Kohhy（コッヒー）の愛称で親しまれ、『Hold On Me』『City Hunter～愛よ消えないで～』など、数多くのヒット曲を生んだシンガー・ソングライターの小比類巻かほるが、デビュー38年目を迎えた。今年7月には横浜で、8月には東京でワンマンライブを開催。精力的に音楽活動を続ける小比類巻が、2016年に亡くなったプリンスと曲を作った思い出など、これまでの音楽活動と「今」を語った。（取材・文＝福嶋剛）

　小比類巻は、1985年にデビューした。佐野元春、渡辺美里、TM NETWORKほか、80年代の日本音楽シーンを盛り上げたアーティストたちが所属していた音楽レーベル、エピック・ソニーからだった。だが、高校時代は歌手ではなく裏方を目指していたという。

「小さい頃からクラシックやジャズ、さだまさしさんの曲も大好きでいろんな音楽を聴いていました。初めて作曲したのは3歳の頃で『ペロペロキャンディーなめて～♪』って歌っていたみたいです（笑）。母方の家で育ち、小学校の頃に家にあったガリ版刷りの『ホトトギス』（正岡子規）や『白樺』に感動して、詞を書くことも始めて先生に褒められた思い出があります。歌も10代の頃からセミプロのバンドで歌っていましたが、10代半ばにNHKで放送していた『クインシー・ジョーンズ・ライブ・イン・TOKYO』（81年）をテレビ見て衝撃が走り、『私もクインシーみたいに音楽を作る側の人なりたい』と思いました」

　親の厳しい方針でアルバイトをしながら高校に通っていたとき、レコード会社からスカウトされた。

「親には『高校に行きたいなら自分の力で行きなさい』と言われたので、人よりも早く自立できました。そんなときにエピックにスカウトされて私は『エンジニアになれる』と思ったら、『アーティストとして』と言われて困惑しました。でも、ソニーには大きなスタジオがあるので、『アーティストで失敗してもエンジニアとしてやっていける』と思ってOKしました」

　初めてのレコーディングは海外だった。小比類巻は歌入れよりも、エンジニアの仕事ぶりに夢中だったという。

「いきなり最初のレコーディングで映画『ゴーストバスターズ』のテーマ曲が大ヒットしたレイ・パーカーJr.のスタジオだったんです。ミュージシャンも機材もエンジニアもすべてが超豪華で、『音楽ってこういう風に作るんだ』と思いながら、トップレベルを味わうことができました。ずっと感動しっ放しで、一生忘れられない思い出です」

　デビュー後、しばらくは鳴かず飛ばずだった。

「当時の月給が9万円で世田谷のアパートの家賃が5万7000円、月々の電話代が2万円だから、1か月を1万円で生活しなくちゃいけなくて。でも、アルバイトは『売れたら大変なことになるから』という理由で禁止だったので、『メジャーデビューってこんなものなの？』と思いました。最初の1年間は時間を持て余して日中はソニーのオフィスでエピックの代表だった丸山茂雄さんの電話番をやって、スタッフにランチをご馳走になり、夜は必死に曲を作っていました」

　売れると売れないでは、「天と地」の差がある。厳しいプロの世界を味わった小比類巻だったが、持ち前の負けん気で困難を乗り越えた。

「アルバムを2枚出して結果が出なかったので、『次のアルバムが売れなかったら君は引退だから』と言われました。それで土屋昌巳さんにプロデュースをお願いして、週に1度の企画会議には、私も参加して自らホワイトボードを使いながら、大勢の社員を前に曲の説明から届けたいファン層の分析や宣伝方法まで必死にプレゼンを行いました」

　現在の走りとなった渋谷を広告ジャックし、パルコの壁画に広告を打つ手法を初めて実践したのも、小比類巻が先駆けになった。スタッフとはたびたび意見で衝突しながらも前に進んだ。

「当時は『Kohhyは怖い』と思われていたでしょう（笑）。でも、私にとって自己主張の強いイメージは、むしろプラスでした。その頃『Hold On Me』を収録した3枚目のアルバム『I’m Here』（87年）と4枚目のアルバム『Hearts On Parade』（88年）を同時に制作していて、スタッフから『じゃあ、Kohhy。“Hearts On Parade”を全部プロデュースしてみてよ』と言われました。『よし！』と思って、土屋さんに音作りをお願いして、私はカメラマン選びからジャケットのデザイン、宣伝方法まで全てプロデュースさせてもらいました」

　結果、アルバム『I’m Here』はオリコン1位、『Hearts On Parade』は2位を記録し、シングルも『Hold On Me』から始まり、『City Hunter～愛よ消えないで～』、『TONIGHT』、『TOGETHER』と次々とヒット曲が生まれた。会社に認められた小比類巻は88年、ニューヨークに引っ越し、今度は自力で本場のレコーディングに挑戦した。

「世界一忙しい街で向こうのミュージシャンと切磋琢磨しながら、エンジニアの技術を学びたいと思ったのがきっかけです。『TOGETHER』はタワー・オブ・パワーのホーン隊に参加してもらい、『TONIGHT』はニューヨークフィルハーモニー管弦楽団にストリングスを演奏してもらいました。『TOGETHER』のコーラスはニューヨークのクワイア（ゴスペル聖歌隊）に歌ってもらいましたが、20代の私が『プロデューサーだ』と言ったら、みんなにバカにされましたね（笑）。でも、丁寧に向き合いながら最高のコーラスを歌ってくれて、完成した曲を聴いて感動しました」

　挑戦は続いた。アーティストとして最も尊敬するプリンスと一緒に曲を作るという大きな目標を掲げ、プリンス側へ果敢にアプローチ。その最中、プリンスに一番近い人物でパーカッション奏者のシーラ・Eと偶然、出会った。

「シーラ・Eがチャカ・カーンのツアーメンバーとして来日したとき、私がレコーディングしていたスタジオに遊びに来てくれたんです。すると、『ミネアポリスであなたの資料をプリンスと一緒に見たわよ。プリンスも気に入ってるから今度楽屋に遊びにきなさい』って。それを聞いて、すぐにプリンスのツアー会場に行きました。そして、『初めまして』と言って握手をしようとしたら、その手をギュって引っ張って、いたずらっぽく笑いながら『僕は君の曲を作るよ』と言ってくれたんです。当時、『バットマン』のレコーディング中でスタジオに遊びに行った際は、オレンジや紫の鮮やかなキャンドルがたくさん置かれた神秘的な演出で迎えていただきました。その空間にはスザンヌ・ベガの『ルカ』という有名なフォークソングが流れていて、プリンスはそれを鼻歌で歌いながらご機嫌でレコーディングしていました。それを見たとき、『私がさだまさしさんを好きなのと一緒だ』って親近感を覚えました（笑）」

　プリンスとの共作で作られた『MIND BELLS』と『BLISS』の2曲は6枚目のアルバム『TIME THE MOTION』（89年）に収録された。プリンスは2016年、57歳でこの世を去り、結果として、この2曲だけが日本のアーティストに提供した楽曲となった。

「プリンスから届いたテープには、わざとコピーできないように予め劣化した音を入れてあって、『さすが！』と感心しました。そこにボーカルを入れて送り返したら、今度はプリンスから『“アイラブ○○”という言葉を何個でもいいから、日本語で送ってくれ』というファックスが届いて、20個以上の『○○が好き』という声を送って完成した曲が『MIND BELLS』です。実は全部で4曲デモテープが届いて、最終的にその中の2曲はプリンスが自らリリースしました。今だから言えますが、その1曲があの有名な『Most Beautiful Girl in the World』です。一緒に曲を作ってコーラスまでできて、これ以上の感動はなかったです。でも、プリンスがまさかこんなに早く旅立ってしまうなんて今でも信じられないですし、寂しいです」

　その後、アース・ウインド＆ファイアーのモーリス・ホワイトとも9枚目のアルバムの『タンジェリン・ムーンナイト』（92年）で共作が実現した。そんな大物アーティストとの共演を果たした小比類巻だったが、本人は「ようやくスタートライン立てた瞬間だった」と振り返った。

「この経験を踏まえて、『私も1人で全責任を背負って挑戦していこう』と決めました。そんなタイミングで作ったシングル『SUMMER FACTOR』（94年）は、『MAX FACTOR』のCMソングとして採用いただき、結果を出せてうれしかったです」

　97年に独立。現在はYouTubeチャンネルを通してライブ映像を公開し、サブスクでは聴けない過去の楽曲や最新曲のMVを紹介するなど、マイペースな活動を続けている。今年4月には、自身が最新リマスタリングを手掛けたベストアルバム『DREAMIN’23 ～city pop selection』をリリースした。それも踏まえ、小比類巻はデビューからこれまでを「恵まれていた38年」と表現した。

「エピック・ソニーという環境があったからこそ、私は成長できたと思っていて今でも感謝しています。でも、38年たってもまだ人生の五合目あたり。もっと良い曲を残していきたいですし、コロナ禍で停滞した分、もっと積極的に活動したいです。8月にCOTTON CLUB（東京）でライブを行うので、『久しぶりにKohhyに会いにいこうかな』と思ったら、ぜひ、遊びに来てほしいです」

　取材中も終始笑顔で、「今は人と会うことが何よりも楽しい時間」と言った。待望の新曲も制作が進み、生き生きとし続ける小比類巻。この夏、ファンと会える日も心から楽しみにしている。

□小比類巻かほる　1985年、エピック・ソニーからシングル『Never Say Good-Bye』でデビュー。R＆Bやゴスペルなどのテイストを採り入れたサウンドと、ソウルフルなボーカルで高い評価を得る。代表曲に『Hold On Me』『TONIGHT』『City Hunter～愛よ消えないで～』など。ニックネーム Kohhy (コッヒー）。
（取材協力：Jubilee～BAR＆LIVE Salon～）

小比類巻かほる公式HP：https://www.kohhy.co.jp/

ライブ「小比類巻かほる DREAMIN’23」
会場：コットンクラブ（東京・丸の内）
日程：2023年8月19日（土）
1st.show：午後4時開場／5時開演
2nd.show：午後6時30分開場／7時30分開演
公演詳細、予約：http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/kahoru-kohiruimaki/

「小比類巻かほる　ビルボードライブ横浜2023」
会場：Billboard Live YOKOHAMA（横浜）
日程：2023年7月2日（日）
1st Stage：午後2時開場／3時開演
2nd Stage：午後5時開場／6時開演
公演詳細、予約：http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=14220&shop=4

PATiｰPATi×GB『THE GREATEST HITS』～GiRLPOP Special～
会場：LINE CUBE SHIBUYA（渋谷公会堂）
日程：2023年6月24日(土)
午後2時30分開場／3時30分開演　※5時30分終演予定
出演：相川七瀬、大黒摩季、岡本真夜、辛島美登里、小比類巻かほる、永井真理子
公演詳細、チケット：https://patipatigb.com/