【電波生活】NHKの劇中料理を出演者絶賛の理由 時代劇でも味に妥協なし、知見の蓄積…見栄えのスゴ技も
NHKのドラマに登場する料理(消え物)が、俳優たちの間で昔から「すごくおいしい」と高く評価されている。要因はどこにあるのか。放送中の連続テレビ小説『らんまん』(月~土曜、午前8時)の撮影現場を訪ね、美術プロデューサーの佐藤綾子さんと実際に料理を作っているフードコーディネーター・金子奈央さんを取材して背景を探った。金子さんは大河ドラマの消え物も担当している。
『らんまん』の撮影現場で美術プロデューサーとフードコーディネーター取材
NHKのドラマに登場する料理(消え物)が、俳優たちの間で昔から「すごくおいしい」と高く評価されている。要因はどこにあるのか。放送中の連続テレビ小説『らんまん』(月~土曜、午前8時)の撮影現場を訪ね、美術プロデューサーの佐藤綾子さんと実際に料理を作っているフードコーディネーター・金子奈央さんを取材して背景を探った。金子さんは大河ドラマの消え物も担当している。(取材・文=中野由喜)
まず劇中に登場する料理のメニューはどう決まるのか尋ねた。
佐藤さん「実は台本に具体的なメニューは書かれていません。演出と美術の両方のスタッフが打ち合わせをしながら準備します。たとえば料亭のシーンの場合、まず演出部が、品数は多く、豪華な方がいいという演出的な意図を反映したメニューを考え、それを美術部で受け取って話し合いながら準備します」
『らんまん』は明治時代、『どうする家康』は戦国時代。さまざまな時代の料理を再現するにあたり、 レシピはどうしているのか。
佐藤さん「江戸時代の食文化を題材にした『豆腐百珍』など、古い文献資料がNHKにはたくさんあります。先輩たちも古い文献をひも解きながら料理を作ってきました。先輩たちの経験の蓄積をもとに、私たちはそれを毎回より具体的にしていく作業をしています。NHKでは年間を通じて時代劇を常に撮影していますので知見を積み重ねています」
積み重ねてきた知見はNHKの財産。今のおいしさの底力になっているはず。続いて料理の準備作業の現場をのぞいてみた。
金子さん「時代によって料理が異なるので、時代考証の先生にもお伺いして作っています。たとえば戦国時代には、まだ現代のようなしょうゆはありません。料理に使用すると色でわかるため、調味料の使い方も時代設定によって変えています。また、当時なかった食材も使うことができません」
季節外れの食材が必要な場合もある。
金子さん「冷凍保存してある食材を探したり、作品のお話を伺った時、時代や地域を考え、今後必要であろう食材も予想して備えます。なじみの魚屋さんや全国各地の農家の方などに相談して入手します」
本物へのこだわりを感じる。食材の幅広い入手ルートも強み。続いて調理法も聞いてみた。『らんまん』には何度か牛鍋が登場した。明治時代の調理法を忠実に再現しているかと思ったが。
金子さん「実はテレビ用に少し作り方を変えています。レシピに忠実だと、お鍋に一度にすべての食材を入れるのですが、盛り付けの時に煮崩れしてしまいます。単品ごとに煮て、最後に合わせて汁を加えて整え、見た目を綺麗にしています」
食材にこだわり、見た目に気を使う。一方、戦国時代の料理にはしょうゆを使わないなど制約も多い。それでもおいしいのはなぜだろう。
金子さん「戦国時代の煮物は本来、塩だけでゆでますが、塩だけでは単調な味になってしまうので 、みりんと白だしを使い、見た目は塩で煮た料理と同じように見える工夫をしながら 作っています。俳優さんが本番で、当時を忠実に再現した料理を食べて『あれ?』と、一瞬でもおいしくないような表情になるのは避けたいので」
『らんまん』の牛鍋にも隠れた工夫があった。
金子さん「本来、明治時代の牛肉は赤身が多く今ほどサシはありません。煮ることであまりサシの入り方がわからなくなるということもありますが、『らんまん』の牛鍋では、役者さんがお肉をかみやすく、セリフもしゃべることができるように、サシの入った国産の肉を使いました。カットがかかった後も皆さんが食べてくださっていたのはうれしかったですね」
驚きのテレビ映りの技「おいしそうに見せることも仕事」
本物を追求しつつ、俳優の舌への気遣いも忘れない。ここで味のこだわりを尋ねた。
金子さん「料理を作る際は、味のバランスが取れるように心掛けています。ドラマにはよく煮物が登場しますが、白だしだけでなく、みりんを入れるなどして 、味がまとまるように意識しています」
テレビ映りの技も驚きだ。朝ドラのスタジオ内の一角には料理を出す準備場が設けられ、おいしそうな料理が出番を待っていた。金子さんはぎんなんに何か塗り、霧吹きで魚に水をかけていた。
金子さん「フードコーディネーターは撮影の仕事が多く、おいしい物を作るだけでなく、おいしそうに見せることも仕事。ぎんなんにはオイルを塗って照りを出し、刺身には水をかけ、いきの良さを際立てます。専門的になると、きめ細かなビールの泡を作る泡師と呼ばれる人もいますし、シズル師もいます」
佐藤さん「スタジオ内は火の使用が難しいので湯気が出る料理をお芝居で使うのはとても大変なんです。本番ギリギリまでコンロで温めた料理を持ち込んだり、ひもを引くと温まる、駅弁に使われている加熱材などを利用して背景に湯気を漂わせることもあります」
劇中の料理の見方が変わる奥深さ。最後に佐藤さんの美術担当としての思いを尋ねた。
佐藤さん「美術の仕事はテレビに映る物すべてが対象。配属された若手には消え物も美術の仕事という意識を持たせ、描かれる時代の料理を調べる作業から始めます。美術の仕事はいろいろありますが、私は消え物に情熱を注いでいます。食べることが好きなので(笑)」
情熱を注ぐのは料理だけではない。
佐藤さん「『らんまん』で菊にちなんだお膳や漆器が必要となり、明治時代からある石川・輪島塗の工房を訪ねて100年前の菊の文様の漆器をお借りしてきました。そこは朝ドラ『まれ』でもお世話になった工房。今回お借りできたのもその縁があってのこと。『らんまん』に器が登場することで輪島の皆さんが喜んでくれたらうれしいです。ウソはつきたくないんです。器一つでも見る人が見たら分かります。可能な限り本物を目指しています」
リアリティーを追求し、湯気や食べる俳優の表情さえ気遣う。テレビに映るすべてに妥協しない姿勢がNHKの消え物の評価の理由なのだろう。