オダギリジョー、師匠は故・鈴木清順監督 「プロなんだから自分で考えなさい」に学び
宮沢りえ主演の映画『月』(公開中、脚本・監督石井裕也)は今秋公開で最大の問題作だ。原作は、2016年7月に神奈川県立の重度障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件をモチーフにした辺見庸の同名小説。宮沢の夫・昌平役を演じたオダギリジョー(47)はどんな思いで役に臨んだのか。
宮沢りえとは7年ぶり共演「少しでも支えになればと思っていました」
宮沢りえ主演の映画『月』(公開中、脚本・監督石井裕也)は今秋公開で最大の問題作だ。原作は、2016年7月に神奈川県立の重度障がい者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件をモチーフにした辺見庸の同名小説。宮沢の夫・昌平役を演じたオダギリジョー(47)はどんな思いで役に臨んだのか。(取材・文=平辻哲也)
映画は、文学ならではの表現で描かれた小説を大胆に改変し、重度障がい者施設で新たに働くことになる元有名作家、堂島洋子(宮沢)の視点で描いている。オダギリの役は、洋子を支える人形アニメ作家の夫、昌平だ。
劇中、絵が好きで心優しい青年「さとくん」(磯村勇斗)は重度障がい者との交流を通じて、独自の正義感が芽生え、使命感から入所者の命を奪う。恐ろしい計画の兆しを感じた洋子は言葉で、昌平は暴力を持って対抗しようとするが、事件は止められない。「さとくんの描写が緻密なため、そこに間違った共感を持つ人もいるかもしれないという危険性も感じた」との感想を告げると、オダギリは静かに言った。
「この作品は、僕だけでなく、キャスト全員、さらにはスタッフ、監督を含め、覚悟を持たなければ対峙できないものでした。誰もが強い覚悟と責任をもって参加していました。僕自身、この作品を通して、『さとくん』のような存在に自分もなり得るという恐怖や不安を強く感じました。それがこの作品を簡単には消化できない、また、簡単には言葉で説明できない深さを持たせているんじゃないかと感じています」
石井監督とは『舟を編む』(2013年)、ドラマ『おかしの家』(15年)、『茜色に焼かれる』『アジアの天使』(21年)に続くタッグで、初めから信頼関係はできていた。
「石井さんからは『演じてもらいたいものは“希望”です』といった言葉をいただきました。脚本を読んで、監督の覚悟ややろうとしていること、やるべきことを理解できたので、細かく話をする必要性は感じませんでした。ただ、石井さんを知っているからこそ、このテーマ、この作品に取り組む現場、その重み、精神面の負担については心配しました」
宮沢とは『湯を沸かすほどの熱い愛』(16年)で夫婦役を演じて以来の共演となった。主人公夫婦は、ともに表現者だ。昌平は、先にデビュー小説で作家としての成功を収めた洋子を「師匠」と呼ぶ。
「自分も表現者としての一面があるので、本作のキャラクターたちの言動や感情には、共感を覚えました。2人ともモノづくりをしながら、生活のために別の仕事もして、お互いを支え合っている関係性は非常にリアルに感じました。宮沢さんは役に集中されていたので、共演者として、夫役として、少しでも支えになればと思っていました」と振り返る。
オダギリにとっての「師匠」とは
オダギリが個人的に「師匠」と感じる存在は誰か。
「いま思い浮かぶのは(『オペレッタ狸御殿』の)鈴木清順監督ですね。清順さんの『プロなんだから自分で考えなさい』というスタンスはとても勉強になりました。何を聞いても答えを教えてくれないので、みんな必死になって考えるんですよね。それが監督の狙いだったんだろうと思います。監督の“居方”も含め、いろいろと学んだ部分は多かったです」
柄本明主演の映画『ある船頭の話』や池松壮亮主演のNHKドラマ『オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ』シリーズでは脚本・監督を手掛けているが、オダギリ自身は俳優に「考えなさい」とは言わないのか。
「言わないですね(笑)。もちろん、みんなが自分なりの答えを持って臨んでくれるのが望ましいですが、僕も俳優だから、同業者として伝えやすいんですよね。軽くやってみせることもできますし。石井監督は、細かく演出するということはあまりないですが、『一緒に答えを探そうよ』と寄り添ってくれているように感じますね。本当に芝居が好きなんだと思います」
今後も俳優だけではなく、監督としても期待がかかるが、「僕はもともと映画監督ではなく、偶然、映画を作っているだけ。もともと自分に何が問題として残るか、何に興味を持つかで作品を作っていくので、そんなに多くは作れないと思っていますね」。本作『月』での答えはまだ見つかっていないというオダギリ。信頼する石井監督による問題作への出演で新たな刺激を受けたようだ。
□オダギリジョー(おだぎりじょー)1976年2月16日生まれ。『アカルイミライ』(2003)で映画初主演。以降、『メゾン・ド・ヒミコ』(05)、『ゆれる』(06)、『悲夢』(09)、『宵闇真珠』(17)など作家性を重視した作品に出演し、国内外の映画人からの信頼も厚い。19年、『ある船頭の話』で長編映画初監督。第76回ヴェネツィア国際映画祭ヴェニス・デイズ部門に日本映画史上初めて選出され、同年『サタデー・フィクション』(日本公開は11月3日)がコンペティション部門に出品。待機作に『僕の手を売ります』(全10話)がFOD/Amazon Prime Videoにて27日より配信開始。