「実在するのか不明だった」 幻の国産車が半世紀ぶりに復活、今だから見直されるミニカーとは
原付とも軽自動車とも異なる、ひと際小さな車体が魅力的なミニカー(マイクロカー)。個性的な見た目と小回りの利く使い勝手の良さから、かつては爆発的な人気を誇ったが、現在ではすでにほとんどのメーカーが撤退、残存する車もほとんどないという貴重車だ。なぜミニカーは廃れてしまったのか。このほど、和歌山・海南市で日本初となる完全予約制のミニカー専門博物館「マイクロカーミュージアム WAZUKA」をオープンした館長の長谷川薫さんに、国内ミニカーの盛衰の歴史について聞いた。
税制や法改正のはざまで忘れ去られた1人乗り専用の超小型自動車
原付とも軽自動車とも異なる、ひと際小さな車体が魅力的なミニカー(マイクロカー)。個性的な見た目と小回りの利く使い勝手の良さから、かつては爆発的な人気を誇ったが、現在ではすでにほとんどのメーカーが撤退、残存する車もほとんどないという貴重車だ。なぜミニカーは廃れてしまったのか。このほど、和歌山・海南市で日本初となる完全予約制のミニカー専門博物館「マイクロカーミュージアム WAZUKA」をオープンした館長の長谷川薫さんに、国内ミニカーの盛衰の歴史について聞いた。
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ミニカーとは、総排気量50㏄以下または定格出力0.6kW以下の1人乗り専用の超小型自動車のこと。現在の道路交通法では普通自動車に分類され、法定速度は60キロと定められている。
発祥は1970年代後半、原動機付自転車のエンジンをそのままに、車輪を増やし車室を設けたミニカーが誕生した。当時は原付と同じ扱いで、車検もなく、税金も安かったことから、日々の買い物など需要を抱えた主婦層を中心に大ヒット。さまざまな自動車メーカーや町のバイク整備工場までもがこぞって参入し、多種多様なミニカーが世に出されたという。
「あまりの売れ行きに比例して、軽自動車が売れなくなるほどだったといいます。その後、スズキが市場に参入し、大手が参入するならと84年に道路交通法が改正。ミニカーにも普通自動車免許が必要となり、安い税金の恩恵も得られなくなったことから、古き良きミニカー文化は一気に衰退していきました。07年にはさらに排気ガスの規制が強まり、ほとんどすべてのメーカーがミニカーから撤退。現在はトヨタのコムスなど、電動ミニカーが配達業の一部で採用されていますが、車室を設けてはいけないためバイクに近い見た目になっています」
現在はエコの観点や高齢者の生活の足として大きく存在が見直されているミニカー。規制の少なかった海外ではどんどん新たな進化を遂げている一方で、かつてリードしていた立場の日本は完全に出遅れ、取り残されている状況だ。そんなミニカーの歴史の中でも、国内で最初に生産されたのが光岡自動車が旗揚げ当初に開発した「BUBUシャトル」。なんと車いすのまま乗車ができるという世界初の“車いす用1人乗り自動車”で、生産台数わずか20台ほどと言われる幻の車が、このほど「マイクロカーミュージアム WAZUKA」に納車されるという。
「本当に幻の1台で、公式資料以外にはネット上で写真すら見つかっていなかった。本当に実在するのかも不明でしたが、知り合いづてに現物が見つかり、レストアも終わって自走までできる状態になりました。今でこそ海外で車いすの方がそのまま乗れるミニカーが登場していますが、光岡自動車は50年も前に同じものを作っていたんです。今回、ようやくその事実を証明できる現物が見つかった。カフェスペースなどはまだまだ改装途中でシャッターも下ろしていますが、車自体はあるので連絡をいただければ見せられるものはお見せできます。車好きの方はもちろん、ぜひ車いすの方にも乗っていただけたら」
時の流れと法改正のはざまで忘れ去られた存在のミニカーが、まだ見ぬ未来のクルマのヒントをくれるかもしれない。
※17日23時、一部修正しております。