メディア/イアソン』(東京・世田谷パブリックシアター)で、女王メディアを演じる。壮絶なヒロイン像だけにハードな役作りが求められるが、南沢には落語がある。部屋中に落語を流しながら、落語国に遊ぶ。舞台同様、次の高座も楽しみに待ちたい。
□南沢奈央(みなみさわ・なお) 1990年6月15日、埼玉県生まれ。立教大卒。2006年にスカウトされ、芸能界入り。同年、BS-i『恋する日曜日 ニュータイプ』で主演デビュー。その後、数々のドラマ、映画、舞台に出演。落語の高座名は、柳亭市馬につけてもらった「南亭市(なんていいち)にゃお」。特技はピアノ、韓国語。164センチ。血液型O。