「猪木の常識は世間の非常識」 注目の納骨がない一周忌法要にも猪木らしさ爆発のワケ

12日、神奈川・鶴見にある曹洞宗大本山總持寺にて、昨年10月1日に心不全で亡くなったアントニオ猪木(本名・猪木寛至)の一周忌法要が執り行われ、猪木像の除幕式も実施された。今回はここから見えてきたものについて記述する。

曹洞宗大本山總持寺にお披露目された猪木ブロンズ像
曹洞宗大本山總持寺にお披露目された猪木ブロンズ像

「起こったことはすべてよし」(アントニオ猪木)

 12日、神奈川・鶴見にある曹洞宗大本山總持寺にて、昨年10月1日に心不全で亡くなったアントニオ猪木(本名・猪木寛至)の一周忌法要が執り行われ、猪木像の除幕式も実施された。今回はここから見えてきたものについて記述する。(取材・文=“Show”大谷泰顕)

 実に、アントニオ猪木らしい「非常識」な1日だった。

 生前のアントニオ猪木は常々、「猪木の常識は世間の非常識」と口にしていたが、それを物語るような、一般的な法要とはひと味違った法要だった。

 まず、注目された納骨がなかった。

 実弟の猪木啓介氏によれば、「本来であれば納骨も行う予定だったんですけど、娘の寛子のほうがスケジュールが合わなくて。また後ほど、ということで、今年中にやる予定です」との話だが、自分としては、このタイミングで猪木家の墓に納骨されないことが、まさに猪木的だと本気で思った。

「兄貴もこうしてみなさんが集まっていただいたことで喜んでいると思います」と啓介氏が口にしていたが、その意見には激しく同意する。

「起こったことはすべてよし」

 これは生前のアントニオ猪木から聞いた言葉になるが、この言葉には、起こったことすべてを受け入れてきた猪木のすごみが感じられる。

 もちろん、納骨されないよりもされたほうがいいに決まっているが、極論を言えば、たとえこのまま納骨されなくとも、アントニオ猪木の遺骨が保管されている米国(方角的には東北)に向けて手を合わせればとりあえずはいいと思うし、骨の有無以上に大事なことは、ひとりひとりがいかにアントニオ猪木を偲ぶか。ここに尽きると思う。

 そういった意味で考えると、この日の法要及び猪木像の除幕式に参列した方々、それぞれの猪木論がまた素晴らしかった。

 例えば、力道山夫人の田中敬子さんは、この日お披露目された猪木像のアゴを触りつつ、「触っちゃいけないかしら」とニコリと笑ったかと思うと、「空から旦那(力道山)が見ていますから」と青空に向かって人差し指を立てながらまたニコリと笑った。

 そして、取材陣の要望に応えてダーのポーズをした後には「空手チョップはいいのかしら」と力道山の得意技だった空手チョップのポーズを取る。

 一周忌法要という、ともすれば暗さを感じる場所で、そんな無邪気な一面を振りまく敬子さんの姿を目撃できただけでも、この日の現場に出向いた甲斐があると思えた。

 さらに実弟の啓介氏は「いつも無理難題をいわれていた」と兄であるアントニオ猪木との思い出話を披露した。

 啓介氏は「とくにブラジルに行く時は常に一緒だったもので、なにせコロコロ自分でスケジュールを変えるので、ホントに困る」と言いながら、「それこそ向こうで大統領に会うスケジュールをこっちで変えるのは、ちょっとなかなかね」と苦笑していたが、「今思えば楽しい思い出になっている」と話した。

アントニオ猪木に所縁のある人物が集結した一周忌法要と猪木像の除幕式
アントニオ猪木に所縁のある人物が集結した一周忌法要と猪木像の除幕式

アントニオ猪木に所縁のある者それぞれの思い

 続いて新日本プロレスの現役トップレスラーの棚橋弘至は「改めて猪木さんの存在の大きさを感じながら過ごしましたね」と話し、かつて自身が道場に掲げていたアントニオ猪木のパネルを、この夏前にまた戻したことを明かしながら、「これから猪木さんに見られている、見てもらっているプレッシャーを感じながら、気合いが入った練習ができると思います」と話した。

 が、最後は「こういうタイミングで歯がない……。いいこと言ってるんだけど、言葉が入ってこない」と、前日の試合前に外れた前歯がないことをボヤきつつ、笑いを誘っていた。

 一方、最もアントニオ猪木との付き合いが長かったビッグサカこと坂口征二氏(新日本プロレス相談役)は、還暦の記念に猪木から手渡されたロレックスの時計(一説によると数百万円!)を左手首に着けながら、今、天国でどんなことをしていると思うか、と問われると、「馬場さんと一杯飲んでるんじゃないの? おー、って言いながら仲良くやってるんじゃないの?」と言って取材陣を笑わせた。

 かと思うと、「猪木の影」とも呼ばれた藤原喜明組長は、「僕、ずーっと本物を見ていたので、似てるけど、ちょっと違うかなーみたいな」と、この日お披露目された猪木像の感想を口にする。

 具体的には「首がもう少し太かった。俺だったらここはこういうふうに作るなってことはありましたけど、まあ、出来としては上出来ではないかと思います。全体的には雰囲気は出てましたけど、細かいところね。もうちょっと絶壁だったとか、もう少しアゴは出ていたんだけど…」と言い、「あともうちょっと首は太かったなーみたいなね」と忖度なしの物言い。

「総合的に見ると、猪木さんを知らない人というか、近くで見てない人が作ったんですから、上出来ではないかとそう思います。作者の方にお詫び申し上げます」と口にし、「自分もすぐ行きますので待っててください」と声を震わせ、「さびしいな」と続けていた。

 要は、実弟の啓介氏、田中敬子さん、棚橋、坂口相談役、藤原組長のそれぞれがアントニオ猪木への思いをそれぞれのカタチで表現していた。おそらくそれをアントニオ猪木が最も望んでいた、と知っているかのように。

 ちなみに法要の場には、藤波辰爾、長州力、前田日明、高田延彦らの愛弟子の姿は見られなかったが、新日本プロレス、全日本プロレス、プロレスリング・ノア他から、多数のプロレスラーが参列した。なかには、実際にアントニオ猪木に触れたことがない選手もいるだろうが、それでもアントニオ猪木がいたからこそ、今日のプロレス界があることは紛れもない事実。

女子プロレスラーとして参列した中島安里紗(左)とSareee
女子プロレスラーとして参列した中島安里紗(左)とSareee

2人の現役女子プロレスラーも参列

 また、珍しい参列者としては、女子プロレスラーのSareeeと中島安里紗(+SEAdLINNNGの南月たいよう代表)の姿があった。中島とSareeeは、8月25日に後楽園ホールで争われた、SEAdLINNNGシングル選手権の調印式を、京王百貨店で催されたアントニオ猪木展で実施したこと。

 さらに両者の一騎打ちが女子プロレス史上に残る(アントニオ猪木好みの)壮絶な試合となったこともあってか、猪木元気工場側から参列に関する声がかかったという。

「アントニオ猪木さんの一周忌法要に出席させてきただきました。特別なこの日に手を合わさせていただけてとても有り難い限りです」

 中島は自身のSNSアカウントにそう記していたし、Sareeeは「こんな光栄なことはない」と一部メディアの取材に答えている。

 いずれにせよ、男女の区別なく、プロレス界の宝が法要の場に参列したことは、それだけで非常に意義があったように思う。

 たしかに一見しただけでは、意思の統率や統一性、共通認識がはかられていないように見える面々なれど、それがまさに猪木的だと思ってしまう。

 何を持って「猪木的」と定義するのかは、人によって意見が分かれるとは思うものの、大本営発表だけで、誰もそこに異を唱えないなんて、それこそ猪木的ではないと自分は思う。

 さまざまな意見や見方を許容し、多面体の側面を醸し出す運動体こそがアントニオ猪木的だと考える。

 実際、メディアに発信された法要&除幕式の記事を確認しながら、さまざまな方々がアントニオ猪木に対する思い思いの見解を発したこともあって、法要当日の12日と翌13日には「猪木さん」の文字がXのトレンド入りを果たした。 

 さすがは「猪木の常識は世間の非常識」。

 とはいえ、だからといってもちろん「非常識」がすべてまかり通るわけではない。

 猪木語録には、「己のプライドがルール」というものがあり、引退あいさつ(1998年4月4日、東京ドーム)では「闘魂とは己に打ち勝つこと、そして闘いを通じて己の魂を磨いていくこと」と語っている。

 要は「非常識」だからこそ、自分を律する時は律しろとの戒めも、キチンと言葉に残しているのだ。

 そういう己を律する側面があってこその「非常識」だと思うと、「猪木の常識は世間の非常識」も表立った言葉の裏に、別の側面が見えてくる。

 思えばアントニオ猪木とは常に人を驚かせ、楽しませ、惑わせる天才だった。

 そんなことを改めて感じることができたのが一周忌法要であり、猪木像の除幕式だった。

(一部敬称略)

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