新宿に実在のレトロバー、なぜ話題映画のロケ地に? 伊藤沙莉ら役者陣も驚嘆「こんな場所があったんだ」

俳優の伊藤沙莉が演じる女探偵が、新宿の異国情緒あふれる老舗のバーで珍事件に奮闘――6月30日より公開の映画『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』(内田英治・片山慎三監督)では、新宿に実在するバー『カールモール』が作品の舞台に選ばれた。なぜ実在のバーが、そのままの名前で映画の舞台に? 昭和の空気を伝えるレトロな空間が守られてきた歴史と、ロケ地に選ばれた舞台裏を取材した。

新宿に実在する「カールモール」がマリコ(伊藤沙莉/写真右)のバー兼探偵事務所になった。内装もほぼそのままだ【写真:(C)2023『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』製作委員会)】
新宿に実在する「カールモール」がマリコ(伊藤沙莉/写真右)のバー兼探偵事務所になった。内装もほぼそのままだ【写真:(C)2023『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』製作委員会)】

伊藤沙莉が実在のバーのママ&女探偵の二足のわらじ

 俳優の伊藤沙莉が演じる女探偵が、新宿の異国情緒あふれる老舗のバーで珍事件に奮闘――6月30日より公開の映画『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』(内田英治・片山慎三監督)では、新宿に実在するバー『カールモール』が作品の舞台に選ばれた。なぜ実在のバーが、そのままの名前で映画の舞台に? 昭和の空気を伝えるレトロな空間が守られてきた歴史と、ロケ地に選ばれた舞台裏を取材した。(取材・文=大宮高史)

 映画『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』は、新宿・歌舞伎町のバー『カールモール』の店主で探偵のマリコ(伊藤)が、FBIから「歌舞伎町に紛れ込んだ宇宙人を探してくれ」という珍妙な依頼を受けるところから始まる。マリコは恋人で自称・現役の忍者のMASAYA(竹野内豊)とともに宇宙人を探し始めるが、店にはヤクザの戸塚六平(北村有起哉)、キャバクラ嬢の絢香(乃木坂46・久保史緒里)、殺し屋の姉妹(中原果南/島田桃依)など新宿に暮らす変わり者が集まり、彼らの周囲で悲喜こもごものサイドストーリーも。オムニバス形式で描かれる6つのストーリーがつながりあってラストへと進んでいく、内田監督と片山監督の共同監督による奇想天外な娯楽作品だ。

 マリコのバー兼探偵事務所の『カールモール』は、この名前で新宿に実在する、1970年創業の歴史あるライブバー。玄関のドアを開くと店内はヨーロッパ風のレトロな内装に彩られ、壁紙や調度品、アール・ヌーボー風の照明ランプなどほとんどの品が創業以来の本物だ。映画の中でも多少の小道具を加えた上でオリジナルの内装で登場している。バーとして今も現役で、音楽イベントや撮影での一般利用も受け付けており、いつでもこの空間を訪れることができる。

 ビロードの壁紙に、西洋古典や音楽書が並ぶ本棚、壁には西洋画が飾られて趣向を凝らした店の装いは、初代マスターの故・小倉恒克さんの西洋趣味を生かしてのもの。『カールモール』という店名もドイツの文豪シラーの戯曲『群盗』の主人公の名前が由来だそうだ。

 2代目オーナーであるマダムの小林宏美さんも、元はカールモールに客、そして歌い手として足を運んでいた。唯一無二の店に魅せられて高齢のマスターの経営を手伝うようになり、2021年にマスターが亡くなった後、全面的に店の経営を担っている。バー営業に加えて、内装を生かして音楽イベント、写真やドラマの撮影スタジオにも活用。多角化で新型コロナウイルス直撃を切り抜けてきた。内田監督作品のWOWOWドラマ『向こうの果て』(2021)でロケ地になったことが、本作につながる。

「カウンターにもカメラさんが入って撮っていただきました」とマダムの小林宏美さん【写真:カールモール】
「カウンターにもカメラさんが入って撮っていただきました」とマダムの小林宏美さん【写真:カールモール】

「いろんな属性の人が集まりそう」新宿の猥雑さにマッチした異国情緒たっぷりの空間

「『向こうの果て』のあと、この作品でのロケ地選びのお話があって、下見の時に内田監督も『雰囲気いいね!』と喜んでいました。小道具と一緒にバーの品々も使っていただいて、カウンター裏のキッチンまでそのままカメラに収まって、完成したフィルムに映っていました(笑)」(小林さん)

 2階建てのカールモールだが、映画ロケで舞台になった1階のバーフロアの他にも見どころは多い。2階にもバーカウンターとオルガンがあり生演奏の音楽を楽しむことができ、映画劇中には登場しなかったが1階には創業時にしつらえたアール・ヌーボー風の電話ボックスがあり、こちらもとても写真映えする空間だ。

「マリコのバー兼探偵事務所として、新宿でいい雰囲気が出せるバーを探していて、広く探していたのですがこの店の内装とたくさんの人が集まることができる広さ、いかにも一癖ありそうな新宿の人々が集まりそうな雰囲気と、内田監督が求めている条件にぴったりマッチしました。劇中の描写で、カラオケがあることも条件だったので、バーカウンターがありかつ歌えるという稀有な条件がそろっていましたね」(藤井宏二プロデューサー)

 もともと内田監督と伊藤は『獣道』(2017)で共に仕事をした間柄。またタッグを組みたいと構想していたところで、内田監督・片山監督での共同作品の構想が固まっていき、新宿の街そしてカールモールが舞台になった。「オムニバス形式で作ろうという話から始まって、探偵・キャバ嬢・ホスト…といろんな属性の人が登場して、かつ海外でも受けそうなところ、となると新宿の歌舞伎町がぴったりでした。歌舞伎町って本当にいろんな人がいて、宇宙人がいてもおかしくないかなと。俳優の皆さんも『こんな場所があったんだ』と店の空間を楽しんで、ロケに入ってもらえたかなと思います」と藤井プロデューサーは語る。

 それにしても、なぜ店名までそのままで映画の中に? 「美術セットを多用しないであるものをできるだけ使おう、と考えていて、お店の看板もオシャレだからこのまま使ってしまおうか? と相談したらOKをいただけました。結果的により新宿らしさが出せたかなと思います」(藤井プロデューサー)

 実在のカールモールは歌舞伎町ではなく新宿一丁目にあるのだが、「歌声喫茶」など1970年当時に流行した音楽文化の名残をとどめている。歌舞伎町のわい雑な映像とマッチして、現代日本が舞台ながら荒唐無稽なエンタメの世界に違和感なく誘ってくれている。

『探偵マリコ』のロケでは作り物はできるだけ使わず、カールモールの他にも新宿の街路や横浜の福富町、実在する廃ラブホテルでロケを行って“リアル感”を演出した。長い歴史が詰まったカールモールの本物尽くしの空間も、非現実的すぎずにエンタメとして楽しめる雰囲気作りに貢献している。

 ロケが行われたのは2021年の12月。直前に初代マスターの小倉さんが亡くなり、小林さんにとっても慌ただしい中ではあったが、およそ1年半を経て全国公開がかなった。「まさか実名で映画に出るなんて」(小林さん)「正統派B級映画のテイストを狙いつつ、海外でも話題になる作品になったと思います」(藤井プロデューサー)

 国内公開に先立って、ポルトガルのポルト国際映画祭で観客賞を受賞するなど海外の映画通からも注目を集めてきた『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』は、カールモールをはじめとした日本独特のB級建築たちも映画を彩っている。

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