立川志らく「不倫やストーカーなんか絶対にするはずない」 現代人に足りない“寅さんマインド”

落語家の立川志らくがこのほど、映画『男はつらいよ』シリーズ48作品の名言と解説をまとめた『決定版 寅さんの金言 現代に響く名言集』(ART NEXT刊)を上梓した。山田洋次監督から“寅さん博士”と認められた志らくが、なぜ令和の世に本書を執筆したのか。出版の経緯や本書に込めた思いとともに、作品の魅力を熱弁した。

映画『男はつらいよ』の魅力を熱弁した立川志らく【写真:ENCOUNT編集部】
映画『男はつらいよ』の魅力を熱弁した立川志らく【写真:ENCOUNT編集部】

『決定版 寅さんの金言 現代に響く名言集』を上梓

 落語家の立川志らくがこのほど、映画『男はつらいよ』シリーズ48作品の名言と解説をまとめた『決定版 寅さんの金言 現代に響く名言集』(ART NEXT刊)を上梓した。山田洋次監督から“寅さん博士”と認められた志らくが、なぜ令和の世に本書を執筆したのか。出版の経緯や本書に込めた思いとともに、作品の魅力を熱弁した。(取材・文=猪俣創平)

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 志らくは過去、自身の独演会で『男はつらいよ 48作ひとり語り』を披露し、『男はつらいよ 寅さんDVDマガジン』全50巻(講談社)では「志らくと寅さんの架空対談」にも挑戦したほどの同シリーズの大ファン。本書は、そんな志らくのあふれる“寅さん愛”の集大成となった。

『男はつらいよ』といえば、昭和の名喜劇役者・渥美清演じる車寅次郎が騒動を巻き起こし、マドンナとの恋模様を描いた人情劇。「一番気楽に見られるんですよ」と映画の魅力を落語とも重ね合わせながら説明する。

「寅さんはね、日常なんですよ。力を入れずに見ることができる非常に珍しい映画ですね。なんべん見てもね、新鮮に見られる。だから、古典落語と同じなんですよ。古典落語の場合も、観客のほとんどはストーリーのオチまで知ってる。だけれども、同じ話を聞く。歌もそうでしょ? 知ってる歌がどういうストーリーかみんな知っていても何回でも聞きますよね。寅さんも同じで、心地がいいんです」

 本書に出てくる寅さんの名言は人生訓から恋愛哲学まで幅広い。同シリーズ未見の人にも読んでほしいと、初心者も寅さんファンも楽しめるものを目指した。

「寅さんを全然知らない若い世代で、たまたま志らくを知ってるから、『じゃあ読んでみよう』と思ってくれたら。この本を手にとる20代の人がいたら、『じゃあ映画も見てみよう』って気になると思うんです。そうすると、映画を見始めた途端に、ドリームの中にすっと入ってしまう。ぜひそういう体験をしてもらいたい」

 ユーモアを交えながら作品の見どころや解説が本書では加えられ、スラスラと読めるようなタッチが特徴だ。名言を選ぶにあたっては、「全作見返してもいいんだけど、自分の中で印象に残ってるものが本物だな」と、心に残っていた言葉を重視した。そんな名言としてたびたび登場するのが、恋愛哲学者のような言葉の数々。「若い人にも響くと思うんです」と志らくは考える。たとえば、第18作『男はつらいよ 葛飾立志篇』(1975年)には愛について語ったこんなフレーズがある。

「もうこの人のためだったら命なんかいらない、もう俺、死んじゃってもいい。そう思う。それが愛ってもんじゃないかい」

 そのほかにも、物事の本質を突いた普遍的な言葉が並ぶ。映画では寅さんの恋が繰り返し描かれるが、「人を思いやるみたいなね、寅さんはずっと犠牲愛なんです」と強調する。「この映画を見て、どっぷりハマったら不倫やストーカーなんか絶対にするはずがない。寅さんを見てないから、もうみんなワケ分かんなくなっちゃう」と力説し、令和の若者の生き方にも警鐘を鳴らす。

「今は『結婚もしないよ』とか『恋なんかしなくたっていい』という子が増えてるでしょ? そういった人が多いけど、つらいことがあるから楽しいことがより際立つんだよ。みんな今、楽しいことだけを求めて生きてる。そうすると、楽しいことがあっても楽しくなんかないんですよね。そういう当たり前のことが、今の世の中じゃ分かんなくなってきてる」

 志らく自身、寅さんが貫く“犠牲愛”に共鳴する。

「寅さんは自分の好きな人が幸せになることを、自分の幸せよりも第一に考えています。私も自分の家族だとか、親だとか、子供だとか、パートナーに対する思いっていうのは、自分の中でその通りにはできないんだけども、そう思うことがある」

山田洋次監督からは「最高の褒め言葉」をもらう

 本書を読んだ山田監督からは「渥美さんに読んでほしかった」という言葉が送られ、帯にもなった。「最高の褒め言葉ですね」と志らくは恐縮する。執筆を進めるなかで新たな発見もあった。

「本当にマンネリなんですよ、『男はつらいよ』は。もう毎回毎回、寅さんが誰かを好きになってフラれてどうのこうの。それでよく48作も続いたなって。でも、マンネリが『笑点』や『サザエさん』を見て安心するようなものとは違う。この本を作るにあたって気が付いたのは、山田洋次監督や作り手、演者も含めて七転八倒、ものすごく苦しんでるってこと。マンネリの一言では片付けられない」

 寅さんが年増に恋をしてみたり、若い子に恋したり。手を変え品を変え、観客を魅了する2時間弱の人間ドラマが作られ続けた。「似たような話は一つもないんです。全部違う。こういう映画はなかなかないですね」と、何度も見返した『男はつらいよ』の“すごみ”を考察する。そこには、日本人だから受け取れるメッセージが常に散りばめられている。

「映画を見れば『日本人ってこうだな』って思い返してもらえる。『顔で笑って腹で泣く』みたいなね。今の子はなんのこっちゃって思うんだけど、どこかで日本人のDNAが流れてるとね、分かる部分があるんですよ。粋がるとかね。そういった痩せ我慢の美学も同じですね。この本でも書いたんだけれども、『男はつらいよ』を見て、『何が言いたいか全く分かんない』『不快だった』っていう人がたくさんのパーセンテージを占めるようになったら、日本人が日本人じゃなくなる。そのぐらいの物差しになるような作品です」

 そんな映画の魅力を発見できる本書の仕上がりに、志らくは「日本人が日本人であることに気付くことができる本になっています」と、力強く答えた。昭和の国民的映画が日本人に愛されるのには理由があり、現代を生きる人々にこそ必要な心意気が詰まっているのだ。

□立川志らく(たてかわ・しらく)1963年8月16日、東京都出身。85年10月立川談志に入門。88年二つ目昇進、95年真打昇進。映画評論家、劇団主宰、テレビコメンテーターとしても活動。寅さん博士、昭和歌謡曲博士の異名を持ち、『決定版 寅さんの金言 現代に響く名言集』(ART NEXT)を2023年8月22日に発売した。

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猪俣創平

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