値上げラッシュの中で「500円ランチ」を死守 独立系ファミレス店主の信念「いまさら値上げなんて」
歴史的な円安による原材料費高騰や慢性的な人手不足などにより飲食店の値上げラッシュが続く中、20年間にわたって平日ランチ500円(税込み)を続けている独立系ファミリーレストランがある。平日ランチ時間帯にやってくる客の5割がこの500円ランチを注文するという地元の看板メニュー。「利益はほとんど出ない」と店主は打ち明けるが、値上げという選択は「ありません」ときっぱり。その理由と対策を聞いた。
慢性的な人出不足対策 タブレット端末導入で作業が省けて効率アップ
歴史的な円安による原材料費高騰や慢性的な人手不足などにより飲食店の値上げラッシュが続く中、20年間にわたって平日ランチ500円(税込み)を続けている独立系ファミリーレストランがある。平日ランチ時間帯にやってくる客の5割がこの500円ランチを注文するという地元の看板メニュー。「利益はほとんど出ない」と店主は打ち明けるが、値上げという選択は「ありません」ときっぱり。その理由と対策を聞いた。
長野県小諸市。懐古園、布引観音、浅間山などの観光スポットのほか明治の文豪・島崎藤村ゆかりの地としても知られている。その小諸市を東西に走る国道18号線沿いの1600坪もの広大な敷地内に店舗を構えているのが『ファミリーレストラン八億』。
1964年に焼肉店として創業し、80年に現在の地に移転した。主力の焼肉メニューに加え、定食、洋食、中華、喫茶メニューを充実させ地元客で賑わっている。来年、創業60年を迎えることから同県の複数のローカル局が取材に訪れるほどの有名店だ。店名の『八億』は創業時の中国の人口7億人と日本の1億人を足した数字に由来しており、アジア諸国の友好を願って先代が名付けた。21年3月に放送されたテレビ東京系『千原ジュニアのタクシー乗り継ぎ旅特別編4 長野・霧ヶ峰~新潟・マリンドリーム能生』の1日目の昼食でタレントの千原ジュニアと小池徹平が立ち寄ったレストランとしても知られている。
お昼時間帯の人気は日替わりランチで値段はピッタリ500円。この時間帯に訪れる客の5割ほどが注文するという定番メニューだ。チキンカツの大根おろしとじ定食やチキンカツトンカツソース&デミグラスソースかけ定食などが日替わりで提供される。人気の理由は何といってもその値段の安さだ。店主の宮本光慶さんは「平日はだいたい50食から多い時で100食くらいは注文を頂きます。ライスのお代わりも無料にしています。原材料費の値上げが続く中、商売的にはかなり苦しいですが、いまさら値上げするなんてできないですよ」と話す。
東京商工リサーチの調査によると23年上半期(1~6月)の飲食業倒産(負債1000万円以上)は424件で前年同期比78.9%増という深刻な事態となった。上半期だけで見ても20年の418件を超え過去30年間の最多を更新したという。コロナ禍では各種支援金などに支えられたが、その後の売上は十分に戻らず、支援終了とともに深刻化した光熱費の値上げや急激な円安による原材料費高騰、さらに人件費の上昇で苦境が鮮明になっている。
苦境裏にあるのは『八億』も例外ではないが、ピンチは今回だけではなかった。過去のピンチは「消費税でした」と明かす。97年に5%、2014年に8%と段階的に引き上げられ19年には10%に。「一番ピンチだったのは消費税率が8%から10%に引き上げられた19年です。税率分値上げすると客離れが心配なのでそれもできない。結局、こっちが手取りを減らすしかない訳です。今回も値上げするかどうか迷いましたが、いまさら値上げするのもどうか、と。頑張ってもう少し500円でやってみるか、という気持ちで続けたらお昼の開店と同時にお客さんがドドドーっと入ってきて。その光景を見たら胸が熱くなり、『値上げしなくて良かった』と心の底からうれしい気持ちになりました」。
焼肉主力の同店は、定食に付くワカメスープやユッケジャンに化学調味料を一切使わず、厨房で牛骨をじっくり煮込み出汁(だし)をとるという。こうした努力が人気を呼び、独立系ながら長野県でも有名なファミレスの1つに数えられている。宮本さんは「単価の安いランチだけでは利益を出しにくいのは確かですが、夜のメニューを充実させることで何とかお客さんを繋ぎとめています。ただ、主力メニューが焼肉なだけに牛肉、豚肉、鶏肉、そして鶏卵の値上げにはまいっています。2割から3割、ものによっては倍以上になったものもあります。一部メニューは仕方なく値上げさせて頂きましたが、地元のお客様に愛されている500円ランチだけはお店の仲間全員でアイデアを出し合って何とか守っていきたいです」と常連客への“愛情”を貫く覚悟だ。
飲食業界は諸物価高騰と人件費の上昇でダブルパンチをくらっている状況だが、こうした苦境への対策として具体的に役立ったのが意外にも「タブレット」の導入だったという。
「大手ファミリーレストランや回転すしチェーン店が注文時に使うタブレット端末を続々と導入していますが、当店も実際に導入してみたところとても便利で大変助かっています。通常ならお客様が入店して着席を見届けたらお水とメニューを持ってテーブルに行き、注文を聞いて厨房に戻ります。人手不足のお店にとってはこの作業がけっこう負担となります。代わりにお客様が卓上のタブレットで注文するスタイルにして、お水もセルフ式にしたら従業員の作業行程が大幅に省けましたし、注文をなかなか決められないお客様に時間をとられることもなくなりました。ただ、タブレット導入にはかなりの投資が必要です。当店の場合はリース式です。正確な契約料は明かせませんが、月額数万円を7年間かけて支払う予定です。それでもアルバイトを数人雇用するよりははるかに安く済みます」
大手ファミレスの中にはタブレットを導入していない社もあるが、「それは経費節減のためでしょう。その分、従業員は客とのやり取りで時間をとられ、作業の負担が増えているのではないでしょうか」(宮本さん)。最近になってやっと鶏卵の価額が値下がりし始めた、と報じられている。地元名物“「八億」の500円ランチ”の存続にとって少しかもしれないが、支援となりそうだ。