船で通勤、東京で定着する? 片道運賃500円の設定 ニューヨーク先行事例に成功のヒント

東京都内で10月25日から、日本橋と豊洲を結ぶフェリーの運航が始まった。既存の水上バス路線とは一線を画し、あえて帰宅ラッシュの夜に運航している。東京都が推進しているこの「舟旅通勤」事業、狙いとこれからの伸長に必要なものを、米ニューヨークの事例も踏まえて分析する。

日本橋乗り場に発着する「舟旅通勤」の船舶
日本橋乗り場に発着する「舟旅通勤」の船舶

都心の新しい移動手段として

 東京都内で10月25日から、日本橋と豊洲を結ぶフェリーの運航が始まった。既存の水上バス路線とは一線を画し、あえて帰宅ラッシュの夜に運航している。東京都が推進しているこの「舟旅通勤」事業、狙いとこれからの伸長に必要なものを、米ニューヨークの事例も踏まえて分析する。(取材・文=大宮高史)

 10月25日から運航を始めた日本橋~豊洲間のフェリーは、毎週火・水・木曜に午後4時台から午後8時台まで5往復、片道約20分のルートを運賃500円で運航する。乗り場は、日本橋側は南詰、豊洲側はアーバンドックららぽーと豊洲に隣接する場所にあり、電子チケットやキャッシュレスにも対応。日本橋を出ると神田川から隅田川に出て晴海運河を通って豊洲へ向かう。運航時間帯が主に夜間なので、東京の夜景を眺めながらの乗船が可能だ。

 この「舟旅通勤」事業は東京都都市整備局が推進してきたもので、過去にも複数のルートで試験的な運航を行ってきた。同局によると25日からの運航ルートに日本橋~豊洲が選ばれた理由は、運航事業者(運航実務を観光汽船興業が担い、三井不動産が協力)の選択によるものだった。

「豊洲は、働く人、住む人、商業施設などを訪れる人が多くいるまちであり、日本橋は、オフィス街であり、多くの就業人口を抱え、地下鉄駅も近く、乗換のアクセス性も高いまちです。この二つの地域をつなぐ新たな移動手段を提供することにより、各船着場周辺のまちづくりや地域活性化に寄与し、水辺のにぎわいを創出するものと考え、この航路と設定しました」というのが選定理由だ。

 都市整備局は「混雑や渋滞を回避しての移動といった新しい選択肢の一つとなり、身近な交通手段として定着することを目指しています」と舟旅通勤の狙いを説明している。鉄道・道路の渋滞や混雑がない、新しい交通手段としての定着を目標に、24年春には晴海~日の出ルートの開業も目指す。

 豊洲~日本橋間は鉄道では東京メトロ有楽町線と銀座線を乗り継ぐ必要があり、銀座一丁目駅(有楽町線)と銀座駅(銀座線)の間を地上に出ないと乗り換えられない(運賃はICカードで178円)。これに片道500円のフェリーは対抗できるか。

ニューヨークのフェリーは朝のラッシュにも活躍する
ニューヨークのフェリーは朝のラッシュにも活躍する

月島・豊洲の夜景を眺めながら快走!

 実際の様子を確かめに、運航開始後に日本橋乗り場から豊洲行きに乗船してみた。使われる船は定員41人、後方がオープンデッキ型の「アーバンランチ」と、小型の「リムジンボート」(定員11人)の2種類で、記者が乗船した便はリムジンボート。乗船方法は事前予約か、乗り場でのキャッシュレス決済のみで対応している。

 船は出発すると、首都高速の高架の下の日本橋川をしばらく航行して隅田川に合流。隅田川に出ると上空をさえぎる構造物もなく、下流に向かうと月島・豊洲の高層マンションのきらめく夜景が迫ってきて、眺めは抜群だ。時折明かりをつけた屋形船ともすれ違いながら豊洲の終点までは約15分で到着。小型のリムジンボートとはいえ船内の座席はソファのようなつくりで、電車・バスのラッシュのような閉塞感はない。

 乗り換えも含めて30分弱の地下鉄利用に対し、ワンコインで綺麗な夜景と着席保証がついてくるのなら、十分対抗できるように思われた。オープンデッキ付きの「アーバンランチ」なら、もっと開放的な眺望も楽しめそうだ。

 今後、果たして都の狙い通り需要を開拓し定着できるか、東京に先んじて河川交通が発達している都市ニューヨークの事例から考えたい。

ニューヨークの摩天楼を見ながら航行
ニューヨークの摩天楼を見ながら航行

アプリで決済、川岸をピンポイントに結んで人気のニューヨークのフェリー

 全米最大の都市ニューヨークは、実は水の都でもある。マンハッタン島を東側でイースト川、西側でハドソン川が挟み、対岸とは橋や地下鉄、そしてフェリーで結ばれている。

 この街で2017年から「NYC Ferry」のブランドでフェリーの運航が始まり、現在は7路線が運航中。マンハッタン区の中心街を発着点に、他4つの行政区(ブロンクス・クイーンズ・ブルックリン・スタテンアイランド)への路線が運航されている。

 フェリーの乗船方法はというと、「NYC Ferry」のアプリをダウンロードしておけばアプリ上でチケットを決済、QRコードをかざして乗船できる。乗り場の券売機で買うこともできるが、今年5月に記者がニューヨークで利用したときもアプリ利用のニューヨーカーの方が多かった。運賃はOne-way Pass、つまり片道が4ドルで、10回利用可能の回数券として使える「10 ride Pass」が27ドル50セント。運航時間は午前7時台から午後10時台まで、各路線1時間に1~2本の運航が確保されているし、アプリで時刻を確認することもできる。

 具体的にどんなエリアを運航しているのか? 最も大きなフェリーターミナルがあるマンハッタンのウォールストリート・ピア(ウォール街11番埠頭)乗り場は、ニューヨーク証券取引所などがあるウォール街まで歩いて数分。ここからはイースト川を渡ってブルックリン・クイーンズ・ブロンクスの各方面へ6路線が発着していて、昼でも夜でも船上からマンハッタンのスカイラインを眺められることも魅力だ。

 ニューヨーク市内には地下鉄も張り巡らされているが、地域や路線によっては治安が悪く、昨今ではホームレスや薬物中毒者が住みついていて市当局も地下鉄の治安維持に頭を悩ませている。治安面の不安から地下鉄ではなくフェリーを利用するニーズもある。

 さらに、ニューヨーカーに人気のベイエリアを選んで路線を伸ばしていることもこのフェリー網の強みでもある。ブルックリン方面へのフェリーが寄港するダンボやウィリアムズバーグは日本のガイドブックにも載っている人気スポットで、クイーンズ方面でも再開発されたロングアイランドシティからマンハッタンへフェリーだけで移動できている。

 もともと、こういった川岸の地域は工場・倉庫・造船所などで栄えていたのだが次第にそれらの産業が衰退し、70年代頃には荒廃してしまっていた。それを再開発で公園を整備し、トレンドを発信していく商業地として再生に成功した。新興の街同士をつないだことも、フェリー利用が定着した一因だろう。他にもハドソン川を渡って対岸のニュージャージー州へ向かうフェリーや、マンハッタンの南のスタテンアイランドへの路線も長年運航されてきた。

曜日・時間限定の運航はポテンシャルを活かしきれていない

 東京に視点を戻すと、10月新設のルートは、人口が急増している豊洲と都心の日本橋をつなぐ点で的確だ。地下鉄やバスだけではさばききれなくなりつつある需要を補完できるし、地下の駅まで上下移動する煩わしさからも解放される。豊洲の乗り場があるアーバンドック豊洲も「ドック」の名前の通りもとは造船所があった場所で、ブルックリンの川岸と歴史は似ている。ニューヨークと東京、フェリールートと目的・ルート選定は似通っていて、来春開設予定の晴海~日の出間の航路も、道路では迂回しなければならないルートを船でほぼ直線的に結ぶことができ、特に海側の利便性向上に寄与するだろう。ただ、夕夜間のみでかつ、曜日も限定という現行の本数の少なさは心もとない。

 本事業は「舟旅通勤」と銘打っているが、あえて通勤利用に絞らずとも、休日夜間の運航で行楽客にも知名度を広げる施策が先ではないだろうか。過去の試験運航では「両国―日の出―天王洲アイル」「豊洲―日の出―お台場」「日本橋―朝潮運河―日の出―お台場」「五反田―天王洲アイル」などのルートが設定されていた。お台場発着ルートならレインボーブリッジをくぐって豊洲や日本橋へ行けるのであるから、夜間でも観光ニーズを獲得できる可能性がある。

「混雑や渋滞を回避して移動できるだけでなく、景色や風を楽しみながら、ゆったりと快適に移動できる交通手段です。ぜひ、移動の選択肢の一つとして、多くの方々にご利用いただきたいと考えています」と東京都都市整備局は今後の狙いについて答えている。

 開発で多くのお出かけスポットが生まれている東京の湾岸部。フェリーには鉄道や道路で遠回りする必要がなく、景観を楽しめるメリットがある。新しい交通として定着するためには、都のサービス面でのさらなる積極的な攻勢を望みたい。

次のページへ (2/2) 【画像】人気のベイエリアに路線が伸びているのが特徴だ
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