21歳で“計画外”の妊娠 助産師で4児の母が伝える子どもへの性教育 「親に言えない」どうすれば?

学校で、家庭で、扱うのが難しいテーマの1つである性教育。2023年度からは文部科学省の「生命(いのち)の安全教育」が本格的に始まり、より一層必要性が高まっているが、日本ではかねて“教えられる大人”が少ないことが指摘されている。子どもたちが、性のことに理解を深めてより幸せに生きられるようにするために、性教育をどう教えていくべきなのか。助産師でありながら、全国の小中高・大学と保護者向けの講演活動に年100回以上取り組み、「性的同意 YES以外は全部NO」といったキャッチフレーズを通して伝える“性教育のスペシャリスト”櫻井裕子さんに聞いた。

“教えられる大人”が少ないことが日本の性教育の長年の課題だ(写真はイメージ)【写真:写真AC】
“教えられる大人”が少ないことが日本の性教育の長年の課題だ(写真はイメージ)【写真:写真AC】

「避妊とは『ピル』『コンドーム』『IUS』 もしもの時の『アフターピル』」標語で分かりやすく発信

 学校で、家庭で、扱うのが難しいテーマの1つである性教育。2023年度からは文部科学省の「生命(いのち)の安全教育」が本格的に始まり、より一層必要性が高まっているが、日本ではかねて“教えられる大人”が少ないことが指摘されている。子どもたちが、性のことに理解を深めてより幸せに生きられるようにするために、性教育をどう教えていくべきなのか。助産師でありながら、全国の小中高・大学と保護者向けの講演活動に年100回以上取り組み、「性的同意 YES以外は全部NO」といったキャッチフレーズを通して伝える“性教育のスペシャリスト”櫻井裕子さんに聞いた。(取材・文=吉原知也)

「性教育は、自分の身を守るために正しい知識を学ぶという防犯の意義もあると思います。ただ、禁止・抑制ばかりを強調するリスクマネジメントではなく、子どもたちが幸せになるための選択肢という考え方が大事になってくると思います。子どもたちが自分で考えて選び取ることができるようになるために、大人がパートナーとの接し方や避妊などの必要な知識を提供していく。『教わる』という受け身ではなく、みんなで主体的に学び合うもの。これが理想の形だと考えています」。櫻井さんは、性教育の在り方について、こう話す。

 櫻井さんはこのほど、性に関する知識や考え方について漫画を通して伝える『10代のための性の世界の歩き方』(漫画:イゴカオリ、時事通信社刊)を上梓した。そもそも助産師を目指したきっかけ、性教育に取り組むようになった理由は、自身の妊娠・出産の経験が深く結びついているという。

 もともと看護師を目指していた21歳のとき、計画外の妊娠が判明。未婚(のちに結婚)で学生……。周囲の反対を押し切り、長男を産む決心をした。当時世話になった助産師から「妊娠できたって素晴らしいことだよ、おめでとう」と声をかけられ、丁寧な産後ケアを受けたことで、「私も助産師になる」と決意した。助産師の専門学校は性教育のカリキュラムを重視する学校だった。こうしたこともあり、長男には小さいときから、体の仕組みや性に関することを丁寧に教えてきた。ところが、学校で二次性徴の授業を受けた小学5年の長男が、友達から聞いて知っていたと話してきたことに、がく然。「私がこれまで何度も繰り返して伝えてきたはずなのに、ショックでした。しかも友達からの情報はトンデモなことも多い……。我が子を守るには、友達を含めて、学校全体で性に関する情報を学ぶ必要がある、と強く思ったんです」。そこから性教育の実践と普及に力を入れ、講演活動を続けて23年になる。性に関する悩み相談を受け付けており、電話やSNS、講演後の個別相談を含めて年間300件に上る。

 今回の著書では、性に関する事柄をより分かりやすく伝えられるよう、得意のワードセンスを発揮して、標語を数多く掲載している。例えば、「自分で買おうコンドーム ハードケースで持ち歩こう」「AVはプロがつくったツクリモノ」。無理に強要する同意なき性的行為を防ぐために、対等な関係の大事さを教える「『NO』と『キライ』は別のもの 『今日はやめとく』でも大好き!」というフレーズを考え出した。また、避妊や妊娠について踏み込んだ内容もあり、「避妊とは『ピル』『コンドーム』『IUS』 もしもの時の『アフターピル』」(※IUSは「子宮内避妊システム」)、「中絶を選ぶ場合はなるべく『早く』『安全』に」といったフレーズも。性の多様性についても盛り込んでいる。

 分かりやすさの追求には、長らく感じてきた問題意識が根底にある。「私自身、中学生の時、難しいテーマについては活字の本では頭に入ってきませんでした。当時の自分でも読めるようにしたい。そこで、イラストと文字を通して伝えることのできる漫画の手法を選びました」。それだけではない。助産師として、産後ケアに従事する中で、性に関する知識が乏しいまま妊娠・出産する困難を目の当たりにしてきた。「さまざまな困難を抱える女性が若くして、将来の設計が不安定な中で出産するケースを見てきました。学校に行けなかったり、行かなかったりの母親もいます。どうやって大事な情報・考え方を届けたらいいのか。本書はテーマ別で気になる部分だけでも読み切れるように工夫しました」と強調する。

『10代のための性の世界の歩き方』著者で講演活動にも取り組む櫻井裕子さん【写真:ENCOUNT編集部】
『10代のための性の世界の歩き方』著者で講演活動にも取り組む櫻井裕子さん【写真:ENCOUNT編集部】

「『何があってもあなたの味方でいるよ』というメッセージを、子どもに伝えていくことが大事」

 一方で、日本の性教育は長年、「遅れている」と指摘され続けている。現状の課題について、教育現場のリアルを知る櫻井さんは、学習指導要領に記載されている、いわゆる「はどめ規定」について言及する。

「小学5年の理科では人の受精に至る過程について、中学1年の保健体育では、妊娠の経過について、『取り扱わない』とする文言が書いてあります。性交(セックス)について教えづらい、性教育自体についても慎重になる。これが現状だと思います。『実際に難しいです』といった現場の声も聞いています。でも、文科省は性交を教えることについて、『子どもたちの発達段階に即した形で必要に応じて伝えるのは構わない』という趣旨のことを言っているんですよ。だったら、はどめ規定をなくしてよ、という話ですよね」

 また、子どもたちを性暴力の加害者、被害者、傍観者にしないための教育・啓発を目的とした「生命の安全教育」が今年度から実施。櫻井さんは「この理念は素晴らしいです。ただ、教材や手引きが国から公表されていますが、学校の先生が活用の仕方が分からなかったり、時間がなくて、『ただ資料通りに授業をして大人が決めた答えを子どもに押し付ける』といったことになっては、もったいないです。デートDVなどの性暴力について、みんなで話し合って議論していく中で、子どもたち自らが答えを探していく。主体的に学べるようになることを願っています」とメッセージを寄せる。

 そして、最も強調したいというのが、家庭内での性教育の在り方だ。そこには、櫻井さんが実際に受けた相談の実例が背景にある。彼氏から強引な性行為を受けて不安になり、アフターピルを処方してもらった中学生のケース。「親に言えない」と1人で抱え込んでしまったという。こうしたケースでは、家族に相談できず悩み、時間が過ぎて事が大きくなってしまう問題点が懸念される。また、著書では、中絶を選択した高校生の一例も紹介。こちらは実例に基づいたフィクションではあるが、最終的に保護者に相談して決断した内容が描かれている。「本書で紹介したような事例を比較して、大人たちには、子ども、若者たちとの関わり方を考えてほしいと思っています」と語る。

 櫻井さんは、子どもが「親に相談できない」と孤立してしまう最悪の事態を避けるため、親子の関係作りの重要性を訴える。「つながる力です。困った時に子どもが親に話すことができるよう、日頃から性の話を含めていろいろな親子の会話が成り立っていることが大切だと思います。それに、親子の関係は何度でもやり直しがきくものです。親が間違ったら、必要以上に怒ってしまったら、素直にごめんと言えること。大人も親も間違うことがあるという前提を理解することから始まると思っています。性教育については、『全部知っていないと』というプレッシャーを感じずに、親自身が学びながら伝えていければ」。

 4児の母親である櫻井さんはそのうえで、「『何があってもあなたの味方でいるよ』というメッセージを、子どもに伝えていくことが大事です。私自身もいつもすてきで完璧な親ではいられないですが、要所要所で、『何か困ったときは力になるよ』と言葉と態度で伝えていきたいと思っています」と話している。

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