「送料無料」「翌日配達」“当たり前”の裏に泥臭さと過酷さ 元トラックドライバーが明かす実情

物流業界に危機が叫ばれている。長時間労働や低賃金など労働環境の過酷さを訴える声が止まない。来年4月からは、働き方改革関連法によるトラックドライバーの残業規制強化が控えているが、かえって物流の停滞や人手不足を招くとする「2024年問題」が懸念されている。輸送を依頼した企業(荷主)の顔色をうかがって働かざるを得ない“荷主至上主義”の実態、「送料無料」の表記が“当たり前”になっている社会全体の意識改革について、元トラックドライバーでライターの橋本愛喜さんに聞いた。

物流業界・トラックドライバーを巡る労働環境は問題が顕在化している(写真はイメージ)【写真:写真AC】
物流業界・トラックドライバーを巡る労働環境は問題が顕在化している(写真はイメージ)【写真:写真AC】

物流業界の「2024年問題」や主従関係によるサービス業務の問題点を鋭く指摘 橋本愛喜さんに聞いた

 物流業界に危機が叫ばれている。長時間労働や低賃金など労働環境の過酷さを訴える声が止まない。来年4月からは、働き方改革関連法によるトラックドライバーの残業規制強化が控えているが、かえって物流の停滞や人手不足を招くとする「2024年問題」が懸念されている。輸送を依頼した企業(荷主)の顔色をうかがって働かざるを得ない“荷主至上主義”の実態、「送料無料」の表記が“当たり前”になっている社会全体の意識改革について、元トラックドライバーでライターの橋本愛喜さんに聞いた。(取材・文=吉原知也)

「全国に運送業者は6万3000社、トラックドライバーは約84万人が従事していると言われています。大型車のドライバーの平均年齢は50歳ぐらいです。皆さん、『日本の物流インフラを支えているんだ』というプライドを持ってハンドルを握っています。クールな方が多いのですが、恥ずかしがり屋で、『ありがとうございます』と面と向かってお礼を言うと、はにかむんですよ」。橋本さんはドライバーたちの“横顔”について、こう誇らしげに語る。

 橋本さん自身、ブルーカラーの世界で汗水垂らして働いた経験を持つ。大阪府出身で、大学卒業1か月前のタイミングで、零細の金型研磨工場を経営する父が病気で倒れ、急きょ、工場経営を担うことに。大型自動車免許を取得し、トラック輸送に約10年間携わった。「自分の工場と得意先の工場間で金型を運ぶ自社配送、白ナンバーのドライバーでした。片道500キロを1日で往復するような長距離運転も経験しました」。現在は物流業界の現状についての取材・執筆活動に取り組んでおり、このほど『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA刊)を上梓した。

 課題を挙げればキリがない。依頼された荷物を運ぶ際は、予定時間より遅くなる「延着」はもちろん、早く到着する「早着」も許されない。それどころか荷主が指定した時間を過ぎても「先着のトラックの積み降ろしが終わっていない」「まだ準備できていない」との理由から敷地内に入れてもらえないことも多い。こうした「荷待ち」は2~3時間は日常茶飯事。中には21時間半も待ったケースもあるという。橋本さんは「荷主至上主義」の悪影響を鋭く指摘する。

「立場の弱い運ぶ側が荷主に何か言うと、『じゃあ他の業者さんに頼みますから』の一言で一蹴され、次から仕事が来なくなります。それに、付帯作業といって、荷物を運ぶだけでなく、積み降ろしや検品、仕分け、スーパー店舗での陳列まで頼まれることもあるんです。しかも、もともとの契約にはない仕事であることがほとんど。コンテナに重さ30キロの米俵800個、トラックの荷台にティッシュ箱数千個、50キロ近いタイヤを数百個積み降ろしする人もいます。主従関係によるサービス業務がデフォルト(初期設定)になっている実情があります」と強調する。

元トラックドライバーでライターの橋本愛喜さんが物流業界の「2024年問題」について語った【写真:ENCOUNT編集部】
元トラックドライバーでライターの橋本愛喜さんが物流業界の「2024年問題」について語った【写真:ENCOUNT編集部】

「『人が運んでいる』ことを実感する機会が薄れているのではないでしょうか」

 そして、危惧が募る「2024年問題」。トラックドライバーの長時間労働が是正されることはワークライフバランスの観点で重要なことだが、一方で、労働時間の短縮によって、長距離輸送などの輸送力が低下し、一般的に走行距離に応じて手当が支給される運転手の収入減につながることが懸念されている。一般消費者にとっても、今までのように早く安定して物品や食品が届くような生活の質が変化してしまう心配もある。

 橋本さんは「ドライバーさんの中にはもっと働きたい人もいるのに、労働時間が短くされる。そうなると、『稼げなくなるなら辞める』となります。じゃあ休みの日に副業しようとなって結局働き詰めになります。本末転倒な事態が起きるわけです。それに現在、高速道路でのトラックの速度規制について、現行の時速80キロから引き上げる議論が進んでいますが、安全運転にかなりの神経を使っているドライバーの精神的負担が増え、事故時の危険度が高まる不安があります。解決策は、一択です。運賃を上げること。収入が多くなれば、多少大変でもやりたいと手を挙げる人は増えるはずです。無料サービスになっている付帯作業にもお金を支払うべきです。国はご都合主義にならず、もっと真剣にドライバーの親身になって考えてほしいです」と訴える。

 インターネット通販の現場では、「送料無料」という表現や「翌日配達」は言わば、当たり前のものになっている。橋本さんは、“世間の感覚”についても言及する。

「世間から『トラックドライバーって荷物を運ぶだけでしょ』『送料って無料なんでしょ』と簡単に言われてしまう。そうすると、ドライバーさんの中には、自分の存在がないように感じる人が結構いらっしゃいます。私は例えば刺身をいただくとき、この食卓にたどり着くまでに、この魚は港から多くの人を介し、夜道の運転でドライバーさんが運んできた、という情景が思い浮かびます。泥臭さと過酷さの上に、今の物流が成り立っているんです。最近は宅配サービスでさえも、置き配が主流になってきていますが、逆に言えば、ドライバーと接しないことで、『人が運んでいる』ことを実感する機会が薄れているのではないでしょうか。便利さと引き換えに、大事なことをどんどん忘れている気がします。消費者の皆さんにも、『誰かが一生懸命運んでいる』ことを少しでも考えていただけたら」と切なる思いを明かす。

 トラックドライバーの仕事はつらいだけなのか? 橋本さんは「全然そうではないですよ」と笑顔で答える。30~40代の転職組も多く、「営業職の数字ノルマから解放され、『こんないい仕事はない』と生き生きと運転しているドライバーもいますよ」という。全国の絶景・絶品グルメを楽しめる“役得”もあるそうで、「私自身も都会から田舎へ、田舎から都会へと移り変わる景色を見るのが好きでした。個人の時間をしっかり持てて、しがらみや変な上下関係のない、心の自由度が大きい、素晴らしい仕事ですよ」と力を込めた。

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