ボーイズラブ翻訳家、韓国BLは「選び放題」 小学生の娘には内緒で仕事「絶対見ちゃダメ」

男性同士の恋愛模様を描く「ボーイズラブ(BL)」作品は、日本だけでなく韓国や中国、タイなどでも人気を博している。11月1日発売のBL小説『ハーフライン』(マンゴーベア著/すばる舎)は韓国の作品が原作。韓国の電子書籍プラットフォームRIDIBOOKS「2019年BL小説大賞」で最優秀賞を受賞したことで知られている。日本では電子版が配信されてきたが、配信中の分冊版1話~13話(チャプター01~08)をまとめた書籍版が第1巻として発売される。今回、『ハーフライン』の日本語翻訳を担当し、「ウェブトゥ―ン」のBL漫画の韓日翻訳を2000話以上手掛けてきたBL翻訳家の加藤智子さんに、訳し方のこだわり、韓国BLの特徴などを聞いた。以下、インタビュー後編。

『ハーフライン』の書影【写真:すばる舎提供】
『ハーフライン』の書影【写真:すばる舎提供】

分かりやすさを重視し“親族呼び”を日本語にしない判断

 男性同士の恋愛模様を描く「ボーイズラブ(BL)」作品は、日本だけでなく韓国や中国、タイなどでも人気を博している。11月1日発売のBL小説『ハーフライン』(マンゴーベア著/すばる舎)は韓国の作品が原作。韓国の電子書籍プラットフォームRIDIBOOKS「2019年BL小説大賞」で最優秀賞を受賞したことで知られている。日本では電子版が配信されてきたが、配信中の分冊版1話~13話(チャプター01~08)をまとめた書籍版が第1巻として発売される。今回、『ハーフライン』の日本語翻訳を担当し、「ウェブトゥ―ン」のBL漫画の韓日翻訳を2000話以上手掛けてきたBL翻訳家の加藤智子さんに、訳し方のこだわり、韓国BLの特徴などを聞いた。以下、インタビュー後編。(取材・構成=コティマム)

『ハーフライン』は、韓国サッカー界のエースで女癖の悪いキム・ムギョンが、とある出来事をきっかけに新人コーチのイ・ハジュンとセックスパートナーになるという物語。スキャンダル対策のために男性をパートナーに選んだムギョンだが、無意識のうちにハジュンへの特別な感情や嫉妬が芽生える。また、ムギョンにひそかな恋心を抱くハジュンも、割り切った関係を受け入れながら葛藤する。2人の心の揺れ動きや、濃厚な“絡みシーン”も見どころだ。

 同作の翻訳を担当した加藤さんは、韓国人の夫と小学生の娘さんと韓国で生活。翻訳の仕事をするにあたり、韓国の習慣や文化を再確認するとともに、「日本語で読んだときの違和感」がないように気をつけているという。

――翻訳の過程で、ご主人や韓国の仲間に相談することはありましたか。

「日常生活で使う言葉や習慣は、私も体感的に分かることが多いです。ただ、『海外』という言葉を訳したときは、夫に確認しました。韓国語の『ヘウェ』は『海外』という意味で、編集部さんから『島国じゃないのに海外って言うんですか』と質問されて……。私も普通に使っていて分からなかったので、夫に『島国じゃないけど、海外という言葉に違和感はない?』と確認しました。『普通に言うよ』とのことだったので、使いました」

――ムギョンとハジュンの2人が、会話中も行為中もお互いをフルネームで「キム・ムギョン」「イ・ハジュン」と呼び合っていました。日本ではあまりないかなと。

「そこは、大事なポイントです。韓国では、友人同士でも恋人同士でもフルネーム呼びは普通にあることで、『フルネームだからよそよそしい』ということはありません。むしろ、そこから呼び名が変わると“ズキュン”と萌えるという(笑)。本来は、読み手もそこでキュンとなります」

――フルネーム呼びの習慣が分かっていれば、そこも“萌えポイント”なのですね。

「中国や韓国では、血のつながりのない人でも、先輩や仲のいい年上の人を『お兄さん』や『お姉さん』と親族の名称で呼んで、親しみを表します。今回も物語の中で、ハジュンが尊敬している先輩のチェフンさんという男性が登場するのですが、実は親族呼びの習慣がポイントになっています」

――チェフンが登場したことで、ムギョンは無意識に嫉妬にかられていましたね。

「それには理由があって、原作でハジュンはチェフンのことを、親しい年上男性を呼ぶときに使う『ヒョン』をつけて、『フニヒョン=フニお兄さん』と呼んでいます。これはかなり親しみをこめた呼び名で、仲の良さや距離感が伝わります。だから、ムギョンは2人の仲を疑って嫉妬するのですが、日本語では親しみをこめた相手のことを『◯◯お兄さん』と呼ばないので、そのまま訳すのには抵抗がありました。でも前後の状況や会話の内容から、ムギョンが嫉妬するに足る描写も十分なされているし、解説や説明を入れると雰囲気が壊れるので、解説は入れず、『お兄さん』も使わず、『チェフンさん』『フニさん』と訳しました」

――日本語として、違和感がない訳し方を選んだということですね。

「そうですね。フルネームも親族呼びもその国独特の呼び方で、そこが“萌えポイント”なのですが、日本にそういう文化がないから、日本語に訳した時に“萌え感”が減少してしまうのがもどかしいです。この“キュン”を、ド直球で伝えられればいいのですが、私は日本語の違和感を抑える判断をしました。日本人が読んだときに抵抗がなく、自然で分かりやすいことを重視しています」

娘に原稿を隠しながら翻訳「絶対見ちゃダメだよ」

――日本でも人気の高いBL作品ですが、韓国BLの特徴などありますか。

「韓国でもすごい人気で、日本と同様、情熱的なファンが多いです。ただ、日本に比べて年齢制限が厳しいので、一般の書店で見ることはないですね。ソウルにあるアニメイトでは、韓国語に訳された日本の作品もたくさん売っています。日本ではきゃしゃで細身の男性キャラクターが登場しますが、韓国BLはキャラクターの体つきが違いますね。筋肉質で肩幅があってガッシリ系。『ハーフライン』もサッカー選手だから肉質がっちりですし。そういう系が好きな人にとって、韓国BLは選び放題です(笑)」

――お子さんは小学生とのことですが、加藤さんがBL翻訳をされていることは知っていますか。

「翻訳のことは知っています。今回小説を訳したことで訳者として名前が載ったので、『本に名前が載るんだよ』と言ったらすごく喜んでくれて。『でも、まだ読んだらいけないから、大きくなったら読んでね』と伝えています(笑)。BLという世界もまだ知らないので、『サッカーのお話だよ』とは言いました(笑)」

――私も子どもに隠れて、挿絵を隠しながらこっそり読みました(笑)。訳しているときにお子さんが部屋に入ってくることはないですか。

「今は、『これからお仕事だからお部屋に入らないでね』と言ったら守ってくれる年齢になったので、ドキドキハラハラすることはなくなりました(笑)。でも、ちょうど1巻のゲラを受け取ったのが夏休み中で子どもが家にずっといたので、パソコン画面が見えないようにしたり、原稿を高いところに置いたり。『絶対見ちゃダメだよ』と伝えてましたね(笑)」

――今後、BL翻訳家として目指すところは。

「元の作品が素晴らしいのに、訳のせいで読者が離れたらもったいない。責任重大な仕事です。BLだけでなく、女性向けの男女の恋愛もの、男性向けの男女の恋愛ものなど、日本のいろんな漫画を読んで、オノマトペ(擬音語、擬態語)の表現を学んでいます。同じ“行為のシーン”でも、恋愛対象や読み手の属性で刺激するワードが違います。そこを考えながら、読者が読んでときめく、先をもっと読みたくなる文章に寄せていきたいです」

 電子版では書籍版第1巻の続きも配信中。さらに本編後のムギョンとハジュンを描いた外伝も配信予定。

□加藤智子(かとう・ともこ)大阪外国語大外国語学部国際文化学科日本語専攻(専攻語:朝鮮語)卒。2018年にウェブトゥーン翻訳を中心に韓日翻訳の仕事を開始。翻訳済みウェブトゥーンは4000話以上。その約半数がBL作品。「ボイスル第1回ウェブトゥーン翻訳コンテスト韓国語→日本語」の優秀賞受賞。

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