K-POPアイドル、歌唱力の謎 音楽P・サトウレイ氏が指摘する日本アイドルの問題点

K-POPの魅力といえば、ヒップホップ色の強い楽曲、圧倒的なビジュアル、一糸乱れぬダンスなどが挙げられるだろう。卓越した歌唱力も注目されているが、カラオケで歌うとなると難度が高い。激しいダンスを伴うとなおさらだ。なぜ、K-POPアーティストはそれをできるのか。音大などでボイストレーニングを行っている作詞・作曲家でサウンドプロデューサーのサトウレイ氏に聞いた。

作詞・作曲家でサウンドプロデューサーのサトウレイ氏【写真:ENCOUNT編集部】
作詞・作曲家でサウンドプロデューサーのサトウレイ氏【写真:ENCOUNT編集部】

独特のエッジボイス「初期の頃から相当の訓練を受けていないと出せない」

 K-POPの魅力といえば、ヒップホップ色の強い楽曲、圧倒的なビジュアル、一糸乱れぬダンスなどが挙げられるだろう。卓越した歌唱力も注目されているが、カラオケで歌うとなると難度が高い。激しいダンスを伴うとなおさらだ。なぜ、K-POPアーティストはそれをできるのか。音大などでボイストレーニングを行っている作詞・作曲家でサウンドプロデューサーのサトウレイ氏に聞いた。(取材・文=鄭孝俊)

――まずは、一般的なボイストレーニングの内容から教えてください。

「大きく分けると3つあります。1つ目は肺活量。大きな声を持続的に出すためには肺活量を増やす必要があります。肺活量を増やすために、私の授業では瞬間的に呼吸を行う『スタッカート』と呼ばれるレッスンをしています。ですが、それだけでは足りません。生徒には有酸素運動を1日最低1時間行うよう指導しています。息が少しもハアハアしない運動のことで、ウォーキングが代表例ですが、プールでの歩行が最も効果的といわれています。肺活量が上がり血流も良くなるので、脳にも良い影響があります。また、規則的な呼吸によって喉が開きますので、歌手にとってはとても良いトレーニングです」

――K-POPのメンバーもそのような訓練をしているのでしょうか。

「BTSやBLACKPINK、TWICEなどK-POPの楽曲が好きで良く聴いていますが、ボーカルの基礎ができ上がっています。基礎を固めるには、地道な努力の積み重ねしかありません。筋トレと同じです。腕立て伏せを1000回やっても、すぐに見た目の筋肉が付くわけではありません。続けることが重要です。あのレベルになるには、有酸素運動を毎日3時間から5時間。週4~5回はボイストレーニングをして1年半から2年。最低でもこれくらいの期間と訓練が必要です」

――アスリートのようですね。

「私は少年時代から野球部にいて中学時代に日本代表になりました。プロ球団から声がかかったほどなので、少しは体力や筋力に自信があります。中学生時代は毎日バットの素振り1000回。腕立て、腹筋、背筋は各500回。高校時代は素振りを毎日8000から1万回。腕立て、腹筋、背筋は全部で2000回、これに加えて毎日20キロ走ります。K-POPの歌手を見ていると、肺活量が並みではありません。私がスポーツを経験していたときと同じだなってすごく感じます」

――韓国のオーディション番組を見ていたら、練習生がグラウンドを走りながら歌う訓練を受けていましたが、効果はありますか。

「とてもあります。走るという行為自体、肺を使います。走って声を出す、この両方を一緒に行うことで実は想像以上に効果があります。K-POPを聴いていると、かなりの高音でも余裕を持って出しています。IVEの『I AM』は上から振りかぶってくるようなものすごい高音からサビに入りますが、ギリギリのように聞こえても、まだ余裕を感じます。オペラやミュージカル経験のある先生から指導を受けているのかもしれません。

 BTSのジミンの高音は普通の男性には歌えない音ですね。女性の声帯に近いのかもしれません。それでも、50%ほどのパワーしか使っていないように感じます。BTSも高音のジミンから低音のVまで、各メンバー得意な音域がある。全員に言えるのは、肺活に余裕があるということです」

――歌い方でいうと、言語学者の中にはK-POPには「声門閉鎖」という発声が頻繁に現れているとの指摘があります。

「一般的にはエッジボイスと呼ばれる歌い方です。小節の始めにのどをキュッとしぼってザラついた声を出しているので、注意して聴けばよく分かります。BTS、BLACKPINK、TWICE、aespa、IVE、LE SSERAFIM、NewJeansも使い方が上手です。練習生になった初期の頃から相当の訓練を受けていないと、この声はなかなか出せません。

 しかも、このエッジボイスを出す意味を理解することが重要です。エッジボイスを入れることで感情の表現力が問われるわけです。K-POPはおそらくこのレベルにまでレッスンを広げていると思います。こうした卓越した感性も世界中にいるファンを魅了している要因だと思います」

――ラップについては、「韓国語ならではの迫力がある」との声もあります。

「他の言語に比べて日本語はリズムに乗せるのが非常に難しいと思います。『愛してる』という歌詞だと、『あ』『い』『し』『て』『る』とそれぞれ、1つずつ発音しないといけない。私も生徒にリズムを教えるとき、必ずメトロノームを使ってリズム感を鍛えるようにしていますが、『あ』『い』『し』『て』『る』の5拍をそれぞれリズムに乗せるのは非常に難しいです。それで、どうするかというと、英語で『♪I LOVE YOU~』とするわけです。こうすると3拍で済みますし、歌詞がリズムに乗せやすい。J-POPに英語詞が多いのはこういう理由があります。

 特にシンガー・ソングライターや楽器演奏の経験がある作詞家は英語詞を多用する傾向があるように思います。K-POPでも英語詞は非常に多いですが、韓国語は発声の構造上、リズムに乗せやすいのでラップに力が出ます。反対に、日本の坂道系グループの歌には英語詞が少ないですよね。これは『独自路線』と言えますし、作曲家は大変な苦労が必要です(笑)。それでも、J-POPは聴きやすく耳に残ります」

サトウレイ氏は音大などでボイストレーニングを行っている【写真:ENCOUNT編集部】
サトウレイ氏は音大などでボイストレーニングを行っている【写真:ENCOUNT編集部】

日本では「ダンスボーカルという総合的なレッスンが浸透していない」

――歌唱力についてはレコーディングの際、コンピューターでピッチ補正ができるので最近の歌手は楽だとの声があります。

「テクノロジーの発達は音楽制作の現場にも影響を与えていますが、ピッチ補正は音階の上下とタイミングをずらすことしかできません。歌の表現まで変えるのは不可能です。音程がそこだけ少し上がったり、下がったりしたときに、不自然にならないよう音程をコンピューターで補正します。先ほどの『愛してる』で言いますと、音程の修正はできますが、『愛』をどう歌うかといった表現力まで修正するのは無理です。人々を感動させる歌は音程が合っているだけではダメなんです」

――NewJeansで言うと、「音程や発声がまだ若い」という声も聞きますが、どう考えますか。

「彼女たちはまだ15歳から19歳です。NewJeansメンバーは若い年齢から基礎を学んできていて、表舞台で経験を積み日々成長しているという過程があります。若い年齢から専門の先生に基礎的な発声を学ぶメリットは十分あります。しかし、体が成長過程ですので無理をして発声するのは、声帯の発達という点で注意が必要です。体つきはどんどん成長していき、一般的には16~17歳以上になってから本格的に行うのが良いと思います」

――日本のアイドルとK-POPは方向性が違いますし、それぞれの魅力があると思います。ただ、ダンスについてはK-POPは目を見張るものがあります。

「TikTokなどSNSの浸透でK-POPだけではなくYOASOBIや新しい学校のリーダーズなども人気を集めていますが、日本ではダンスだったらダンス、ボーカルだったらボーカルと細分化する傾向にあり、ダンスボーカルという総合的なレッスンが浸透していません。90年代後半には、安室奈美恵やSPEED、モーニング娘。、小室ファミリーの活躍もあり、ダンスボーカルの認知は高まりました。

 最近はYouTubeやTikTokの浸透で若者たちはさかんに踊っていますが、ボーカルにはあまり、関心が向いていない方が多い印象があります。現実にダンスと歌の両方をパフォーマンスするのは難易度が高いからです。日本では大声で歌う環境が主にカラオケしかないというのも影響していると思います。講師も歌、ダンス、両方教えられる人は少ないのが実情です。これからはダンスとボーカルの両方を教えられる人材を育成することが必要だと感じています。

 実際にダンスとボーカルの両方をこなすためにには、ダンスしかしない人の4、5倍もしくは10倍の肺活量が必要です。一般男性の平均は3500㏄、女性の平均は2500㏄なので、5倍はそれぞれ約1万8000㏄、約1万3000㏄になります。野球部時代、私の肺活量は約2万弱。100メートル全力ダッシュを毎日のように100本前後行っていましたが、走ってもあまりハアハアしないです。走り切った瞬間はさすがに息が上がりますが、深呼吸3回で脈拍数を減らすことができました。歌って踊るためにはそれぐらいの体力が必要なので、K-POPアイドルはスポーツ選手に似ていると思います」

――確かに努力あってこそのパフォーマンスだと思いますが、K-POPアイドルがそろってそちらの方向に行くことに懸念はないのでしょうか。

「ダンスボーカルを主としたグループの話になりますが、今やK-POPと言えば『こうだよね!』というくらい近年ではK-POPの楽曲や音の仕上がりに特徴があると思います。EDM(エレクトロ・ダンス・ミュージック)のようなビルドアップを取り入れてドロップ(サビ)に行くという進行や、ラップが多く入るのも特徴的。近年、それがK-POPの楽曲という認知が広がっている証拠でもあります。

 音の作りで言えば、Janet Jacksonの影響を強く感じます。デビューしている方々はもちろんですが、皆さんリズムをとるのが非常に上手で歌い方も洗練されています。しかし、『うまければ良い』ということでもありません。例えば、YouTubeで公開されているBoA、WENDY、 NINGNINGが3人で歌う『Time After Time』というバラード曲。3人ともずば抜けた歌唱力の持ち主ですが、よく聴くとBoAの歌い方にオリジナリティーを感じます。それは音程をわざと外す絶妙なテクニック。見事に気持ちのいい微妙な外し方を全編にわたって披露しています。そのテクニックに欠かせないのが“リズム”です。

 リズムを操るのが本当に上手で、そこに味が出ますし、微妙な歌い回しにその歌手の魅力や人間らしさが生まれます。特徴的な声質を持っているBLACKPINKも別格ですし、“一糸乱れぬダンス”とは距離を取っているNewJeansの方向性も斬新です。今後のK-POP界からどんなアーティストが生まれてくるのかとても楽しみです」

□サトウレイ 本名:佐藤怜。1979年7月13日、東京生まれ。父はおニャン子クラブ『セーラー服を脱がさないで』、井上陽水『Make-up Shadow』、今井美樹『PIECE OF MY WISH』などの作曲・編曲を手掛けた佐藤準氏。母は76年発売の『どうぞこのまま』の大ヒットで知られるシンガー・ソングライターの丸山圭子。音楽一家に生まれて幼少期からピアノを習ったが、小学生時代に野球に熱中。中1でジュニア日本代表として世界大会に出場。ヤクルト、阪神などの監督を務めた野村克也さんからも指導を受けた。その後、強豪の世田谷学園高へ進学するが、負傷して再び音楽へ。99年に行われた浜田省吾「ON THE RORDツアーin昭和記念公園公演」の前座アーティストのバックバンドとしてベーシストデビュー。2009年にビクターエンターテイメント・ルーキースターレーベルからミニアルバム『7-SEVEN-』でソロデビュー。15年に丸山圭子フルアルバム『傍らの愛』のサウンドプロデュース、編曲、ベース、ミックスエンジニアリングなどを担当。今年9月には、KADOKAWA文庫刊の『王様のプロポーズ』から、公開されたアニメ3Dモデル・久遠崎彩禍(CV.高橋李依)の「KING」踊ってみた!動画で音楽制作を担当。現在は音楽活動の傍ら、洗足音楽大付属クロスアーツ、東京自由学院、高井戸音楽スクール、KPDS(K-POP DANCE STUDIO)などでボーカル、ベース演奏、DTM(パソコンを使った音楽作成)などの講師を務めている。

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