就職・転職先として人気化する「大学」の現実 40代で年収1000万円も…元職員「深刻な少子化で厳しい職場になる」と警鐘
大卒の就職状況で売り手市場が続く中、就職先の個別動向を見ると「大学職員」が人気だった。慶応大の2022年度就職先を見ると、1位は「慶大」の90人、2位は「アクセンチュア」の86人、3位は「楽天グループ」の79人。早稲田大も同年度は本田技研、住友商事、ゆうちょ銀行、日本郵船と並び、全学で11人が「早大」を就職先に選んだ。なぜ、大学職員が人気なのか。元大学職員で、『大学職員のリアル』(中公新書ラクレ刊)などの著書がある追手門学院大客員教授の倉部史記さんに、その理由と現実を聞いた。今回は前編。
慶大の初任給は月給21万5000円、賞与は年3回計6.4か月の好条件
大卒の就職状況で売り手市場が続く中、就職先の個別動向を見ると「大学職員」が人気だった。慶応大の2022年度就職先を見ると、1位は「慶大」の90人、2位は「アクセンチュア」の86人、3位は「楽天グループ」の79人。早稲田大も同年度は本田技研、住友商事、ゆうちょ銀行、日本郵船と並び、全学で11人が「早大」を就職先に選んだ。なぜ、大学職員が人気なのか。元大学職員で、『大学職員のリアル』(中公新書ラクレ刊)などの著書がある追手門学院大客員教授の倉部史記さんに、その理由と現実を聞いた。今回は前編。(取材・文=鄭孝俊)
「最初に補足しますと、『慶大』の90人ですが、うち68人は湘南藤沢キャンパスの看護医療学部出身者です。これは慶大病院に医療職として就職している人が多いのかもしれませんし、薬学部からも7人が慶大に就職しています。こちらも同じく慶大病院の可能性が高いですね。ただ、これらを引いても毎年10数人が慶大の事務職員として就職している計算になるので、人気の就職先であるのは間違いないです。他大学でも、例えば日大では34人が新卒として母校に就職。母校の職員を目指す学生は以前より増えている印象です。私立大ほど母校への就職は多くありませんが、国立大の職員もなかなかの人気です」
倉部さんはこう前置きした上で、「国内の大学が優秀な人材獲得のために活発に動いています」と言った。
「各地域で転職フェアが開催されていますが、愛知県の会場では目玉出店企業5社のうち2社が名城大などの大学です。これが東京・新宿会場だと5つある目玉企業の日本航空や公務員の中に『学校法人早稲田大学』が入っています。早大が有名企業と肩を並べるように中途採用の職員を積極的に募集しているのを見ると、新卒、中途採用いずれでも大学職員の人気は高まっているように思います」
就職先としての大学職員はどのような魅力があるのだろうか。
「さまざまな動機があると思いますが、特に私立大の場合は『母校愛で』という方も多いですね。大学職員自体の安定性、待遇、福利厚生が意識されているのも間違いありません。職員になって体育会系の部長やコーチを目指す人も多いです。また、慶大ですと、海外に多くの付属機関や研究センターを持っているので、国際交流に関心がある学生には『グローバルな業務ができる』『世界を相手にした高度な仕事ができる』といった期待をされる方もいるのではと思います。こうして新卒で大学職員になり、叩き上げでキャリアアップし、『将来はこのような業務に関わりたい』という学生は多いと思います」
慶大が公表している24年度事務系専任職員採用(新卒・卒後3年以内既卒)の事務系専任職員の募集要項を見ると、勤務時間は午前8時30分から午後5時(週実働37.5時間)。初任給は大学学部卒で月給21万5000円(22年度実績)、修士修了は同22万3200円(同)。賞与は年3回あり計6.4か月程度。完全週休2日制で、創設者の福沢諭吉の誕生記念日となる1月10日と開校記念日の4月23日も休暇となる。年次有給休暇は1年目就任6か月後10日、2~3年目14日、4年目以降21日。夏季と冬季の季節特別休暇が年間9日となっている。倉部さんは「慶大職員の待遇は良いですね」と評価する。
一方、倉部さんは新卒で大学職員になるリスクも指摘する。
「今や大学は転職先としても人気です。最近は民間企業で鍛えられてきた人材もどんどん転職して、例えば慶大、早大に中途採用で入ってくるわけです。そうすると、新卒で長年努力を積み重ねてきたとしても、必ずポストがもらえるわけではありません。現時点では、大学職員は仕事が楽で安泰、クビにならない職場というイメージがある程度当てはまるケースもあります。しかし、深刻な少子化の影響で厳しい競争になるという事実は意外と意識されていません。それと、入学難易度のランキングと大学の経営状況は必ずしも一致していないことがよくあります。例えば、難関国公立大は受験では大変ですけど、 個々の職員の給与を調べると、そこまで偏差値の高くない私立大の職員の方がはるかに高待遇というケースはよくあります。国立大の職員は元々公務員だったので、『安くはないけどべらぼうに高くもない』という感じでしょうか。経営が順調な中堅私大の中には40代で年収1000万円を超えるような方もいます。また数百億、中には1000億円以上の資産を運用して利益を出している大学もあります。こうした大学は少し赤字になった瞬間があったとしても、全体として経営は安定しており、そう簡単にはつぶれません」
大学職員を目指すとしても、見極めが必要ということのようだ。では、大学側はどのような人材を求めているのだろうか。
「中途採用も増えていますが、学生と年齢が近い若手職員ならではの強みもあります。多くの大学は今後も新卒の募集に力を入れるでしょう。大学は基本的に非営利組織ですから、利益の最大化が目的ではありません。その大学が掲げる教育理念を安定的に何十年、何百年続けていく、というのが経営の目的です。そういうミッションを分かった上で組織の維持、発展に尽くせる人材を求めるということになるでしょう。ただ、求める人材に変化も見られます。教育、研究の中心は教員ですので、これまでの事務職員には『コツコツと教員を支えて事務手続きをつつがなくこなせるサポート上手で真面目な人たち』というタイプが多かったと思いますが、今後はそれだけではダメになってきます」
その最大の理由は少子化によるマーケットの縮小。倉部さんは「東大、早慶、MARCHなどの有名校もその影響から逃れることは難しい」と指摘している。(※後編に続く)
□倉部史記(くらべ・しき) 日本大理工学部建築学科卒、慶大大学院政策・メディア研究科修士課程修了。放送大教養学部卒。青山学院大社会情報学部「ワークショップデザイナー育成プログラム」修了。桜美林大大学院国際学研究科大学アドミニストレーション専攻(通学制)科目等履修で8単位取得。企業広報のプロデューサー、私立大専任職員、予備校の総合研究所主任研究員および大学連携プロデューサーなどを経て、現在はフリーランスとして活動。追手門学院大客員教授、「WEEKDAY CAMPUS VISIT」認定パートナー(NPO法人LEGIKA)、三重県「県立大学の設置の是非を検討するための有識者会議」有識者委員、「朝日中退予防ネットワーク」委員、高大接続領域ファシリテーター、三重県立看護大高大接続事業外部評価委員、主体的学び研究所フェロー、文部科学省「教育と研究の充実に資する大学運営業務の効率化と教職協働の実態調査」有識者委員、同「大学教育再生加速プログラム(入試改革・高大接続) 」ペーパーレフェリーなどを歴任。