松下洸平が振り返る20代「自分は何者か分からなかった」 歌手デビュー後の挫折と命拾いした俳優業

俳優でシンガー・ソングライターの松下洸平(36)が今月19日、サードシングル『ノンフィクション』をリリース。穏やかな日常に幸せを感じる松下の歌詞と表現力豊かな歌声、新たな世界観を作り上げた。いま、俳優として名をはせているが、キャリアをスタートさせた歌へのこだわりは強い。そんなアーティストとしての松下に迫った。

ミュージシャンとしてのこれまでを振り返った松下洸平【写真:矢口亨】
ミュージシャンとしてのこれまでを振り返った松下洸平【写真:矢口亨】

3枚目シングル『ノンフィクション』を19日にリリース

 俳優でシンガー・ソングライターの松下洸平(36)が今月19日、サードシングル『ノンフィクション』をリリース。穏やかな日常に幸せを感じる松下の歌詞と表現力豊かな歌声、新たな世界観を作り上げた。いま、俳優として名をはせているが、キャリアをスタートさせた歌へのこだわりは強い。そんなアーティストとしての松下に迫った。(取材・文=福嶋剛)

――松下さんの音楽との出会いは。

「家族の影響が大きかったです。特に母親が70~80年代のソウルミュージックが好きで、小学生の時に母親にボーイズIIメンのライブに連れて行ってもらい、そこからハマりましたが、当時は美術に没頭していました」

――音楽の道に進む決断をした時期は。

「美術をやってきたので、『普通なら美大へ進学するだろう』と家族も思っていたみたいですが、僕は勉強が大の苦手で(笑)。実技だけならまだしも、学科は無理だなと思って受験から逃げたかったんです。そんな時に映画『天使にラブソングを2』を見て、『楽しそうだからこっちにしよう!』って。その勢いで『音楽の道に行こう』と決め、専門学校に進みました」

――お母さまは驚いたでしょうね。

「母親だけじゃなくて、同級生もみんなびっくりしていました(笑)。さすがに『お前は何をしたいんだ』と親に言われましたけど、最終的には『そこまで言うならやってみなさい』と」

――不安も大きかったのでは。

「僕はいつも根拠のない自信とビギナーズラックに助けられてきた自覚がありますね。専門学校でも、運良く人に恵まれて学校に通った2年間で自分がやりたいことが見えてきたので、『これでいける!』。そう思っていました」

――卒業して1年後の21歳の時、絵を描きながら歌う「ペインティング・シンガーソングライター」としてメジャーデビューを果たしました。

「絵を描きながら歌うというパフォーマンスはプロデューサーのアイデアでした。当時は自分に何ができるのかよく分かっていなくて、歌も絵も好きでしたし、好奇心と勢いで『同時にやっちゃおう』って軽い気持ちでした」

――デビュー曲はタイアップも付いて「これでいけるぞ」という自信はありましたか。

「ありました。でも、当時は本当に何も分かっていませんでした。単純に自分の曲でデビューできたことがうれしくて、自分のCDをショップで見つけて満足して、スタイリストさんやメイクさんまで付いてくれる。そういう1つ1つがとても新鮮でした。でも、本当に大事なのってそこじゃないんですけど、自分の曲が売れていないという事実に危機感がありませんでした」

――その事実に気付いたのは。

「直後です。2枚目、3枚目のシングルの話が全然ないので『あっ、そういうことなのか』と。デビューしたら音楽番組に出てたくさんのお客さんの前で歌って絵を描いて……。そんな夢を勝手に想像していましたが、持っていた自信が完全になくなってしまって、『もう、逃げ出したい』と思うようになりました」

――音楽を辞めようと思ったんですね。

「はい。『もう辞めよう。撤収だ』って。それでデビューするまでお世話になっていたアパレルショップに戻ろうと思ったのですが、『松下はすげえな。頑張れよ!』と送り出してくれた店長の言葉を思い出し、『店に戻ります』とはなかなか言えませんでした。そんな時、ミュージカルの話が舞い込んで来て、ダメもとでオーディションを受けたら合格しました。『命拾いをした』と思いました」

――そこから役者の世界へ。

「そうです。『GLORY DAYS』(2009年)というミュージカルに出演させていただいたんですけど、僕は芝居が初めてだったので、まともに演技ができない状態でした。もちろん厳しい指導を受けましたが、経験者だったら恥ずかしくてできないようなことも無知だから逆にアグレッシブに演じられて。現場も楽しくて次の居場所を見つけることができました」

――俳優としてのキャリアが始まっても、音楽も完全撤収せず、毎年1回ライブは続けていたそうですね。

「『俳優業をやります』と宣言しましたが、やっぱり、僕にとって音楽は大切なもので、自分の感じたことを吐き出せるツールでもありました。なので、細々と続けていて、応援してくださるファンの人たちの前で年に1回、ファンミーティングみたいな形で100人も入らないくらいの小さな会場で歌い続けていました」

新曲『ノンフィクション』今の自分を噛みしめるような曲【写真:矢口亨】
新曲『ノンフィクション』今の自分を噛みしめるような曲【写真:矢口亨】

壁に当たると出てくる冷静な自分「じゃあ、どうする?って」

――13年後の2021年には古巣のレコード会社に戻り、再びメジャーで音楽活動を始めました。

「事務所の社長に『もう1回、歌わない?』と声を掛けていただき、『もう1度やってみよう』と決めました。正直、誰かに声を掛けてもらわなかったら、本格的に歌う気持ちにはならなかったかもしれません」

――最初にデビューした時のつらいことがトラウマでしたか。

「そうですね。他にも『俳優と音楽を両立できるのかな?』とか、いろんな不安もありました。ただ、今回はあの頃とは違い、俳優として積み上げてきた10年があるので、そこに後押しされて踏み出せた部分も大きいとは思います」

――そして、2021年にシングル『つよがり』で再デビュー。

「久しぶりにレコード会社に戻ると、21歳の頃にお世話になっていた方や、『当時ファンでライブを見てました』という若いスタッフにも声をかけてもらいました。僕がメジャーデビューした作品のアートワークを担当してくれたコーディネーターが、再び『つよがり』のアートワークを担当してくれたりで、うれしかったですね」

――「おかえり」と言われた訳ですね。

「『古巣に戻るってこんな現象が起きるんだ』と不思議な気持ちでした。それだけたくさんの人たちがあの頃、21歳の自分に力を貸してくれたのに何ひとつ結果を出せなかったことがずっと心残りでした。10年以上掛かってしまいましたが、今度は僕がみなさんにお見せできなかった景色を見せたいという新たな夢が生まれました」

――再デビューしてリリースした作品は、全てオリコン週間チャートトップ10入り。今や数千人規模の会場を瞬く間に満員にしてしまいます。大ホールに立った感想は。

「そうですね……。『広いな~』って(笑)。たまに家でライブDVDを見て振り返ることがあるんですけど、『あの頃の自分に見せてあげたいな』と思いましたね」

――今月19日、3枚目のシングル『ノンフィクション』がリリースされました。

「この2年間でシングル、アルバム、全国ツアー、ライブDVDと一通りやらせていただいたので、また次の章のスタートに相応しい曲を作りたいと思い、今回は誰かのための曲じゃなく、今の自分を噛みしめるような曲を書きました。20代の頃の自分は何者なのかよく分からなくて、誰かの真似をして着飾って生きていたと思うんですけど、結局はダサくてもカッコ悪くても、ありのままの自分でいることが一番楽だと気付いたんです。仲間と飲みに行ってもくだらない話ほど救われますし、『これで十分だ』と思えることもたくさんあります。そんなドラマチックなものではないけれど、飾らない日常に喜びを感じるような『ノンフィクション』を描いてみました」

――繊細な歌声も今回の特徴だと感じました。

「ありがとうございます。10年以上芝居をやってきて言葉を発する大切さ、難しさ、楽しさをさまざまな舞台で学んできたので、それが今のボーカルスタイルに影響してるんじゃないかなと思います」

――お話を聞いていると、松下さんには勢いのある大胆な行動力と冷静な一面が同居しているように感じました。

「そうかもしれません。僕の中の勢いのある自分と冷静な自分の2人が松下洸平を動かしています。勢いというのは絶対に必要で、これがあったから美術から音楽の道に、音楽から役者の道に進むことができたんだと思います。でも、勢いよく飛び込んだ先には、楽しいことばかりじゃなく、壁にぶち当たることの方が多いのもまた事実で。そんな時に、もう1人の冷静な自分が出てくるんです。『じゃあ、どうする?』って。今の自分には何が足りなくて、何をすればいいのか、逃げることも大切だったし、ものすごく冷静に見つめながら次の一手を考えている自分がいるんです」

――その大きなきっかけは。

「ちょっとそそっかしい話ですが、美術の授業で人生1、2を争うくらいデッサンで良いものが描けたんです。でも、先生はずっと渋い顔をしていて、『なぜだろう』と思ったその時、『イーゼル(=スタンド)が斜めになってるよ』と(笑)。確かに全部斜めに書いていました。勢いだけでやってきたので、俯瞰(ふかん)で見る目がないと自分はダメだなってそこで気が付きました(笑)」

□松下洸平(まつした・こうへい) 1987年3月6日、東京都生まれ。2008年、洸平の名義でシンガー・ソングライターとしてデビュー。翌09年に俳優活動を開始。19年にはNHK連続テレビ小説『スカーレット』でヒロインの夫、八郎役で人気に。俳優活動が充実する中、21年にシングル『つよがり』で再デビュー。22年には初のフルアルバム『POINT TO POINT』をリリース。東京ガーデンシアター2daysを含む自身最大規模の全国ツアーを24年1月より開催予定。

松下洸平 公式HP:https://www.kouheiweb.com/

次のページへ (2/2) 【写真】松下洸平のインタビュー別カット集
1 2
あなたの“気になる”を教えてください