笑い飯・哲夫のアナログ論 2人の子どもにスマホを持たせず、YouTubeを極力見せない理由
吉本興業と東京大大学院がタッグを組み、「今年のM-1勝者を科学的に予測する」をテーマにした書籍『最強の漫才』(講談社刊)が発売された。東大の研究者3人がお笑いを分析し、そのデータを基にオズワルド、トータルテンボス、ゆにばーすが研究員と笑いの謎に迫った。そして、「科学でお笑いを解明できるか」という疑問に哲夫(笑い飯)、石田明(NON STYLE)、野田クリスタル(マヂカルラブリー)が忖度なしで回答。哲夫はENCOUNTにも“お笑い持論”を熱弁した。
書籍『最強の漫才』で語った原点
吉本興業と東京大大学院がタッグを組み、「今年のM-1勝者を科学的に予測する」をテーマにした書籍『最強の漫才』(講談社刊)が発売された。東大の研究者3人がお笑いを分析し、そのデータを基にオズワルド、トータルテンボス、ゆにばーすが研究員と笑いの謎に迫った。そして、「科学でお笑いを解明できるか」という疑問に哲夫(笑い飯)、石田明(NON STYLE)、野田クリスタル(マヂカルラブリー)が忖度なしで回答。哲夫はENCOUNTにも“お笑い持論”を熱弁した。(取材・文=福嶋剛)
――哲夫さんはITやAIに否定的な立場ではありませんが、書籍の中で「絶対人間がええ」と答えていました。
「僕はアナログ人間なんで、デジタルついてコメントができなくて本の中では自分のお笑いの原点しか話してないんですよ。でき上がった本をちょっとだけ読ましていただきました。写真をカッコよく撮ってくれはったのはありがたいんですけど、キザな感じに写っていてお恥ずかしいです(笑)」
――最新技術には興味がないと。
「デジタルとかITに強くないんですよ。どっちか言うたら昔のVHSビデオの方が得意ですね(笑)。でも、今までやったことない作曲をしたいと思って、この前は作曲アプリを教えてもうて、ちょっといじったんですよ。そしたら使いやすいし面白いし、『確かにこういうのは流行るわ』って思いましたね。ただ、僕はスマホに縛られるのが好きじゃないんです。ちょっとしたメモ機能を使うくらいで基本ネタ帳も字で書きますしね」
――『最強の漫才』では「最新の科学がどこまでお笑いに近付けるか」という大きなテーマもあり、東大の研究者が分析しています。哲夫さんはいつかAIがお笑い芸人を超えて、笑いを取る時代がやってくると思いますか。
「本の中で『お笑いの審査員はいつかできるかもしれないですね』と言いましたけど、笑かすこと自体に関しては、『やっぱり、無理なんちゃうかな』って思います。その人のイメージを含めてその人がやるから面白いんでね。AIってなったら、『言ってる内容が面白くても人の感情が薄くなるからお客さんが面白いと思えるのかな』って。それはラジオとか音声でも同じだと思います」
――哲夫さんはNSC(吉本総合芸能学院)で講師をされています。生徒の中にはIT技術を使った芸も出てきていると思いますが。
「ありますね。相方が初音ミク的な映像の中の女性と漫才をするみたいなNSCの若い子もいます。でも、今に始まったことじゃなくて僕らが若かった頃にもぜんじろうさんがロボットと漫才をやったことがあったんです。ロボットがぜんじろうさんの言葉に反応して次の台詞を言うという設定です。でも、ロボットが間違ってお客さんの笑いもぜんじろうさんの声やと思って、どんどん次の台詞を言い始めたんですよ。そん時に『戻って』って言うと、1つ前の台詞をしゃべるようにできていたんですけど、結局、10分のネタで8分くらいぜんじろうさんが『戻って』って言ってましたから(笑)。やっぱり、コンピューターとやるのはリスクがありますよね」
――講師として若手に伝える上で、大切にしていることは。
「どんなに革新的な芸でもお客さんがついてこられへんテーマやったら、『自分らめちゃめちゃセンスありすぎて、伝わりにくうなってるかも分からんから、ちょっと2歩ぐらい下に降りておもんないやつ作ってみて』って言います。僕が昔、先輩に言われて良かったなと思う言葉なんでね。若い人たちにも伝えてます」
――「面白くないネタ」とは、誰でも分かるレベルのネタということですか。
「そうです。言葉の綾で『受けないものを作れ』ではなくて、『ちょっと世間まで下がったところのお客さんでも味わえるようなちょうどええネタを書いてみなさい』ということです。僕は若い頃から『俺ってヤバいくらい面白いよな』って自信があって、『こんだけ面白いやつが芸人やらんでどうする』と思って教員も就職も蹴ってお笑いの世界に入ったんです。それで漫才のオーディションを受けた時に『君ら面白いネタ作ってるのは分かる。でも、1回面白ないネタも作ってみ』と言ってくれた先輩がおったんです。それでその人に言われた通り、自分のいる階段から2歩下がったネタを書いてみたら、そっからオーディションに受かるようになったんです。笑い飯のネタもアリとかハエとかパン工場とか、みんなが分かるテーマで作ってますけど、昔は『一番面白い自分が一番面白いネタを書いている』って独りよがりだったってことです。『あの言葉の意味は深かったな』って思いましたね。それで若い人たちにも同じように伝えているんです」
ITより地球環境と子どもたちの教育が大きなテーマ
――昨今はコンプライアンスが厳しくなり、使えた言葉がNGになることも増えました。
「『言葉狩り』と言ったら怒られるかもしれないですけど、割と『これが使えない』がどんどん増えてきました。ライブでは平気で言えますけど、テレビだと今までの言葉に代わる新しい言葉を見つけてやってます。例えば『外人』という言葉がNG的な雰囲気になってきて、『外国人』と言うようになりましたよね。でも、個人的に“外人さん”という呼び名で育ってきたんで、外国人と換えて使いたくないんです。だからわざと『外国からの観光客』と言って使ってみたりしています。時代によって変わってきてますね」
――なるほど。お笑いを科学で再現するのはまだ先の話のようですね。
「そもそも科学を扱うのが人間ですもんね。ITとか、AIが人間を扱ってくる感じの時代がやってきたら、何か恐ろしいものを感じますね。農機具でも何でも扱い方を間違えたらえらいことになりますから。やっぱり、『それでも人しか愛せない♪』(=海援隊『人として』)ですよ」
――哲夫さんは、『最強の漫才』でも「6足のわらじ(芸人、塾経営者、農家、仏教マニア、花火解説者、わらじ作り)を履いている」と話されています。特に農業を通して自然と触れ合う生活を大切にされているように感じます。
「僕は5歳と3歳の子どもがいるんですけど、スマホは持たせないですし、YouTubeも極力見せない。だって、『目、悪うなるやん』と思うんですよ。『タブレットで教育だ』って言ってますけど、僕らちっちゃい時は『目が悪くなるから、テレビから離れなさい』って言われてきたじゃないですか。そこはやっぱり、時代に関係なく年齢に合う面白いものがいっぱいあると思うんで、そっちを勧めています。うちの畑にもよく連れて行って、子どもたちに収穫を手伝ってもらうんです。畑では季節の野菜を育てていますし、田んぼで米も作ってます。田植えから収穫まで一からやってみると草刈りやったり、肥料をあげたり、水の管理もせなあかん。『こんなに手間がかかるんか』って経験ができますし。やっぱり、自分のとこで作ったものは嫌いなもんでも『おいしい』言うて、残さず食べてくれますしね。スマホでは学べないことはいっぱいありますよ」
――その上で、哲夫さんが望む近未来の世界とは。
「僕はITより地球環境と子どもたちの教育が大きなテーマですね。この夏の暑さで今はもうほとんどの小学校がエアコンを付けてますよね。僕らの時代と違ってエアコンなしでは夏の授業なんてやってられない。今はもう地球が完全に変わっちゃったんです。『持続可能な開発目標』って言ってますけど、冗談やなくてエアコンを持続し続けたら温暖化にもつながりますから、これからもっと暑いですよ。何とか地球を冷やしてあげないとおかしくなっていく一方ですよね。この前、たまたま見た標語で『人間にとっては冷房でも地球にとっては暖房だ』と書いてありました。おっしゃる通りですよね。だから、僕の望む近未来は今の状況を体験した子どもたちが、いつかバイオテクノロジーの天才的な発明をして、光合成で酸素を爆発的に放出してくれる植物を生み出して地球を救ってくれる時代ですかね。そんな未来が本当にやってきてほしいです」
□笑い飯・哲夫(てつお) 1974年12月25日、奈良県生まれ。関西学院大文学部卒業。2000年に西田幸治とお笑いコンビ・笑い飯を結成。ボケとツッコミが相互に入れ替わるW(ダブル)ボケ漫才が特徴。02年から『M-1グランプリ』で9年連続ファイナリストとなり、10年に優勝。芸人活動の他、相愛大人文学部で客員教授、学習塾「寺子屋 こやや」の経営など教育活動にも取り組んでいる。過去2年間で2万人以上を動員した笑い飯の全国ツアー『笑い飯の漫才天国2023』を9月から展開。福岡、東京、大阪の3か所で公演する。173センチ、68キロ。血液型A。