松尾スズキが今、「演劇界に強い危機感を持つ」ワケ「新たな才能が育っていない」

生誕60年を記念した個展「松尾スズキの芸術ぽぽぽい」(12月8日~15日まで、東京・青山のスパイラルホール)を開催する松尾スズキ(60)。演出家、小説家、エッセイスト、脚本家、映画監督、俳優などマルチな活躍を見せる松尾は、今、「演劇界に強い危機感を持っている」と話す。

学生時代には画家を目指していた松尾スズキ【写真:ENCOUNT編集部】
学生時代には画家を目指していた松尾スズキ【写真:ENCOUNT編集部】

昨年12月に60歳、12月には初の個展を開催

 生誕60年を記念した個展「松尾スズキの芸術ぽぽぽい」(12月8日~15日まで、東京・青山のスパイラルホール)を開催する松尾スズキ(60)。演出家、小説家、エッセイスト、脚本家、映画監督、俳優などマルチな活躍を見せる松尾は、今、「演劇界に強い危機感を持っている」と話す。(取材・文=平辻哲也)

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 昨年12月に60歳を迎えた松尾にとって、今年は還暦イヤー。その総決算が、250点以上の絵画、イラストを集めた初の個展といえる。絵は自粛を強いられたコロナ禍の2020年に再開した。松尾は幼少期には漫画家を志したこともあり、鬼や妖怪に似たユーモラスな作品が多い。

「自分はこういう人間だっていうことを分かってほしい部分と分かって欲しくない部分が葛藤しているカオスがこの個展かな。自分の個展が開けるのは、天国のようでもあるし、地獄のようでもある気がしています」

 画家は学生時代にそもそも松尾が目指していたもの。それが紆余曲折を経て、演劇界に入り、60歳の今、夢を叶えるのだから、人生は分からない。

「自分は絵が好きだから、美大に行こうとしてたんですけど、高校に美術課程がなくて、学校推薦してもらったのに落ちたんです。こんなことあるのか、と思ったんですけど、それでも、一生懸命独学で勉強して、なんとか入ったんです」と振り返る。

 入学したのは福岡にある九州産業大学芸術学部デザイン学科だった。

「九州の美大は1校しかないので、集まってくる学生たちはめちゃくちゃうまいんですよ。そこで、自分の絵のレベルの『井の中の蛙』感を味わった頃に、演劇に出会ってのめり込んだんですけども、結果的に考えてみたら、それが良かったのかもしれません。絵画は自分にとって、挫折というべきものですけど、挫折してよかったかな、と思っているんです」

 美大出身者でも、個展を開ける画家は数少ない。しかも、会場は大規模なアートイベントを行っているスパイラルホールだ。若き日の挫折をバネに再び才能を開花したのは、コロナ禍という演劇界での最大の逆境をチャンスに生かした松尾の努力の賜物というべきだろう。

「『松尾スズキ』という名前があっての、カッコ付きの画家だとは思いますが、多くの同級生はもう絵も描いていないかもしれないです。そういう意味では、自分はカメの歩みでしたけど、『追いついて追い抜いたぜ』みたいなところがありますね」

昨年12月に還暦を迎えた松尾スズキ【写真:ENCOUNT編集部】
昨年12月に還暦を迎えた松尾スズキ【写真:ENCOUNT編集部】

昨年12月に還暦「無事にここまで生きてこれたのはめでたいんだと」

 昨年12月に還暦を迎えた気持ちはどうだったのか。

「思ってたより周りの人が『おめでとう』と言ってくれ、お祝いしてもくれる。やっぱり大きなことなんだと思います。自分事で考えると、60歳になる前に死んでしまった友達、知人、先輩も少なくない。無事にここまで生きてこれたのはめでたいんだとは素直に思えた年でした」。主宰する「大人計画」の役者たちからは赤いバスローブをプレゼントされ、大切にしているという。

 画家という肩書きのほかに、今年4月には京都芸術大学の舞台芸術研究センター教授にも就任した。

「月1回、学生に教えているのですが、教授が講師とどう違うのかは全然分からないんです。ただ、自分の経験としていいかと思っています」

 大学ではオーディションで選んだ12人の生徒と芝居を1年かけて作ろうとしている。学生にとっては貴重な体験と言えるだろう。

「立ち方、発声、本読みまで何でもやっています。生徒がどれだけ貴重と思っているかは分からないですが、自分にフィードバックがあります。今までは理論的なことは全く考えずに演劇をやってきたわけですが、何も分かっていない人たちとやる場合は、しっかり方法論がないとダメなんだと気づきました。こうした経験は自分が演出する時にも生かされるんじゃないかと思います」

 コロナ禍を経て、演劇界に強い危機感を抱いている。シアターコクーン芸術監督でもある松尾は、来年4月から「コクーン アクターズスタジオ」を開講し、1年かけて若手の俳優と新たな演劇を作る計画もある。

「演劇が徐々に落ち込んでると思うんですよね。お客さんも減っているという話も聞きますし、みんな、演劇のネット配信にも飛びついていったじゃないですか。それもなんか一つの娯楽のあり方だろうけど、新たな才能を持った舞台俳優がちゃんと育ってないんじゃないかと思っています。だから、新たな俳優たちと出会いたいという思いが強いんです」。画家という経験は演出家としての仕事にも新たな刺激を生み出しそうだ。

■松尾スズキ(まつお・すずき)1962年生まれ。福岡県出身。1988年に大人計画を旗揚げ。13年には、作画・文章ともに描き下ろしたオリジナル絵本『気づかいルーシー』を刊行。『命、ギガ長ス』(19)では作・演出・出演に加え、舞台美術も手がけ、『ツダマンの世界』(22)ではメインビジュアルのイラストも担当。『ファンキー!~宇宙は見える所までしかない~』(96)で第41回岸田國士戯曲賞、映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(07)で第31回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、『命、ギガ長ス』(19)で第 71 回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞。小説『クワイエットルームにようこそ』、『老人賭博』、 『もう「はい」としか言えない』は芥川賞候補に。主演したドラマ『ちかえもん』は第71回文化庁芸術祭賞ほか受賞。20年よりBunkamuraシアターコクーン芸術監督、23年より京都芸術大学舞台芸術研究センター教授に就任。

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