燃える闘魂生誕80年、アントニオ猪木展開幕 “仕掛人”が明かす舞台裏と次の野望

3日~15日まで、東京・新宿の京王百貨店新宿店で『燃える闘魂 アントニオ猪木展』が開催されている。2日にはお披露目会としてメディアおよび関係者への内覧会が行われ、約30社・60人の取材陣、および200人を越す関係者が集結。開幕前日にもかかわらず、独特の熱気を発していた。同内覧会で起こった出来事と見どころ、実現に至る経緯、さらには次回以降の展望を関係者に聞いた。

藤波辰爾とSareeeが“闘魂棒”を持ちながら、『猪木展』開幕の「1、2、3、ダーッ!」を叫ぶ
藤波辰爾とSareeeが“闘魂棒”を持ちながら、『猪木展』開幕の「1、2、3、ダーッ!」を叫ぶ

入門2か月の写真を見ながら感慨にふける藤波辰爾

 3日~15日まで、東京・新宿の京王百貨店新宿店で『燃える闘魂 アントニオ猪木展』が開催されている。2日にはお披露目会としてメディアおよび関係者への内覧会が行われ、約30社・60人の取材陣、および200人を越す関係者が集結。開幕前日にもかかわらず、独特の熱気を発していた。同内覧会で起こった出来事と見どころ、実現に至る経緯、さらには次回以降の展望を関係者に聞いた。(取材・文=“Show”大谷泰顕)

 2日に行われた内覧会、ゲストとして出席したのは、一番弟子の藤波辰爾、WWE帰りの女子プロレスラー・Sareee、お笑い芸人のアントニオ小猪木とアントキの猪木の計4人。いずれもA猪木とゆかりのある人物ばかりである。

 とくに中学卒業後に日本プロレスの門を叩き、A猪木の一番弟子として今に至る藤波は、ズラリと展示された、過去の写真のパネルを見ながら感慨深げな表情を浮かべた。例えばA猪木の付き人として、3つのバッグを両手に持ちながらA猪木の斜め後ろを歩く写真を見つけると、「これは入門してすぐの写真だね」とコメント。

 A猪木VSスタン・ハンセンのパネルの前では、「これはハンセンがまだ力任せの頃だね」とポツリ。A猪木がアブドーラ・ザ・ブッチャーに延髄斬りを見舞うパネルの前では、「本家本元(の延髄斬り)が一番キレイだね」といった具合だ。

 その藤波に、女子プロレスラーのSareeeが挨拶に向かうと、「(WWEは)どうだった?」と問いかける。「ありがとうございます。すごくいい勉強になりました。2年半…」とSareeeが話すと、「よかったね」とニコリ。

 展示場にはプロレスラーの入場テーマ曲が流され、時折、A猪木が引退挨拶で口にした『道』の詩も流れる。

 さらに、場内にはA猪木VSモハメッド・アリによる『格闘技世界一決定戦』(1976年6月26日、日本武道館)に関する展示品も並べられ、A猪木とアリがそれぞれ着用したガウンも拝むことができるほか、アリによるA猪木への手紙(77年)も展示されている。

 また、A猪木が世界各国に持ち歩いた“闘魂棒”には、実際に触れることができるようになっているし、A猪木による数々の「書」も見応えのあるものばかりだ。

猪木の一番弟子・藤波辰爾藤波辰爾が感慨深く入門したての自身の画像を指差す
猪木の一番弟子・藤波辰爾藤波辰爾が感慨深く入門したての自身の画像を指差す

きっかけは意外な人物

 実は京王百貨店の店内に入ってまず驚いたことがある。

それは百貨店の正面入り口でのこと。そんな百貨店の顔とも言うべき場所に、A猪木の等身大パネルが配置されているのだ。しかも、レプリカと思われる、かつてA猪木が腰に巻いたベルトがショーケースのなかに陳列されている。

 場所がプロレス会場ではなく、百貨店であることを考えると、余計に独特の世界観に引き込まれてしまう錯覚すら覚えるほどだった。

 さて、今回はA猪木の生誕80年を記念しての開催となった同展示会だが、具体的にはいつから企画されていたのか。京王百貨店新宿店の鈴木隆宏取締役がこう話す。

「今年の3月、4月くらいですかね。元々、別件で仕事をしていたお取引先の部長が(UWFスネークピットジャパンの)宮戸優光さんの親友ということで、宮戸さんが高円寺でやっていらっしゃるお店にちゃんこ鍋を食べに行ったんです。その時に私がその場で『A猪木展』をやりたいという主旨の話をしたら、すぐに(実弟の)猪木啓介さんに電話を入れていただいて。啓介さんから、猪木元気工場(IGF)の高橋仁志社長(当時)を紹介していただいて、宇田川強取締役に、という流れなんです。だから、それこそトントン拍子で話が進みました」

 もちろんIGFとしては、以前から企画には上がっていたに違いないが、まさかそんな流れで一気に実現するとは思ってもいなかっただろう。「人が人を呼んでいただいて着地できたという。だから大事だなーと思いましたね、人の繋がりって」(鈴木取締役)

 ここで重要なポイントだと思うのは、やはり鈴木取締役も、元々は“A猪木信者”だったという点だろう。

「だから夢中になって見ていた側でした。今回、展示されているガウンも、猪木さんが着用されている試合を生で見たことがありますし、『道』の詩も生で聞いた世代です。猪木さんと藤波さんの8・8のフルタイムドローの試合(1988年8月8日、横浜文化体育会館)とか、新日本とUWFインターナショナルの全面対抗戦(1995年10月9日、東京ドーム)ですとか、その頃が高校生・大学生でしたね」と鈴木取締役は目を輝かせる。

『猪木展』開幕セレモニーより(左端より藤波辰爾、アントニオ小猪木、Sareee、アントキの猪木、京王百貨店の鈴木隆宏取締役)
『猪木展』開幕セレモニーより(左端より藤波辰爾、アントニオ小猪木、Sareee、アントキの猪木、京王百貨店の鈴木隆宏取締役)

京王グループとの縁が蘇る

「僕らの世代は現役時代の猪木さんを見て元気をいただいた世代なので、その世代の方々に、展示会を通して元気になってもらいたい、という主旨があって企画をさせていただいたんですけど、現在、当社の経営計画でも新しいお客様の獲得を掲げておりまして。先日まではこのスペースでスポーツ関連の日本代表公式グッズを売ったりもしていたんですよ」(鈴木取締役)

 確かに会社の方針と一致した結果、話が進んだ企画なのかもしれないが、驚くべきは鈴木取締役が、早くも来年の「猪木展」を実現すべく、検討段階どころか、具体的な実現に向けて動いていることだろう。

「今考えているのは、駅弁大会といった人気イベントなどを行っている7階の大催場があるのですが、そこで『超猪木展』(仮)ていうんですかね。今回の結果を見てから最終決定はするかと思いますけど、今回のものをよりグレードアップさせた展示会を検討しています」(鈴木取締役)

 今から来年の構想に向かってすでに動き出しているとは、さすがはA猪木信者というべきだが、さらに一歩進んだ展開も模索されている。実は今回、グループの親会社である京王電鉄からは生誕80年を記念した、A猪木の記念切符が売り出されているが、来年以降も、今回の反響を踏まえた上でコラボレーション企画を検討しているというのだ。

「グループ内にもA猪木さんのファンは多いですから。だから是非、そんなことができないかという話は出ています。京王プラザホテルさんにも相談して、次回はデパート、鉄道、ホテルと連動しながら『超猪木展』(仮)がやれたらいいなあと思っています」

 振り返れば、A猪木が倍賞美津子と1971年に結婚式を挙げたのは京王プラザホテルだっただけに、京王グループとは縁がなかったわけではない。むしろ、その縁が今になってまた蘇ったと考えると、非常にA猪木的ともいえる。

 A猪木は昨年10月1日に心不全のためにこの世を去ったが、残されたファンの心には今も“燃える闘魂”が生き続けている――。

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