クマと人間の共存は可能か? 2年後さらなる大出没も…50年来の研究者が語るクマ問題の真相
全国各地でクマによる被害が相次いでいる。今月1日、環境省はツキノワグマやヒグマによる人的被害の状況について発表。全国の人身被害は10月31日時点で180人に上り、記録がある2006年以降では20年度の158人を上回り過去最悪となった。特に被害が深刻な秋田県では被害者が60人を超え、市街地での被害も多数報告されている。この先、人間とクマが共存していくことはできるのか。50年近くにわたってツキノワグマの調査を続ける日本ツキノワグマ研究所の米田一彦所長に、日本列島に起きている異常事態の真相を聞いた。
全国の人身被害は180人に上り、記録がある2006年以降では過去最悪に
全国各地でクマによる被害が相次いでいる。今月1日、環境省はツキノワグマやヒグマによる人的被害の状況について発表。全国の人身被害は10月31日時点で180人に上り、記録がある2006年以降では20年度の158人を上回り過去最悪となった。特に被害が深刻な秋田県では被害者が60人を超え、市街地での被害も多数報告されている。この先、人間とクマが共存していくことはできるのか。50年近くにわたってツキノワグマの調査を続ける日本ツキノワグマ研究所の米田一彦所長に、日本列島に起きている異常事態の真相を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)
米田氏は1948年、青森県十和田市出身。秋田大学教育学部を卒業後、秋田県立鳥獣保護センターや秋田県生活環境部自然保護課に勤務、県庁職員としてクマ対策に当たってきた。86年、38歳のときに秋田県庁を退職し、当時被害が深刻だった西日本のクマ調査に携わる。その後、01年に広島県でNPO法人「日本ツキノワグマ研究所」を設立。以来東北から西日本まで全国各地でツキノワグマの生態調査を続けている。
「まず知ってほしいのは、クマと人間の関係は時代や地域によって全く実情が異なるということです。古い新聞によれば、明治から戦後まで農村部では野生動物が貴重なタンパク源で、毛皮やクマノイ(漢方薬になる胆のう)も高値で売るため、今とは反対に人間が村人総出でクマを襲う時代でした。戦後一度は絶滅しかけ、徐々に回復したものの利用は続き、2000年頃からようやく保護の時代に移行。10年頃から個体数が増加に転じ、15年頃からは再び駆除の時代に入っています。
また、西日本では山と集落が入り組んでおり、人とクマの距離が近いために被害が多かった。ただ、個体数は多くないので保護する必要もあって、奥山放獣といって捕獲したクマを山奥に放ったり、集落全体を電気柵で囲うなどの対策を行ってきました。一方、東北は山が深く、正確な調査には限界があった。長年にわたって、個体数を過小評価し続けてきてしまったのではと思っています。やがてクマが増え、若いクマが高齢化で人の手が入らなくなった里山に生息域を広げて行きました。正確な数は分かりませんが、20世紀末と比較すると4~5倍になっているのではと思います」
クマの出没には多い年と少ない年が存在する。エサとなるブナなどのドングリ類の豊凶と関係があるとされているが、それにしても今年の被害者数は異常だという。いったい何が起こっているのだろうか。
「ドングリ類の凶作は一つの要素だとは思いますが、それがすべてということはできない。
私はイノシシなど他の野生動物の増加と、温暖化や台風の影響があるのではないかと見ています。75年の環境庁調査では福島県南東部にしかいなかったイノシシが東北全域にまで広がってきている。クマは木に登ってドングリを食べますが、台風で実が落ちるとイノシシとエサの取り合いが起きる。今年に限って言えば、7月に秋田で大規模な水害がありましたが、あれにより夏のエサとなる昆虫や液果(山に自生する果実の一種)の生育に影響が出た可能性もあります」
クマ被害は季節によっても様相が異なる。通常、夏の間は人間が山に入ることで被害が起こるが、秋はクマが里に下りてくることで発生する。それも、季節が深まるにつれて深刻化する傾向にあるという。
「クマは共食いをします。自身の遺伝子を残すため、子グマを殺してメスの発情を促すためと言われています。このためドングリ類が凶作の年に大きなクマが動くと、里山に定住する母子クマや若いクマは強いオスを恐れて人里に押し出されてくる。9月には1メートルほどの若いクマ、10月には母子クマ、11月になると大きいクマというように、徐々に出てくるクマも大型化するため、重傷化する割合も高まってきます。また、食糧の確保も困難になってくるため、ときに民家にまで入り込むようなケースも起こってくるでしょう」
クマと遭遇した場合にとるべき行動は?
平地で雪の降り出す時期まで、これからさらに深刻化が予想されるクマ被害。もし、市街地でクマと出くわしてしまった場合にはどのような行動を取ればいいのか。米田氏は「山と街では対応はまったく異なります」と話す。
「山にいるクマは逃げ場があるから基本的にはおとなしい。私はこれまで無数のクマに遭いましたが、人間に気づけば向こうから逃げていくことも多いので、クマ鈴で存在を知らせてあげたり、見かけてもゆっくり後ずされば追いかけてくることはありませんでした。ただ、街に出たクマはまったくの別物です。身を隠す森林のない街中ではクマは常に興奮状態で、動くものが視界に入れば誰彼構わず襲いかかってくる。最悪なのは背を向けて逃げること。また、立ったままだとクマは頭部を狙ってくるので、ゆっくりと物陰に身を隠す、それができなければその場で伏せて頭や首を腕で覆ってください。いわゆる『死んだフリ』という方法と同じ形です。ただ、これはツキノワグマに限った対処法。北海道のヒグマは攻撃性が高く、死んだフリは絶対にやってはダメという研究者もいます」
50年近くにわたってツキノワグマを研究してきた米田氏だが、この先のクマと人との関係性については悲観的な見方を崩さない。
「年間に180人も襲われる、こんなに悲しくて恐ろしいことはありません。私も研究者として、20世紀までは保護に尽力してきた。しかし、クマの繁殖力がここまで強かったとは思い至らなかった。今でも人を襲ったクマ以外はなるべく殺したくない、何とか助けてあげたいという思いは、私を含め研究者全般から聞きますし、遺伝子分析で加害グマの特定も行っています。ただ、奥山放獣では43%は現場に戻ってきてしまい、5年ぐらいで人の怖さを忘れてしまうんです。
絶滅の恐れのある地域では奥山放獣も必要でしたが、中国地方でも増加に転じており、今後は駆除、狩猟の再開が必要になっている。また、長野以東の生息状況も安定しており、毎年知事によって一定の上限が決められた捕殺は認められている。私は2年後の25年に、今年以上の大出没が起こると予想しています。北東北では、今やクマに人が押し負けているのです」
時代の流れとともにいつしか形勢逆転した人とクマとの関係性。今後は我が身を守るため、駆除もやむを得ない時代に突入している。