性的表現は女性差別を助長する? 相次ぐ炎上なぜ…憲法学者が語る「表現の自由」との線引き

近年、ネットを中心に「表現の自由」と「性的表現の規制」を巡る議論が盛んに行われている。漫画やアニメ、アダルトビデオ(AV)などの性的な描写や表現が「環境型セクハラ」「女性差別、性犯罪を助長する」として幾度もやり玉に挙げられているが、フィクションにおける性表現は社会や個々の人格形成にどの程度の影響を及ぼすのか。また、表現の自由との兼ね合いについてはどのように考えるべきなのか。憲法学者でAV人権倫理機構の代表理事を務める武蔵野美術大学の志田陽子教授に見解を聞いた。

ネット上で盛んな表現の自由を巡る議論(写真はイメージ)【写真:写真AC】
ネット上で盛んな表現の自由を巡る議論(写真はイメージ)【写真:写真AC】

公共性の強い掲示物に「性的だ」との批判が寄せられ炎上する事態が相次いでいる

 近年、ネットを中心に「表現の自由」と「性的表現の規制」を巡る議論が盛んに行われている。漫画やアニメ、アダルトビデオ(AV)などの性的な描写や表現が「環境型セクハラ」「女性差別、性犯罪を助長する」として幾度もやり玉に挙げられているが、フィクションにおける性表現は社会や個々の人格形成にどの程度の影響を及ぼすのか。また、表現の自由との兼ね合いについてはどのように考えるべきなのか。憲法学者でAV人権倫理機構の代表理事を務める武蔵野美術大学の志田陽子教授に見解を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)

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 この数年、公的機関が関わった広告や掲示物、社会的影響が大きいとされる流通物に対し、一部から「性的だ」との批判が寄せられ炎上する事態が相次いでいる。2019年には漫画「宇崎ちゃんは遊びたい!」とコラボした献血ポスターが過度に性的だとして炎上、21年にはご当地バーチャルYouTuber「戸定梨香(とじょうりんか)」を交通安全啓発のイメージキャラクターに採用した千葉県警が批判を受けて動画を削除した。22年には日経新聞が掲載した漫画「月曜日のたわわ」の広告が議論に。つい最近でも県営施設でのグラビア撮影会中止や、小学生向けファッション雑誌の付録少女漫画におけるキスシーンが物議を呼んだ。AVが女性差別や性犯罪を助長させるのではという論争も度々起こっており、性表現と表現の自由を巡る議論は枚挙にいとまがない。

 表現の自由とは、思想・意見・感情などを検閲や規制をされることなく自由に表明する権利のこと。憲法に定められた基本的人権のひとつだが、一方で公共の福祉による制約を受ける場合もあるとされている。性的とされる表現物を取り扱う際、どのようなことに留意すべきなのか。

「まず大前提として、法的に規制されている表現もあります。国内では、例えば局部が写り込んだ画像や映像はわいせつ表現として禁止されている。制作過程で強制わいせつなどの犯罪行為があったものや児童ポルノも同様です。一方、出演者の合意のもとで作られたAVの表現、漫画やアニメなどフィクションの表現は、仮に作品内で犯罪行為があったとしても実在の被害者がいないため規制されることはありません。この他、条例で青少年の健全な育成を害するものは有害表現として規制されていますが、細かいところは自治体ごとに判断が異なります」

 前述の性的表現を巡る炎上は、法的にはいずれも問題がないとされるものばかりだ。ただ、公的機関が関わった場合や公共の場所での表現の場合、その表現を見たくないという人の感受性にも一定の配慮をする必要があるという。

「観客の合意がある映画館、読みたい人だけがアクセスする漫画、18歳未満禁止のAVなど、ゾーニング(販売区分)が設けられたクローズドな場所での表現は否定されるべきではありません。一方、駅構内やネット広告など公共性の高い場所での、見る側の合意がないままに目に入ってしまう表現は、感受性保護のために慎重になるべき。公的機関が関わっているのであればなおさらです。気に入らない表現に対して『これはおかしい』『私は不快だ』という意見を表明することも、それはそれで表現の自由の範ちゅう。ただ、批判を受けて取り下げるのか、意に介さず続けるかの判断もまた、表現主体である公的機関や事業者の自由と責任に委ねられています。取り下げるまでクレームをやめないなどの行為は、カスハラ(カスタマーハラスメント)や脅迫にあたる可能性もあります」

 一部では、ゾーニングがなされており直接目に入ることがない表現に対しても「こんな表現が存在すること自体が許されない」「差別を助長してしまう」という主張のもと、許されるか許されないかの二者択一を迫るキャンセルカルチャー(大衆に拡散し炎上を誘うことで排斥する運動や風潮)が横行している。表現規制を巡る判断基準は国や地域、時代や文化によってもまちまちだが、過度な表現規制は危険だと志田教授は警鐘を鳴らす。

「イギリスやカナダでは、成人女優がドラマの中で高校生役を演じて性的アピールをしている描写も規制対象になっていますが、憲法学者としては、現実の被害者がいない表現物の法規制はもっとよほどの場合に限定すべきだと危機感を感じます。『巡り巡って未成年者が被害に遭う“かもしれない”』という、抽象的・間接的なリスクで表現規制を進めてしまえば、例えば時代劇での政略結婚が人身売買として描けなくなったり、殺人事件を扱ったミステリーが作れなくなったりということが起こり得る。実際に日本で起こった例として、学校での性教育がほとんど進んでいなかった時代に、エイズ被害について啓発する目的で避妊法を描いた漫画が、性的だと解釈され有害図書に指定されてしまったことがあります。これではむしろ現実の青少年に届かせる価値のある表現がふさがれてしまいます。

 性表現の中にも、有害なものと、そうとは言えないものがあります。子どもを純粋培養で育てたがる親や教員はいますが、どんな人間でも10~12歳を過ぎる頃には自分や周囲の体の変化に気づき性への関心を持つようになる。性への興味も大切な知的探求心のひとつで、思考力の源です。本人が関心を持っているものを大人の都合で摘み取ってしまうと、隠れてより過激なコンテンツから偏った情報を得たり、逆に大人になってから知識がないまま強い刺激に触れて、正常な判断ができなくなってしまったりということも起こり得ます。明らかに犯罪を教唆・ほう助するものはきちんと罰するべきですが、性的な表現をすべて『不健全』と見て規制してしまうのは望ましいことではありません」

 性表現についての議論の中でも、最も意見が分かれるのがAVを巡る論争だ。「間違った性知識を植え付ける」「女性差別を助長する」との批判も根強いが、AV人権倫理機構の代表理事も務める志田教授はこの問題についてどう捉えているのか。

「AVの中に、性的好奇心を満たすための手段として差別的な表現が含まれているのは事実。例えば痴漢ものは人気のジャンルのひとつです。ただ、大前提として痴漢は犯罪で、現実ではやってはいけないことという理解の上で、フィクションの中でのみガス抜きとして楽しんでいる。確かに、性犯罪者のほぼ100%はAVを見たことがあるでしょうし、中には影響を受けたという人もいるでしょう。ただ、見ている人の中で犯罪を犯していない人の方が圧倒的に多数なのもまた事実です。日本では戦前に思想犯を大量に取り締まった表現弾圧の歴史への反省から、よほどの立法事実、例えばAVを見たら必ず性犯罪を犯すなどの客観的因果関係が証明できない限り、表現規制に踏み切るべきではないでしょう。

 社会の中で『性犯罪を許さない』という良識が共有できていて、出演者への人権にも配慮ができているのであれば、そうした表現に表現規制は必要ありません。裏を返せば、性虐待への扇動やヘイトスピーチが行われている場合は規制もやむを得ない。民族紛争が行われている地域では、敵対民族の女性をレイプし妊娠させることで、長期的に子孫を根絶やしにさせるという行為が戦闘の一環としてあおられた事例もある。こうした性暴力の煽動を禁止し取り締まることは、表現や思想の自由よりも優先されるべきですが、同じ理論を日本のAVに当てはめることはできません。

 これは私見ですが、性犯罪を起こすのは社会から孤立した人が多い。性欲というのは人間の根源的な欲求で、人との関わりがなく、希望や生きがいをなくした人にとって、ある意味最後に残る知的好奇心や対他関係が性に関すること。性犯罪者を出さないためには表現物を取り締まるよりも、孤立した人を出さない共存社会をいかに作っていくかが大事だと思います」

 長い時間をかけて作られ、守られてきた表現の自由という権利。社会の秩序とのバランスをとりながら、炎上に踊らされることなく、冷静な議論を進めたいところだ。

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