なぜ人は深海に魅了されるのか 特番スタッフが語る情熱、狙った生物の撮影確率は50%以下でも「やめられない」ワケ
ひたすら深海にこだわるフジテレビ系スペシャル番組『爆笑問題の深海WANTED9 ~何かが起きている!? 駿河湾×富山湾テレビ初の大探査SP~』が2日(午後4時5分~5時20分)に放送される。深海とは一般的に「水深200メートルより深い海」を指すが、その大部分は探査の及んでいない“人類未開の地”。手の届かない極限の世界をカメラに収めようと入念な準備をしてもなお「目標生物の撮影確率は5割」という極めて難しい取材対象という。それなのになぜ深海に挑み、撮影に執念を燃やすのか? 深海に魅せられた番組スタッフの思いを聞いた。
『深海WANTED』が希少生物のオオベソオウムガイの撮影やヨコヅナイワシの捕獲に成功 世界的大発見
ひたすら深海にこだわるフジテレビ系スペシャル番組『爆笑問題の深海WANTED9 ~何かが起きている!? 駿河湾×富山湾テレビ初の大探査SP~』が2日(午後4時5分~5時20分)に放送される。深海とは一般的に「水深200メートルより深い海」を指すが、その大部分は探査の及んでいない“人類未開の地”。手の届かない極限の世界をカメラに収めようと入念な準備をしてもなお「目標生物の撮影確率は5割」という極めて難しい取材対象という。それなのになぜ深海に挑み、撮影に執念を燃やすのか? 深海に魅せられた番組スタッフの思いを聞いた。(取材・文=鄭孝俊)
『深海WANTED』は爆笑問題が司会を務め、2015年から毎年1回放送されている深海探索バラエティーで、テレビ静岡が制作にあたってきた。これまでも世界初の貴重な映像撮影や希少生物の捕獲・展示に成功するなど専門家の注目も集めている。第9弾となる今年は日本三大深湾のうち静岡県の駿河湾と富山県の富山湾を訪れ、海の底にうごめく珍しい深海生物の撮影に挑戦した。
そもそも“深海”にこだわったバラエティー番組がなぜ9年も続いたのか。番組の立ち上げから担当している同局編成部の齊藤嘉一氏は「深海に特化した番組は多くないと思っています。他局さんではやらない突っ込んだ取材もしているので深海ファンの方々を中心に長く愛されている番組になりました」と前置きしたうえで、「珍しい深海生物の捕獲だけではなく、その存在を視聴者の方々に知っていただくために静岡・沼津市や沖縄など各地の水族館とコラボして生物の展示まで行ってきました。こうした各水族館との合同プロジェクトも番組のモチベーションを上げることにつながりました」。同局報道制作局制作部の矢野俊平氏も「取材が難しくて他局ではできないテーマに独自性があること、海底に潜む未知の深海生物を美しい映像で紹介するクオリティー、そして爆笑問題さんの一言、一言の面白さ、この3つが人気の理由だと思います」と話す。
今回はテレビ初挑戦となる最新型水中ドローンで富山湾最深部の水深1000メートルを探査し、ターゲットに据えていた“深海で笑う”超希少生物の姿をキャッチすることに成功。これまでも新種と思われる深海生物の捕獲や映像の撮影に成功している。番組の立ち上げについては最初の放送(第1回、2015年放送)の数年前からすでに取材を始めていたという。
「静岡県焼津市の小川港や沼津市の戸田港から漁船で駿河湾の沖合へ5分、10分出るともう水深が200メートルになり、深海の入り口を超える深さになります。2011年、そこに体長数メートルの深海ザメが生息しているという話を地元の漁師の方から聞きました。まさかそんなことが起きているのかと大変驚いて船に何度も乗り、その巨大な深海ザメの捕獲の瞬間にも立ち会いました。取材の中で、ある研究者は、駿河湾を『深海生物の竜宮城のような場所』と話してくれました。船に乗る度に目の当たりにする多様な生物たちの姿に、その言葉を実感し、この豊かな海が秘めた“驚き”を全国に発信したいと思ったことが番組の企画書を出すきっかけでした。駿河湾は、水深200メートルから1番深い2500メートルの地点まで撮影しており、これまで放送された全8回の中で紹介することができました。番組では海洋研究開発機構(JAMSTEC:ジャムステック)や東京大学、東海大学の専門家にもご協力いただき、深海生物の同定や取材のお願いもしています」(齊藤氏)
これまでの放送で一番驚いた経験を聞くと、齊藤氏は「第3弾の放送の際、ニューカレドニアの水族館と協力して水深300~500メートルのところに深海カメラを入れたところ、固有種のオオベソオウムガイがおよそ20匹群れている映像の撮影に成功しました。現地の水族館の方は『自分たちも見たことがない。これは世界で初めての映像だ』と驚いていました。国内では、駿河湾の最深部水深2000~2500メートルに生息すると言われていたヨコヅナイワシを捕獲することができました。当時、世界で6例目の個体で、21年1月に新種登録されたばかりの希少生物でした」と明かした。
一方、矢野氏は「今回の第9弾では富山湾の最新部となる水深1000メートルのところにテレビとしては初めて水中ドローンを使って探査し撮影を行いました。小さな生物たちのかわいらしかったり、気持ち悪かったり、光っていたり、動きが速かったり遅かったり、といろいろな姿がたくさん映っていますので今まで見たことのない生物の仕草や生態をご覧いただければ、皆さん好奇心を刺激されて楽しんでいただけるのかなと思います」とPRした。同局によると、水中ドローンは世界レベルでも水深350メートルまでがほとんどで遠隔操作型の無人潜水機(ROV)を除くと、今回の1000メートル級はほとんど前例がない挑戦になったという。同局によると、地球上では水深が10メートル深くなるごとに水圧が1気圧ずつ高くなる。水深1000メートル地点で約101気圧となり1平米あたり1000トンの力がかかる。カップラーメンの容器に101気圧をかけると約4分の1に縮んでしまうほどだ。
こんな恐ろしい深海を撮影するための地道な取材と入念な準備は執念に近い。モチベーションをどう保っているのか聞くと齊藤氏は「人々の多くは、海の生物の大人になった姿しか基本的には知りません。鮮魚店や水族館で見るあの魚ですね。あたりまえのことですが、生物は大人になっている“点”の存在ではなく、海に生まれ成長して“あの姿”になります。“大人の姿”という“点”だけではなく、“一生”という“線”で生物と向き合うと、どこで暮らし、何を食べ、どうやって家族を増やすのか…など、さまざまなことをより知りたくなります。私たちが制作する番組が、そのきっかけの1つになるのではないか、と信じながら取り組んでいます」と熱い思いを語った。
謎だらけの深海が相手だけにハプニングの連続ともいう。「実は番組で狙った生物が撮影できる割合は半分もないと思います。第1弾の時も狙っていたゴブリンシャーク(ミツクリザメ)は最後まで撮影できませんでした。爆笑問題の太田光さんから『なんですかこの番組は。ここまで引っ張ったら普通は撮れているよね』とスタジオでツッコミを受けました。深海はそれぐらい難しい。狙った生物がそのまま捕獲できたり撮影できたりすることの方が珍しいのです。そんなことの繰り返しですが、数多の失敗の先に驚きの発見があるからやめられません。番組に関わる専門家の皆さんやスタッフも、その虜になっています。深海生物を紹介する番組ですが、時に打ちのめされ、時に歓喜する番組関係者の『ヒューマンドキュメンタリー』も見どころかもしれません」(齊藤氏)
深海特番の発展形として将来的には「新種の巨大深海魚ヨコヅナイワシの研究の最前線を紹介する番組」(齊藤氏)、「海の生物と全国の水族館をつなげていくような企画」(矢野氏)など、海と生物に関わる番組制作や事業にチャレンジしたいと話している。
□略歴
齊藤嘉一(サイトウ・ヨシカズ)1983年生まれ、山梨県出身。筑波大第三学群情報学類卒業。大学では放送サークルに所属。06年にテレビ静岡入社。映像制作部(技術)を経て制作部へ。『爆笑問題の深海WANTED』や平日夕方の情報番組を担当。現在は編成部に所属。夢は漁港でソコボウズの幼魚を見つけること。
矢野俊平(ヤノ ・シュンペイ)1984年生まれ、愛媛県出身。慶応大法学部政治学科卒業。大学では体育会競走部(陸上部)に所属。08年にテレビ静岡入社。営業部や報道部を経て制作部に異動。現在は主に平日夕方の情報番組や特番などを担当。夢は自宅でイカやタコを飼育すること。