「任天堂はものすごい会社」 40代元契約社員が見たトップ企業の現実、25年間の年収公開のワケ

「任天堂はものすごい会社でした」。契約社員として3年半、任天堂に勤め退職、フリーランスになった40代Xユーザーの投稿が大きな話題を呼んでいる。21歳のとき、ナムコでアルバイトから始め、スクウェア・エニックスを経て、任天堂に転職。そのすさまじいキャリアアップぶりはもちろん、25年間の年収を具体的な数字まで詳細に公開し、ゲーム業界の実態・実情も伝えた。投稿した三浦康一(@BunchoCG)さんに、投稿の意図と詳細を聞いた。

任天堂元契約社員の三浦さんは「凡人の私には地獄でした」と語った(写真はイメージ)【写真:写真AC】
任天堂元契約社員の三浦さんは「凡人の私には地獄でした」と語った(写真はイメージ)【写真:写真AC】

知られざるグローバル企業の実情「やっぱり才能の集まりなんですね」と話題に

「任天堂はものすごい会社でした」。契約社員として3年半、任天堂に勤め退職、フリーランスになった40代Xユーザーの投稿が大きな話題を呼んでいる。21歳のとき、ナムコでアルバイトから始め、スクウェア・エニックスを経て、任天堂に転職。そのすさまじいキャリアアップぶりはもちろん、25年間の年収を具体的な数字まで詳細に公開し、ゲーム業界の実態・実情も伝えた。投稿した三浦康一(@BunchoCG)さんに、投稿の意図と詳細を聞いた。

「任天堂はものすごい会社でした でも気安く人に勧める気にはなりません そこは超人と天才の巣窟だったからです 凡人の私には地獄でした おかげで自分には向いていないと気づいたし 別の方向を目指そうと決心ができました それが任天堂で働いて得た最大の成果です ですから目指して達成して諦めたことに 全く悔いはありません」

 7日、三浦さんがXに投稿すると、4万7000件のいいね、2500万回の表示回数を記録する大反響に。「やっぱり才能の集まりなんですね」「これだけの能力を持った三浦さんですら自らを凡人と言わしめる任天堂…」「世界レベルのクリエイト企業は桁違いですね」「3年前に辞めた者です。私は事務系でしたが、まさに超人天才だらけで劣等感半端なかったので共感しかありません」「任天堂に入れただけでもすごい」など多くの声が寄せられた。

 三浦さんは、なおも投稿で続けた。

「誤解が無いように繰り返しますが本当にすごく良い会社だと思いましたし職員のかたたちも素晴らしい人たちでした あのようなすごい製品が次々と生み出されることにも納得できました 貴重な経験をさせていただき心から感謝しています」

 さらに、自身のキャリアと年収についても赤裸々に公開。

「高校中退→大検→専門卒です どお?高い?安い? 子供が4人いるので貯金0です 借金けっこういっぱいです こっから人生巻き返すぜ~」

 初期のころは、書類紛失のため、正確ではない可能性はあるというものの、21歳のころ250万円だった年収は、任天堂への転職で1000万円を超えていることが分かる。ゲーム業界の実態が広く伝わる投稿となっている。

 なぜ、三浦さんは、このような投稿をしたのだろうか。

「何か強い動機があって書いたわけではなく、ぼんやりと思ったことを書いたのですが、反響が大きく驚いています。夢を持ってそれに向かって一生懸命取り組むことはすばらしいことだと思いますし、そういう人たちを応援したいです。ただ、努力だけではどうすることもできない壁というのはあると思います。向き不向きというか適正というか。私はこれまで私なりに精いっぱいやってきましたが、ものすごく優秀で、ものすごく意欲的な人たちと接することで、自分はこの業種には向いていない…と思ってしまいました。私の今回のポストに対するコメントで、『これを読んで任天堂を目指していたけどやめた』というコメントが散見されますが、そう思う人には向いていないんだと思います。逆に『ますますやる気が出た』というコメントもあり、そう思う人には励みになれたのかなと感じました。

 私はこの体験で一つの目標を達成でき、そして次の目標を見出すことができました。そのことに気づかせてくれた任天堂と、そこへチャレンジした自分に対する『感謝』の気持ちが一番大きいです。読んだ人に後ろ向きに捉えてほしくなく、私なりの前向きなメッセージとして捉えていただけるとうれしいです」

 三浦さんの職種は、3DCGデザイナー。「主にゲーム中の背景を作っていました。リードやマネジメントも経験しました」と、ゲーム業界で豊富な経験を誇る。有名大学を出ていなくても、専門性を磨いてスキルを習得すれば、任天堂で働くことができるという体験談は、ゲームが好きでいつかはこの業界で働きたいと夢を持っている若者や学生に、大きな希望を与えた。

21歳からの年収推移を公開したワケ ゲーム業界の待遇改善に一石を投じる狙いも

 年収を公開した理由については、「業界や会社の給与の情報ってなかなか表に出てこないですし、同僚の間でもそういう話ってしないですよね。お金の情報ってみんな知りたいのかな? と思いまして。私はもう就職するつもりはないので、特に隠す必要もなく公開しました」と説明。「感謝のコメントを多くいただけたのでお役に立てたのかなと思っています。みんなが公開すれば、給与が安い会社さんは優秀なスタッフを確保するために給与を上げざるを得なくなるので、みんな公開しませんか?(笑)」と、待遇改善に一石を投じる狙いもあったことを示唆した。

 退職した現在はYouTuberとフリーランスのCGデザイナーとして活動。「最近はメタバースのお仕事に注力しています。学生向けのワークショップやイベントでの登壇などもしています」と、さらに活動の幅を広げているという。

「まだ自分が何をするためにこの世に生まれてきたのか分かっていません。とりあえず億万長者になりたいです。自動車が好きなので、スーパーカーが並んだ家に住み、毎日ドライブと洗車をする生活がしたい」と、野望を掲げる。

 一方で、順風満帆でエリート街道を歩んできたわけではないとの思いも。

「幼少のころから生きづらさを感じています。高校も嫌で中退しました。娘も2人不登校で苦しんでいましたし、いまも生きづらそうにしています。そういう現代の社会とうまくマッチできなくて苦しんでいる人たちの力になりたいと思っています。自由に楽しく生きて、次々と夢をかなえていく姿をリアルタイムで伝え、励みになれたらいいなと思って活動しています」と、弱者に寄り添う活動を継続していきたいと誓う。

 投稿が大きな話題になったことについては、「フォロワーさんがたくさん増えてうれしいです。アカウントが収益化されて、収益も発生しました。いいねや拡散してくださった方に感謝しています」と笑顔。「フォロワーさんが増えて反響が増えるということは、共感や応援してくれる人が増えていることだと思います。もっともっと多くの人が、ポジティブで軽やかに生きれる世界になるように貢献していきたいです。応援をよろしくお願いします」と、結んだ。

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